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12話 女神教


「この家も随分前に主が死んで空き家になっていましてね。息子もいたんですけど、都会に住み慣れたのか帰っても来なくて。家財道具もそのまま残っているし、ときどき掃除はしていたんで寝ることくらいは出来るはずです。使ってください」

「ありがとうございます」


 リーレ村の村長タイグスに歓迎すると言われた俺たち。

 その村長は何やら準備があるということで、村の案内は残った男がすることになった。

 元々村の入り口に立って番をしていた男、名前はイールというらしい。

 今は一通り村を見て回ったところで、最後に俺たちが泊まる場所に来ている。


「あともう一件空き家があるんで、そちらも案内しましょうか。それで人数的には十分ですかね」

「ありがとうございます、イールさん。じゃあこっちの空き家は男子が使って、もう一つは女子が使うことにしようか」

 礼を言ったユウカがテキパキとクラスメイトに指示を出す。


 元々異世界にやってきたクラスメイトは28人。その内カイとエミは失踪してどうやらこの村にも来ていない――俺たちが訪れることが分かっていたので避けたのだろう――ようなので、ここにいるのは26人。男女比は半々ということで、一つの空き家に13人が泊まることになる。


 だが、十分にその人数を収容してあまりあるスペースだった。かなり立派な家である。これが息子も帰ってこないで、空き家になっているということは……。

「魔法もあるファンタジー世界なのに過疎農村ってわけか。世知辛いな」

 ここも一つの現実なのだと俺は再認識した。




 多くない荷物を置いた俺たちは、準備が整ったという村長タイグスの要請に従って、村の隅にある教会に向かう。

 教会には参列者用の席が置いてあり俺たちがそこに座ると壇上に立ったタイグスが口を開く。


「おお、参ったな女神の遣いたちよ。色々と確認に時間がかかった。本当にこのような機会が来るとは……伝承がワシが生きている内に本当に起こるとは思わなんだ。しかし、同時に世界の危機ともいうわけで……悩ましいのう」

 相変わらずのこちらの事情を考慮しないマシンガントークに言葉を上げたのは意外な人物だった。


「ああもう、だから親父! みんな置いてきぼりじゃねえか!!」

 俺たちをこの教会まで案内したイールだ。先ほどまでの丁寧な口調をかなぐり捨てている。


「親父……? そのイールさんって」

「ああ、そこの村長の息子だ。すまんな、親父もちょっとボケが回ってきていてな」

「失礼な! ワシはボケておらんわい!!」

「それはボケ老人の口癖だっつうの!!」

 容赦のない言葉が飛び交う。


「全く。村の番もろくに出来ない、親をバカにする息子でワシは悲しいわい」

「ったく、口が減らねえジジイだな。とにかく、こいつらが理解できるように一から説明しろってんだ! 女神から遣わされたってことは、この世界について何も知らないはずなんだからな!」

「言われんでも分かっておるわい!」

 分かってねえだろ、と俺は心の中でツッコむ。さすがにイールさんのように口に出す勇気はない。


「気を取り直して……イールも言っておったが、おぬしらは別世界より呼ばれし者。この世界についての知識はほとんど無いということでいいんじゃな?」

「はい、その通りです」

 村長タイグスの確認に答えるのはユウカ。


「ふむ、ではどこから話せばいいのか…………うむ、ではまずこの大陸について話そう」

 タイグスの語りが始まる。




 それから数分後……俺は世界共通の真理を見つけていた。

「どこの世界だろうと老人の話は……支離滅裂だな」

 最初こそちゃんと説明していたタイグスだが、話が脇に逸れたりあまり関係ない自分の体験談を挟んだりでとても理路整然とした話では無かった。度々イールさんが注意してくれてその直後は大丈夫なのだが、少しするとまた話が脇に逸れる。

 そんな何が大事なのか分からなくなる会話を、どうにか俺の中でまとめた。


 まず、俺たちは巨大な大陸にいるらしい。

 大陸には王国、帝国、新興国、商業都市、学術都市などさまざまな生活圏があるようで、タイグスさんは多くの国に訪れたことがあったようだ。そのせいで体験談などを挟み話が長くなったのだが。

 今いるリーレ村は大陸の東、人里としては最東端に位置しているようだ。これより東にあるのは女神教の祭壇場のみ、とはこの村に来たときも聞かされてはいたが……。


「その女神教とは太古の昔、この大陸に降りかかった災いを鎮めた女神様を祀る宗教のことじゃ」

 考えをまとめたところでちょうどタイグスさんがその先を話し始める。


「災い……とは何なんですか?」

「そこまでは記されておらぬ。この大陸の危機、人類の存亡にまでかかわつような大きな出来事だったそうじゃが……。

 とにかく女神様……いや、祀られる前じゃから一人の女性じゃが、災いを愛の力を活用して収めたのじゃ。その功績を讃えて、女神として祀られるようになった」

「なるほど」

 ユウカが相槌を打つ。

 しかし、女神に愛の力か……胡散臭く感じるのは俺が日本生まれの無宗教者だからだろうか。


「災いから救って貰った感謝の念があったのか、女神教は瞬く間に大陸全土で信仰されるようになった。全盛期には、教会の決定は絶対であったほどじゃ。

 じゃが、先ほども言ったように災いがあったのも太古の昔、伝承も感謝の念もうつろい風化し……次第に女神教を信仰するものは少なくなっていった。今では女神を信じるものはほとんどおらず……教会がちゃんと残っておるのはこの村くらいじゃ」

