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128話 拒絶

遅くなりました、申し訳ありません。


 生徒指導室を後にした俺たちはその足で渡世とせ宝玉ほうぎょくを貸し出している研究室に向かう。

 その道中で俺は謝った。


「いや、その……すまんな、リオ」

「いきなりどうしたんですか?」


 怪訝な顔をするリオ。


「さっきのガランとの会話だ。やつの過去、王国の所行について聞き出すのは必要なことだったのに、俺はすっかり忘れていたから」

「ああ、そのことですか。別に気にしていませんよ。サトルさんも魔族レイリのことについて聞き出してくれましたし」

「いや、それでも俺が気付くべき事だったんだ……戦闘で役に立たない俺はせめてこういうところだけでも頑張らないといけないのに……そうだ、関係ない事なんて考えている余裕は……」


 ユウカに関する問題と宝玉に関わる問題は別物だ。切り替えて対処しないと。


「サトル君……」

「はぁ……分かりました」


 心配げなユウカの声が聞こえたかと思うと、先導していたリオがその場で立ち止まる。




「研究室には私一人で行きます。二人は付いてこなくていいです」

 そして冷たい声で宣告した。




「一人でって……でも、宝玉に関わる問題だぞ!」

「そうだよ、どうして!」

 俺とユウカは異を唱えるがリオは動じることなく続ける。


「私一人で十分だからです。レイリによって宝玉を奪うことを防ぐ対策、人を増やしたからって上手く行くような話でもないでしょう。それにあまり多くで押し掛けても迷惑でしょうし」

「そうかもしれないけど……だったら俺が!」

「以前、研究室に訪れた際に魔法式トラップが仕掛けられていることを確認しています。そういう専門的なことも話すだろう事を考えると、代表して『魔導士』の私が出向くのが一番です」

「それは……」

 授業を受けているのに、未だに魔法の一つも使えない俺にその言葉は重くのしかかる。


「だったら私は……!? もしレイリが力押しで来た場合、竜闘士の私がいた方がいいでしょ! その確認のためにも私は行った方が……」

「いえ、ガランさんが加わるならまだしも、レイリ一人なら私だけで事足ります。もしガランさんが嘘を吐いていて奇襲したとしても、この学園には警備員もしっかりいますし、実戦魔法教育を受けた生徒もいていざというときの戦力はかなり高いですし、ユウカが遅れてでも駆けつけるなら十分に対処できます」

「だとしても……何もしないでいるのは……」




「――というのは全部建前です」




「な……?」

「え?」

 一気に前言を翻したリオに俺とユウカは付いていけない。


「何もしないで? 今、そう言いましたね。そんな遊ばせるわけ無いでしょう。当然ユウカにしてもらわないといけない大事なことがあります、宝玉に関する問題以上に大事なことが」

「それって……」

「決まっているでしょう。サトルさんとの関係修復です。どうやらサトルさんはユウカに魅了スキルがかかっていないことに気付いたみたいですよ」

「……っ!?」

 昼間に相談したことを、リオはあっさりとユウカにバラす。




「リオ、おまえ……」

「ごめんなさいね、サトルさん。でも特に口止めもされていませんでしたし、それにこちらの方が話は早いでしょう?」

「……だとしても、これは俺の個人的な問題だ。俺たちの使命に関わる宝玉問題より優先されるとは――」

「いえ、優先すべき問題です。パーティー内に不和があって大きな事をなせるでしょうか? そんなはずないと私は考えます」


「……」

 確かに今の俺はユウカとの問題のせいで気もそぞろになっている。




「サトル君にバレて……」

「ええ、詳しくは省きますが魅了スキルにかかっていないということだけに気付いて、ユウカの事情は分かっていないようです」

「……」

「事情を明かすかはあなたの判断に任せます」


 ユウカの事情……俺が皆目検討付かないそれについて目の前でやり取りが行われる。




「さて、二人とも状況を理解したようですね。私は研究室に向かいますから後はお願いします。それでは」


 俺たちが反対しないことを確認して、リオは研究室に向かって歩き出した。




「………………」

「………………」


 残された俺とユウカの間を沈黙が支配する。俺は何を話していいのか分からなかったし、ユウカは騙していたことがバレて気まずいようだ。


 正直に言うとこのまま対話を放棄して寮の自室に逃げ出したかった。

 ただそれではあまりにリオに不誠実過ぎる。今まで俺たちの意図を汲んで何度も助けてくれたリオがここまで強引に事を運んだのは、その荒療治が必要だと判断したからだろう。


 だが、未だに考えがまとまっていないのにユウカと何を話せばいいのか。……いや、逆なのか? これまでずっと一人で考えて結論が出ないんだ。ならばこれ以上考えても堂々巡りになるだろう。だったら元凶のユウカに当たるのが正解なのかもしれない。

