118話 結婚式13 後始末
「結界が晴れましたか」
先ほどから神殿前広場を囲っていた結界が消失したことを確認します。リオこと私は何ら関与していないので、中のユウカがどうにかしたのでしょう。
「無事だとは思いますが早速安否を確認しないとですね」
私はそちらに向かおうとして。
「待……て……」
後方で弱々しい声と共に立ち上がる者がいました。
「……まだやるんですか、エミさん」
本気で戦うことの練習台。そういって始まった戦いは言葉通りのものに、私一人でも十分に戦えると自信を持てるようになりました。
その結果倒れ伏して気絶しているリリさんと満身創痍のエミさんが生まれたのですが……立ち上がれるとは正直驚きでした。
「言ったでしょ……エミは――」
「カイさんのために、とでも言うんですか? だとしたら滑稽ですね」
「……何が言いたいのよ」
「だってそうでしょう? 命令する者と従う者の関係が愛であるならば、王と奴隷は恋人だってことになるじゃないですか」
カイさんが彼女であるエミはキープで、本当はユウカに執着しているという話はサトルさんから聞いています。だとしたら彼氏だからと盲目的に従うエミは体よく操られているだけです。
サトルさんが魅了スキルを使ってしていることを、スキル無しでやってのけているのは才能なのでしょう。ちっとも羨ましくはありませんが。
さて、エミさんは立ち上がりこそしたものの追ってこれるほどの体力はないでしょう。自分たちの関係を馬鹿にされて激昂される前にその場を去ろうとして。
「分かって……るわよ」
「……?」
「馬鹿にすんな!! 私だって分かってるわよ!!
カイが本当は……私のことを愛していないってことくらい!!
それでも……仕方ないのよ!! こうでもしないとカイは……私のことを見てくれないんだから……!!」
私は足を止めて振り返ります。
エミさんの表情は苦渋に満ちたものでした。私はそれを意外に思いながらも、ここで待ってやる理由にはならないと判断して。
「だったらなおさら自分のことを大事にしてください。あなた自身のために」
敵としてかけられる最大限の慰めの言葉をかけて私は広場に向かうのでした。
広場に入ると戦いは終結しているようでした。そこかしこでネビュラの構成員たちが近衛兵によって拘束されています。
私は人の集まっている広場の中央を目指して歩いていると。
「止まれ!!」
「何者だ、貴様は!!」
近衛兵に制止の声を掛けられました。私のことを不審者だと思われているようで、どう釈明すればいいものか迷っていると。
「おぬしら、待つんじゃ」
「姫様、不用意に出てこられては……」
「いいから黙っておれ! そこの少女、もしかして名をリオと申すのではないか」
近衛兵に引き止められながらも、パレードでもその姿を見た独裁都市の姫が私の名前を口にします。
「そうです、私の名前はリオですが……」
「ならば余の客人じゃ。無礼を働くでない」
戸惑いながらも頷くと、何故か私は姫様に招待されるのでした。
近衛兵たちが事態の収拾にあくせくと動く中、私は姫様の隣でこれまでのことを話してもらいました。
「そうですか……パレードの後、サトルさんと姫様はそんなことに」
「はい。リオさんのことはサトルさんから聞いていたので。姿を見たときに、もしやと思いまして……」
どうやら私たちと別れた後、サトルさんは想像以上に大変な目に遭っていたようです。
先に行かせたユウカは間一髪のところでサトルさんたちを救い、結界のせいで逃げられなくなったので首謀者である近衛兵長ナキナなる人物との勝負を避けられず、しかしそれも魅了スキルで虜にしたことで決着したと。
その後はサトルさんが虜にしたナキナに命令をして、それにユウカも協力して残っていたネビュラの構成員を一掃、ほとんどを拘束したようです。
その中には見覚えのある顔もいます。私は姫様に少し見てくる旨を伝えてからそちらに向かいました。
「タケシさんですか、久しぶりですね。駐留派、ネビュラの一員になっているとは聞いていましたが」
「リオさん……」
クラスメイトの太ましい少年に声をかけます。
「結婚式襲撃部隊の方にいて捕まったということですか。逃げなかったんですか?」
「……ああ。竜闘士と聖騎士、バケモン二人から逃げられるわけないだろ」
「それもそうですね」
「それに部隊には俺を慕っている部下がたくさんいるんだ。やつらを置いて俺だけが逃げ出すわけには行かねえ。殺されたやつがいることも考えると生きているだけで丸儲けだ」
構成員が捕らわれている方を見るタケシさん。
元の世界、教室にいた頃には何も努力せず自分だけが不幸だと思いこみ世界を恨んで呪詛をかけるような、そういう陰湿な人間だったと記憶していますが……どうやら環境によって変わったようです。
「クラスメイトのよしみとして、罰が軽くなるようにかけあっておきますよ」
「助かる。それと図々しい頼みだが、そっちもどうにかしてやってくれないか?」
タケシさんの指した方にいるのはもう一人のクラスメイト、ネネカです。ユウカと交流があることから、私も良く知る人物ですが……。
「私を捕まえたからっていい気にならないことね! 絶対にカイ様が助けに来るんだから! そうよ、私はカイ様に大事と言われた女なんだから……!」