 一つの宗教の栄枯盛衰の物語。ちゃんとこの世界にも歴史があることを実感する。




「しかし、それで諦める儂ではない。少しずつ布教活動を繰り返して、最近では――」

「それで私たちが女神様の遣いというのはどういうことなのでしょうか?」

 リオがタイグスの言葉に割り込む形で質問する。放っておけば自分の過去を語り出すタイグスの扱いを徐々に分かってきたようだ。


「おう、その話があったな。それは女神様が亡くなる最期の言葉のことじゃ。有名な話で、代々伝えられたそれが……こうじゃ。

『災いはまだ終わっていない。この大陸に再度降りかかる。しかし心配はいらない。その時には我が遣いがこの世に召喚され防ぐであろう』……とな」


「それは……どういうことでしょうか……?」

「儂にも分からん。こう言っては罰当たりかもしれんが、当然儂は災いも女神様もこの目で見たことはない。太古の昔、教えの中の存在なのじゃ。抽象的な、こう概念だと思っておったのが……こうして女神の遣いが目の前に現れたことで儂も驚いているというのが正直なところじゃ。

 そして同時に女神の遣いが現実だったということは……」

「災いだって現実に起きてもおかしくない……というわけですね」

 リオが懸念を言い当てる。

 災い……石碑にも記されていた世界を救うとは、再び降り注ごうとするその災いを防げということなのか?


「正直親父に言われて祭壇場を定期的に掃除していた俺も驚きましたね。こんな面倒なことを続ける意味があるのかと思ってましたが……どうやら役に立ったようで良かったです」

 イールも内心を吐露する。あの広場……祭壇場の施設は妙に整備が行き届いていると思っていたが、そんな裏話があったとは。


「その昔上からの指令で、あの地は代々このリーレ村の教会に仕えるものが整備を任されておってな。女神の遣いが召喚される場所だとは聞いておったが本当に起こるとは……。

 しかし、イール! どういうことじゃ!? 今おぬしは神聖な祭壇場の掃除を、面倒と言ったな!?」

「実際面倒じゃねえか! 魔物が現れる森の中を切り抜けるのが、どれだけ手間なのか分かってるのか!?」

「ふん、おまえには信仰心が足りんのじゃ!」

 唐突に始まる親子喧嘩。タイグスさんに意見してくれるイールさんもありがたいが……正直これにもかなり時間を取られたような気がする。


「説明はこんなところじゃな。分からぬところがあったら聞くぞ」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて……タイグスさんは渡世とせ宝玉ほうぎょくという言葉に心当たりは無いでしょうか? どうやら私たちの使命はそれを集めることらしくて……」

 今の話に出てこなかった、しかし俺たちが一番気になっている物についてユウカが聞く。


渡世とせ宝玉ほうぎょく……ふむ、教えにはそのような言葉は無かったが……」

「石碑にメッセージ……? そんなの見た覚えないですが、召喚と同時に刻まれたんですかね? 俺もその言葉自体は聞いたことが無いですが……もしかして……」

 イールさんの方には何か思い当たるものがあるようだ。


「何かありますか?」

「ええ、女神教では教会毎に女神様の像を祀っていたのですが……その胸元にかかっているアクセサリーには本物の青い宝石が使われているんです。この教会にもあって……あれです」

 イールは壇上に立つタイグスの頭上を示す。そこには教会を見下ろすように女神の像が祀ってあった。


「言う通り胸元が青く光っていますね」

「宝石……見せてもらってもいいでしょうか?」

「うーむ……神聖な女神像をいじるのは恐れ深いことじゃが……女神の遣いの頼みじゃ。仕方がないのう。イール、倉に整備をする際のはしごがあったはずじゃ。取ってこい」

「分かってるっつうの。大体、毎年誰が整備していると思ってるんだ」

 文句を言いながらイールが教会の外に出て、はしごを取って戻ってくる。それを教会の壁に立てかけて登り、宝石だけを取り外して降りてきた。


「ほら、これだ。中に魔法陣みたいな模様があるし特別な代物であるとは思っていたが……でも、本当にその渡世とせ宝玉ほうぎょくってやつなのかは分からないぞ。正確に判断するには……そうだな、都会に行けば鑑定スキルを持っているやつもいるだろうしそれに頼んで……」

「いえ、その必要はありません。鑑定スキルなら私も持っています」

 ユウカが答える。クラスにも何人か持っているやつがいたはずだ。


「……マジかよ。持っていれば多方面から引く手数多で就職にも困らないレアスキルを?」

「そんなに珍しいんですか?」

「食料や鉱石の採集にも役立つから民間からも引っ張りだこじゃし、商品偽造を取り締まる監察官など公務員にもポストがある。儂のせがれにもそのようなスキルがあれば、就職に失敗して村に戻ってくることも無かったんじゃがな」

「う、うっせえよ、親父! よけいなお世話だ!」

 どうやらイールさんは就職に失敗して故郷に戻ってきた口のようだ。……本当この世界は世知辛い。


「しかし、鑑定スキルまで持っているやつがいるとは……女神の遣い、あんたたちがどんな力を持っているか気になってきたぜ。後で見せて貰ってもいいか?」

「それくらいなら。ですが、今はこっちの確認を……」

「ああ、気にせずやってくれ」

「では……『鑑定』!!」

 ユウカは青い宝石に触れてスキルを発動した。

 すると、宝石からウィンドウがホップアップして……そこに表示されたのは。




『名称 渡世とせ宝玉ほうぎょく

 効果 世界を渡る力を持つ。数を集めることで力が増す』




渡世とせ宝玉ほうぎょく……やった一つ目見つけたよ!!」

 俺たちが目的とするその物であることが判明した。

 一つ目だからかあっさりと手に入ったな。


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