133話 屋上
「はぁ……はぁ……ここか」
校舎の階段を駆け上がって、リオに提案された屋上に俺はやってきていた。
いつも開放されているこの場所は昼休みに外でご飯を食べる生徒に人気のスポットだとは聞いたことがある。
だが放課後を迎えた今はちょうど誰もいないようだった。
設えられたベンチに座りユウカを待つ。
「…………」
俺はずっとユウカに騙されたことに傷付いていた。
嘘を吐いていたこと、それ自体は絶対的にユウカが悪いと思う。
だが、どうしてユウカが嘘を吐いたのか……ユウカが抱える事情について俺は本気で考えてこなかった。
あれだけ人を信じることの素晴らしさを説いてきたユウカが嘘を吐かないといけなかった事情だ。よっぽどのことに違いない。
それでいてどうやらその事情のせいで魅了スキルがかからなかったわけだ。
そんな特殊な事情にあてはまるものは何かと考えて……思い当たる物があった。
ユウカはもしかして本当は…………だとしたらリオの役割も…………そうだ、そうだとしか考えられない。
だとしたら俺が取るべき行動は……。
「サトル君!」
そのとき上から声がかかった。
「ユウカか……」
見上げるとそこには竜の翼を生やしたユウカがいた。どうやら階段を駆け上がるのではなく、飛んでこの屋上までやってきたらしい。
ユウカは次第に降下して俺の目の前に立つ。
俺もベンチから立ち上がった。
そして。
「すまなかった!」
「ごめんなさい!」
俺とユウカは同じタイミングでお互いに謝った。
「……どうしてユウカが謝るんだ? 悪いことをしたのは俺なのに」
「サトル君こそ……悪いのは私なのに」
「俺は……正直今でもユウカが嘘を吐いたことは悪いと思っている。でもユウカは謝ったのに、俺はネチネチと嫌味を言っただろ」
「私もサトル君の言葉はグサグサ刺さって辛かったけど……でも事情も言わずにちゃんと謝ったわけじゃないんだから、それは嫌味も言われて当然だし」
「……」
「……」
「ははっ……何してんだろうな」
「ふふっ……ほんと、おかしいね」
俺たちはどちらからでもなく笑い合っていた。同じようなことを考えていたからだろうか。
「こんなささいなことなのにいがみ合って……馬鹿だな、俺たち」
「サトル君は悪くないよ、悪いのは私だけだって」
「……だろうな、嘘を吐かれたのは正直マジかって思った」
「いや、まあそうだけど……え、そこは俺も悪いじゃないの?」
「ははっ、まあその後の対応は俺が悪かったとも言えるけど…………あ、そうか」
梯子を外されて頬を膨らますユウカの表情を見て、ふいに自分の気持ちをしっかりと自覚した。
「俺はユウカにだけは嘘を吐かれたくなかったんだ」
「……え?」
突然の言葉にユウカはきょとんとした表情になっている。
「いや、この言い方だとリオに悪いか? ……でもリオのやつを信じてないってわけじゃないんだが、飄々とした言動で掴めないところがあるし……」
「今はリオのことなんてどうでもいいから!」
「それは酷くないか?」
「ど、どうして……私にだけは嘘を吐かれたくないって思ったの?」
顔を真っ赤にして問いただすユウカ。
「それは……こう今まで一緒に旅して来たことを通じて……ユウカのことなら信じられると思って……」
「うん、それで?」
言いながら(あれ、これめっちゃ小っ恥ずかしいこと言ってね?)となりどもる俺だが、ユウカは先を促す。
仕方ないのでそっぽを向きながら続ける。
「だから嘘を吐かれたときに余計に傷ついたというか……いや、まあ今まで散々『俺は誰も信じない』とか言ってた癖に、都合が良いなってのは分かってんだよ。でも……それが俺の本心で……」
「私は嬉しいよ」
両手に暖かいものが触れる。
視線を正面に戻すと、ユウカが俺の両手を握っていた。
「ユウカ……」
「ねえ、サトル君。私が抱えている事情ってやつ……教えようか?」
「……いきなりどうした? それは隠しておきたかったことじゃないのか?」
「そうだったけど……いや違うか。私はその事情を話したい。信じてくれたサトル君に応えるためにも、嘘偽り無く私を明かすのが当然で……いや、それも違くて」
「……」
「私はもう我慢出来ないの。この気持ちを伝えたい……!」
ユウカの訴えに俺は。
「いや、正直なところユウカの事情には当たりがついているんだ」
「え……?」
ユウカが来るまでに考えた通り、俺は気づいている。
「人に言うことが出来なくて、俺の魅了スキルもかからなかったなんて事情……考えてみれば一つくらいしかないもんな」
「そ、それって……い、いつから気づいて……!」
「気づいたのは正直さっきのことなんだ。……いや、そのすまんな。こんなに長く一緒にいたのに今まで気づいてやることが出来なくて」
「いや、その……え、じゃあ私の気持ちがバレて……!?」
「? 気持ち、ってのは分からないけど……まあ言い出しにくいことだよな。でも俺も分かったから……これからは偽らなくてもいいから」
「サトル君……」
顔を真っ赤にするユウカに俺は…………ユウカが言い出せなくて、魅了スキルにかからなかったその事情を指摘する。
「ユウカ……おまえ本当は男なんだろ?」
「………………………………………………は?」




