131話 後悔
伝説の傭兵、ガランの昔語りはそこまでのようだ。
「その後はどうしたんだ? 今の話だと魔族レイリは一切出てこないじゃないか」
「レイリとはつい最近、一年ほど前に出会ったばかりだ。その話については……本人もいないところでするわけにもいかないだろう」
「ふーん……まあいいけど」
気になるか気にならないかで言うと前者だが、わざわざ詮索までするほどではない。
「随分と壮絶な人生だったんだな」
話を聞いての感想を端的に述べる。
「竜闘士、強大すぎる力を持って生まれた時点で、私の人生が平穏無事に終わる可能性はほとんど無かっただろう。私はあの村、故郷で家族とともに慎ましく暮らせれば…………いや、傭兵として戦に関わってきた者としてそんなこと望む資格もない。忘れてくれ」
昔のことを思い返して口が緩くなったのか、ガランは自身の言葉を撤回する。
「…………」
平穏に暮らしたいというその思いには共感しかない。
俺だって元の世界で誰とも関わらずずっと過ごしたかった。
だが異世界召喚に巻き込まれ、魅了スキルを授かって、その力に課せられた使命を果たすしかなかった。
そして激動の旅の果てに、一度は誰かを信じられるようになったのに…………俺はまた独りになった。
俺はどうするべきだったのか、どうしたいのか……正解の行動は……。
「さて、話を聞いてくれたお礼だ。悩む少年に正解を教えてやろう」
「え……?」
唐突にガランが話し出す。
「正解とはすなわち多くの人が支持するものであろう。誰にも何も望まれない人ならばともかく、少年は幸いにも宝玉を集めることを望まれている。ならば少年が取るべき行動はそれを達成することだ」
「……」
「そう考えると宝玉を集めようと競う敵がいる以上、強い味方がいる方がいい。つまり少年は竜闘士の少女と仲直りしてまた味方に戻ってきてもらう……それが正解だ」
「……」
「少年がずっと望んでいた正解だ。さっさと実行すればいい」
「……」
ガランの言ったことはぐうの音が出ないほどの正論だった。
ガキのように駄々をこねている場合ではない。
その通りに行動するべきで…………でも。
「でも……そうしたくない何らかの理由があるのだろう?」
「え……?」
「今のは外から見た他人である私が出した正解だ。ただ理屈的にどう行動するべきかという話。大事なのは少年がどうしたいのか、だろう」
「……言いたいことは分かる。だけど俺は、俺自身がどうしたいのかも……分からないんだ」
「そうか。ならば――――死ね」
「は……?」
ガランは立ち上がると俺の正面に立ち。
「『竜の拳』」
気迫を放ちながら、竜の力をまとう拳を正面から振るった。
当たれば一瞬で俺の頭がザクロのように赤い中身をぶちまけるだろうその一撃。
「っ……!」
すっかり油断していた。
そうだ親身に話を聞いてくれたがそもそもやつとは敵同士。厄介な魅了スキルを持つ俺を始末しようとしないはずがない。
今から避けることは不可能。
死が迫る刹那の時間に脳裏によぎったのは後悔……こんなことになるなら俺は――――。
「……と、まあこれは冗談だ」
ガランは気を霧散させて、俺の眼前で寸止めした拳を元に戻す。
「わ……笑えない冗談だな」
「ああ、冗談は得意でなくてな。それで……少年は今、何を後悔した?」
「それは……」
「後悔したことが少年のするべき事だ」
「…………」
どうやらガランがしたかったことは殺すフリをして、俺の心の奥底に潜む物を暴くことのようだった。
何とも単純な手だが……そのおかげで自覚する物があった。
「若い内は時間は無限にあると勘違いするものだ。意地を張って、結論を先延ばしにする……それは明日も変わらぬ今日が来るという甘えからの行動だろう。
だが少年も少女もその立場は不安定だ。魅了スキルと竜闘士の力、宝玉を集める使命、一寸先も分からない状況。
だからこそ少年は後悔の無いようにな」
後悔を引きずり生きている先達の忠告はずっしりと重い。
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。
「礼はいい」
「いえ、させてください。本当は敵であるはずの俺にここまでしてくれて……」
「あまり絆されるな。今はこうしているが、レイリの意向があれば私は少年に手をかけることも躊躇わない。昨日の味方が今日の敵になることもあるのが傭兵だからな」
「それをわざわざ忠告することがあなたの優しさですよ」
「……やりにくいな」
ガランは困ったような顔をしている。
「それじゃ俺は俺のするべきことをしてきます」
「……行ってこい」
俺は立ち上がると図書室を出て、ユウカとリオがいるはずの女子寮に向けて駆け出すのだった。
…………。
…………。
…………。
一人図書室に残されたガラン。
サトルが出て行って姿が見えなくなったことを確認すると、立ったままその口を開く。
「さて、そろそろ出てこないか――竜闘士の少女よ」
先ほど過去話を始める前に二つ引いたイス。
その内、自分が座らなかった方のイスの方を向いて声をかける。
「……やっぱり気付いていたんですね。最初からですか? 妙な気配がするって言ってましたし」
すると今まで何もなかったように見えていた空間に、突如ユウカの姿が現れた。
「当然だ。だが妙な気配は少女ではない何か別の…………」
「……?」
「……いや、まあいい。ところでその力は竜闘士の物ではないな。魔導士の少女にあらかじめかけてもらったものか?」
「はい、魔法『不可視』だそうです」
「そうか。わざわざそんなことをしたのは少年の様子が気になって…………いや、少年の警護のためか?」
「一応どっちもです。8:2くらいですけど」
「正直に言われると取り繕った意味がないな……警護にしては私が少年に寸止めしたときも動かなかったようだが」
「あなたは気迫こそ放っていましたが、そこに殺気がないことは分かってましたから」
「……」
「サトル君も言ってましたが、あなたは優しい人です。だからこそ……どうして魔族に手を貸して世界の滅亡を望んでいるのか理解できません。
魔族に手を貸せば世界を、王国を滅ぼすことが出来るから……とも考えましたが、さっきの様子からすると別に復讐は望んでないようですし」
「……ああ、そうだ。私の使命は世界を滅亡させること――ではない。それはついでだ」
「そうですか。だとしたらあなたの目的は……」
「私のことはどうでもいいだろう。少女も話は聞いていたな?」
「……はい」
「だったら少女も後悔しないように。お節介かもしれないが」
「いえ、そんなことありません! ありがとうございました!」
ユウカは頭を下げるとサトルが行った後を追う。
「…………」
ガランは二人が去った方角を見る。
「あの、ガランさん……ですよね。何か本でも探しているんですか?」
その背中から司書が声をかけた。
立ち尽くしていることから何か困ったことが無いかと思ったのか。
――否。
「レイリ。戻ったのか」
「……よく気付いたな」
「当たり前だ。音もなく忍び寄る司書がいるものか」
ガランが振り返ると司書は全身から光を発した後、金髪褐色角付きの姿……魔族レイリへと姿を戻す。
「最初からおまえを欺けるとは思っていない」
「そこはかとなく不機嫌なところを見ると、どうやら作戦は失敗したようだな」
「……ああ。あの魔導士の少女に今回は『変身』を見破られてな。あと一歩で宝玉を盗めたんだが」
「そうか。では次はどうする? この地で粘るか、それとも別の場所に向かうか」
「ああ、それに関しては……とある連中から提案があってな」
「提案?」
「とりあえず悪くない話のようだ。詳細を聞きに行く。付いてこい」
「了解した」
そして伝説の傭兵と魔族も図書室から去るのだった。