 ……どちらが砕けるのかは想像も付かないけど。


 と、冷静に思考できたのはそこまでだった。




「ごめんなさい」


 先に口を開いたユウカ。

 いつになくしおらしい態度を目にして、俺は自然と口が動いていた。


「どうして謝るんだ?」

「私がサトル君のことを騙していたからです」

「ああ、そうだな。まさか人を信じるようにあれだけ言ってたユウカが俺のことを騙しているとは思ってもいなかった」

「……本当にごめん」


 ユウカが一層に萎縮する。

 ……違う、俺はこんなこと言いたいんじゃなくて……。


「それでどうだったんだ? まんまと騙されている俺を見るのはさぞかし楽しかったんじゃねえか?」

「そ、そんなことないよ!」

「本当か? なら罪悪感の一つでもあったっていうのか?」

「罪悪感はもちろんあったけど……最近は……」

「忘れてたっていうのか、なるほどな」

「……ごめん」


 言葉が、感情が収まらない。


「さっきからごめん、ごめんって、それしか言葉を知らねえのかよ」

「……」

「ごめんって言うにしても普通はさ、こういう事情があったんです、ごめんなさいだろ。なあ、どんな事情があったのか言えないのかよ」

「……ズルいことは分かってる。でも、まだ言えないの……ごめん」

「そうか……そんなに俺のことが信頼できないのか」

「ち、違うって! それは私の勇気が無いからで…………」

「意味分からねえよ!! 結局俺のこと信頼してないから秘密にするんだろ!!」

「それは……」

「俺は……やっとユウカのこと信じられそうだと……そう思ってたのに……」




 自覚できるほど頭に血が上っているのに、涙で視界が霞む。

 怒りと悲しみ、相反する感情が俺の心を散り散りに裂いていく。


「っ……!」

 これ以上この場にいられないと俺はこの場を離れようとして……何でもない段差に躓いて派手に転んだ。




「サトル君!」

「来るなっ!」


 心配そうに駆け寄ってきたユウカを俺は拒む。


「で、でもすりむいて血が出ているし……早く保健室に行かないと……」

「……だからもう騙されていることには気付いているって言っただろ」

「え……?」

「もういいんだよ。魅了スキルにかかっているフリは、俺に好意を持っているフリをするのは」

「フリって……そんなんじゃ……」

「そうやってまた騙す気か? 懲りないんだな」


 俺はよろよろと一人で立ち上がる。


「リオに言われたこともあるしな。宝玉に関することには協力する。でもそれ以外のときは話しかけるな」


 吐き捨てるように言って俺は意地を張るようにユウカに一瞥もくれないまま去る。

 それなのにユウカが今どんな表情をしているのか気になってしょうがなかった。








 夜。

 保健室で怪我の手当を受けた後、俺はそのまま寮の自室のベッドに体を投げた。

 夕食を取っておらず腹の虫の主張がすごい。なのに全く食欲が沸かなかった。


「………………」


 しばらくぼーっとしていた。

 ただ呼吸するだけの物体となって、何時間経っただろうか。ふと思考が浮かび上がる。




「これでユウカにも嫌われただろうな……」




 ユウカにも非があったとはいえ、さっきの俺の発言は酷いものだった。言い返せないところに付け込んで、ネチネチと嫌味を言って……。

 あんなこと言うつもりじゃなかった………………じゃあ、どんなことを言うつもりだったんだ?

 自分の中に存在しない言葉を口に出すことは不可能だ。つまりあれは俺の中にあった言葉。

 感情のままに振る舞って、子供のように喚いて……俺は……。




「……全部もう過ぎたことだ」


 終わったことを悩んだってしょうがない。

 あれだけ拒絶したんだ。ユウカが今後俺に関わることはないだろう。


 そもそも魅了スキルがかかっていないってバレたんだ。好意を持ったフリをするために俺に絡む必要も無い。

 ていうか、さっきのもおかしいか。

 嫌われたって……何好かれている前提で話しているんだ。

 今までのことは全部幻、夢は覚めたんだ。




 だとしても別にそう悲観することでは無い。


 戻っただけだ。異世界に来る前、ずっと独りで生きていた頃に。


 ただそれだけ。








『お兄さんも一人なの?』


 声が聞こえた。幼い女の子の声だ。


 いつの間にか眠ってしまっていたのだろうか。妙に思考が出来ず思ったままの言葉を返す。




「ああ、俺は独りだよ」


『……変なの。お兄さんの近くにはいっぱい人がいるよ?』


「学生寮だから周囲の部屋に人がいるだろうな。でも俺の心の中には誰もいない……いなくなった」


『よく分かんない。心って何なの?』


「難しい問いだな。俺にも分からねえ。こんなものがあるせいで怒ったり悲しんだりしないといけないんだから面倒だよな」


『そっか、大変だね』


「大変だよ。あんたはそういう経験無いのか?」


『……覚えてない。昔あったかもしれない。でも今この世界にいるのは……一人だから』


「世界に一人か、それは大変だな。でも俺もそんな世界に行ってみてえな」


『ほんと?』


「ほんとだ、ほんと。誰もいなければ……最初から独りならこんなに悩まなくても、傷つかなくても済んだのにな」


『……だったら一人になればいいんじゃないの?』


「なれたらどんなに楽か。俺は一人で生きていけないことを知っているからな。独りになったって言いながら、怪我の治療も自分で出来ないから保健室の先生を頼った。この異世界でだって独りじゃ身を守ることも出来ないから……あいつたちと……」


『……?』


「……まあおまえも大きくなれば分かるさ」


『お兄さん面白いね』


「そんな面白いことを言ったつもりはないんだが」


『うーん、っと。久しぶりにいっぱい話したら疲れちゃった。お兄さんとリンク出来たのは………………のときの………………が…………また………………話…………』




 意識が途切れ途切れになる、うとうとなってきた。

 あれだけのことがあっても人は変わらず眠くなる。

 俺は意識を手放そうとして……。


(夢の中でまた眠るってのも……おかしな話だ…………)


 生じた違和感は微睡みの中に霧散した。


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