13話 渡世の宝玉
「渡世の宝玉……こうもあっさり見つかるとはな」
ユウカの鑑定スキルによって表示されたウィンドウにはしっかりと俺たちが集めるべき渡世の宝玉の名が記されていた。
「おう、正解だったのか。良かったな」
「ふむ、喜ばしいが……しかし……」
イールは自分の予想が当たったことに喜ぶが、タイグスは何か気になることがあるのか思案顔だ。
「よし、渡世の宝玉一つ目を見つけたね。これが何個かあってどれくらい集めないといけないのかも分からないけど……他の在処もこれで検討が付いた」
「そうですね、教会の女神像のアクセサリーに使われている……ということは、他の教会を回っていけば自然と集められることになりますから」
ユウカとリオが今までの話を統合して素早く方針をまとめる。流石ではあるが……それには一つ見落としていることがある。
「いや、そう簡単には行かないぞ。さっき言ってただろ、女神教は既に廃れた宗教。信者も少なくなり……教会が残っているのはこの村くらいだって」
「悔しいが、そこの少年が言う通りじゃ。信仰者のいない教会ほど無駄な建物は無い。取り壊しの際に女神像も一緒に壊されてしまったじゃろう」
タイグスが悔しそうにしている。女神教の神父として歯がゆい思いなのだろう。
「えっ……じゃあ渡世の宝玉も壊されて……」
「いや、それは無いと思いますね。ここまで綺麗な宝石は珍しいですから、目敏い人間が壊す前に取っているでしょう。そのまま所有しているか売ったかは分かりませんが……人の手に渡っていると思います」
イールさんの予想は俺もしていたのとほぼ同じだ。
「そうだ。壊されていないだろうが、これで面倒な手順が増やされた。教会を壊した際に、誰の元に宝玉が手渡ったのか調べて、さらに今の持ち主にそれを譲って貰うように頼まないといけない」
「女神の遣いという立場も、世界を災いから救うという理由も、信仰が失われて久しい今では通じないじゃろうな」
「つまり正面から価値のある宝石を譲ってもらわないといけないということですか。交渉手段として、お金を積む、頼みを聞くなどありそうですが……いずれにしても簡単に行くとは思いませんね」
これなら異世界にあるダンジョンの奥地に渡世の宝玉がある、とかの方が力押しが出来て楽だったな。
とはいえ、それならそれでやりようがある。……というより、魅了スキルを持つ俺の独壇場だ。
「タイグスさん、女神教の教会がどこにあったのか、何か地図でもありませんか?」
「それなら探せばすぐに見つかるじゃろうが……一時は大陸全土で信仰されていた宗教じゃ。教会もかなりの数があるぞ?」
「大丈夫です。すいませんがすぐに用意してもらえますか?」
「それならお安いご用じゃ」
タイグスが引き受けたのを見て、ユウカはクラスメイトたちの方を振り向いた。
「じゃあそれを待っている間にみんな聞いて!
話の通り教会の数も多いみたいだから、昨夜もちょっと言っていたけど私たちクラスを分けて事に当たることにするね。といっても分散しすぎは良くないから……一つのパーティーは三人以上で構成すること。職スキルの戦闘スタイルのバランスも考えて組んで欲しいけど……おそらく長い旅になると思うから、個々人の相性がやっぱり一番かな。
というわけで早速だけど……パーティー分け開始!」
ユウカの突然の宣言は、二人組作れーならぬ、三人組以上を作れーである。体育の授業ですら争いの種となるこれが、この異世界で期限が検討の付かない生活を左右するのだ。
「…………」
教会の空気が一瞬でピリッと張りつめる。
「……まあ、こうなるよな。良かった先に決まっといて」
すでにユウカとリオ、三人でパーティーを組むことに決まっている俺はこれより始まる争いに参加する必要が無いため気楽だ。
「……ん、何か皆の様子がおかしいぞ?」
「あーこれは……うん、親父逃げた方がいいぜ」
空気の変化を感じ取ったタイグスだが、年配のため分かりにくい感覚のようだ。対して異世界人であってもおそらく20前半くらいの年のイールには分かるようだ。
そうやってイールが親であるタイグスを引っ張って、地図を探しに教会を辞したその直後。
「俺とパーティー組んでくれませんか!?」
「あっ、ずるいぞ!! 俺が先に言おうと思っていたのに!!」
「あ、じゃあ私たち一緒に組もうか」
「え……う、うん」
「それなら私もそのパーティーに入りたいかな……駄目?」
「俺も、俺も! 立候補します!」
「え、あんたが入ってくるなら止めようっと」
「……ねえ、私たち友達だよね?」
「あら、そう思っているのはあなただけよ?」
そこかしこで始まる大競り合い、小競り合い。
参加していれば胃痛が止まらなかったのだろうが、安全地帯にいるならばこんなにも悲喜交々が混じった面白いエンターテイメントも無いのだな、とまさに人ごとな感想を俺は思い浮かべるのだった。
そうして昼ごろに始まったパーティー分けが何とか終わったのは夕方だった。
その後は用意してもらった地図を見て俺たちは各パーティーがどこの町に向かうかを話し合った。無事に決まった後、その他細々としたことを決めて明日の朝には旅に出れるほどに準備がまとまったころには夜になっていた。
村長タイグスはどうやら地図を探しに行った際に村の人たちに事情を説明していたようで話が広まった結果、村の中央の広場で俺たちの歓迎の宴が始まることになった。
村の中央には篝火がたかれ、それを村民やクラスメイトたちが囲んでいる。用意された料理や酒を手に、飲めや食えや騒げやで大盛り上がりだ。
「はっはっは! 初めて飲んだけど、俺って酒強いみたいだな! 全然酔ってねえぜ!」
「……いや、おまえどっち向いて話してんだよ? 俺はこっちだぞ?」
「酔ってるやつほど酔ってないって言うの本当なんだな」
クラスメイトの中には酒を飲んでいる者もいる。どうやらこの世界では15才から飲酒がOKなようで、高校二年の俺たちは全員その条件を満たしている。元の世界ではまだ飲める年齢ではないので、憧れながらも体験出来無かった飲酒に挑戦している者もいるようだ。
「しかし光あるところに影があるか……死屍累々が転がっているところもあるな」
盛り上がっている一団から視線をはずし広場の一角に目を向けると。
「………………」
「………………」
「………………」
クラスメイトの男子三人が顔を付き合わせて放心している。
そういや見てたがあいつらは三人一緒のパーティーだったな。……まあ、そりゃ男三人だけで組むことになったときには、ああなってもおかしくないか。
クラス全体の男女比は半々であるが、俺がユウカとリオの女子二人と組むことが決まっている以上、その時点で男女の数は偏っている。また最小単位が三人で奇数なのも、偏らせる原因となったのだろう。気づけば男三人が余り……それに気づいたときの絶望顔は見ているこっちまで胸が痛んだ。
これから長い異世界生活に華が無く、むさいことが決定しているのだ。騒ぐ元気も無いということだろう。恋愛嫌いの俺ではあるが、それが=女の顔を見たくもないというわけでは無いし、断じてホモでも無い。
ずっと見ていたらこっちにまで負のオーラが伝染しそうにまで思えてきたので、俺は気を取り直し料理に手を付ける。
「本当料理が旨いな……酒も飲んでみたいが、また今度の機会だな。ちょっと考えないといけないこともあるし」
用意されたサラダや唐揚げを俺は摘む。拠点ではクラスメイトが作る料理を食べていたので、異世界人による料理を口にしたのは初めてだ。文化的に違いはあまり無いようで、元の世界に似た食べ物が散見されるのはありがたい。
「あんたらが女神の遣いか! 話は聞いてるぞ!」
「おう、俺の酒が飲めねえのか!?」
「向こうの世界ではそんなことが……すげえな!」
村の人たちにも村長のタイグスから俺たちの事情が話されたようで歓迎ムードで騒いでいる声が聞こえてくる。しかし、この歓迎もこの地に女神教の信仰が残っているからで、他の場所ではそう行かないだろうと言われている。
「そういう意味で本当に居心地がいい村だな……明日にはここを出ないといけないのが寂しいくらいだ」
今日で準備も出来たとなれば長居は無用。渡世の宝玉集めがどれくらい大変なのか分からない以上、少しでも早く取りかかった方がいいだろう。前に俺が言ったが、頑張って集め終わったのが老人になったころなんて浦島太郎になるのはごめんだ。
ということで明日の朝にはそれぞれの目的地に向けて出発することになっている。
「さて腹も満たしたし……向かうべきはあそこだろうな」
広場には大小さまざまな集団が出来ているが、その中でも真面目な話をしている一団がいる。そこには。
「おお、少年か」
「あ、サトル君」
「魅了スキル持ちの」
「ちょうど良かったです、サトルも一緒に聞いていてもらえませんか?」
村長のタイグスにユウカ。村側と生徒側のトップに、息子のイールとリオが付き従っている。
「ああ、いいぞ。こっちも聞きたいことがあるしな」