ネネカはちょうど通りかかった近衛兵に文句を吐いているところでした。聞くとどうやら先ほどから誰彼構わず言っているようです。
その内容については考えるまでもなく実現しないだろうと判断しました。カイさんがわざわざ危険な橋を渡って、駒の一つを回収しに来るとは思えません。
「駐留派はあなたのように魅了スキルを狙っている者とカイさんに騙されている者によって構成されていると考えていいですか?」
私はタケシさんに確認を取ります。
「……知っていたのか。そういうことだ」
「なら理解している通りですよ。カイさんがネネカを助けに来ることはなく、ずっと叫び続けることになるでしょう。私にはどうにも出来ません」
私は一つ頭を下げるとその場を離れて姫様のところに戻りました。
「知り合い……共に異世界召喚された者との語らいは終わりましたか?」
姫様は女神教の関係者、いや一番事情を知るものであり私たちが異世界から来たということも知っているようです。
「はい。それで姫様にお願いがあるのですが……」
「分かっています。あの者たちの処遇については一考します。彼らもまたいきなり呼び出された被害者であるとは理解していますので」
姫様は聡明な方で、すぐに私の意図を察しました。
「ありがとうございます」
「それに……これからの独裁都市はそんな些事に構っている暇が無いくらい、忙しくなるでしょうから……」
憂いの表情で呟いたことが気になりましたが、聞き出す前に「そんなことよりリオさんに聞きたいことがあるんです」と話題を転換されました。
「何でしょうか?」
「ユウカさんのことです。彼女、本当はサトルさんの魅了スキルにかかっていないんでしょう?」
「……まさかそんなことないですよ。私と一緒でしっかりサトルさんの虜です」
いきなり出された話題に内心ビックリしながらも、私の口はすらすらと嘘を述べていました。親友の秘密を私が暴露するわけには行きません。
「そうですか? サトルさんからここまで異世界でどういうことがあったのかは聞きました。あのときは特に疑問に思いませんでしたが……本人に出会って分かったんです。ユウカさんは虜になっていないと。そうすれば数々の疑問にも説明が付くと」
「違いますね。全部魅了スキルが中途半端にかかっているせいです」
「それも疑問に思っていました。魅了スキルについては女神教の大巫女である私が一番知っています。しかし、伝承の中には中途半端にかかった事例など一つもありませんでした。ならば嘘だと判断するのが合理的でしょう」
姫様は詰め将棋のようにどんどんと寄せてきます。私は徐々に逃げ場が無くなっていくのを感じ。
「どうしても認めないなら、この話をサトルさんにします」
「っ!? それは……」
「魅了スキルの使い手で当事者であるサトルさんに意見を仰いだらとても参考になると思うんです。私としてもサトルさんに手間をかけさせて心苦しいですが」
こちらの事情を見透かし、完璧な王手を決められます。
詰みだと判断した私は……ええ、こんな初対面の姫様に見抜かれるユウカが悪いんです、と心の中で言い訳してから、被害を減らすための最善手を。
「分かりました、認めます。ユウカには魅了スキルがかかっていません」
「やはりそうですか。詳しく聞かせてもらえますか?」
「……はい」
親友の秘密について洗いざらいぶちまけることにしました。
「召喚される前から好きで、しかし行動には移せず、そんな折りに魅了スキルの効果範囲にいてしまって、誤魔化すために嘘を吐いたと……」
「そういうことです」
「その後は虜であるという偽りでサトルさんにアタックを仕掛けて……卑しい、卑しいです」
「否定は出来ませんね」
「………………」
話を聞いた姫様はユウカのことを非難していましたが、ふと考え込み始めました。そして決心したように顔を上げます。
「リオさん、親友の秘密を勝手に暴くような真似申し訳ありませんでした」
「いえ、全部ユウカの落ち度です。私は悪くありません」
「その開き直りはまた清々しいですね……えっと、それなのに図々しいですが私の話も聞いてもらえないですか?」
「……ええ、いいですよ」
その表情には心当たりがある。悩みを抱えている顔だ。
この異世界に来てからサトルさんとユウカ相手に何度もやってきたお悩み相談。何の因果か今回は姫様が相手のようだ。
「私はサトルさんのことが好きなんです」
「『まあ魅了スキルがかかっているからな』……と、サトルさんが聞いていたら言うでしょうね」
「私とサトルさんは魅了スキルによって引き合わせられましたから、理解はしています。それでも私は魅了スキルなんて関係なく好きだと信じていて……今日ユウカさんと出会いました」
「……」
「最初の印象はいけ好かない人でした。まあ同じ殿方を取り合う以上、好意的には見られません。ですがその後、サトルさんとユウカさんのやりとりを聞いている内にビビッと来たんです。この人には魅了スキルがかかっていないと」
「女の直感……ですかね」
「たぶんそうです。それだけではなくユウカさんの想いの深さも実感して……魅了スキルがかかっていなかったら、私も本当に同じように想えただろうかと疑問が浮かびました」
「……」
「サトルさんの方もです。あれだけ偉そうに私の想いはストックホルム症候群だと指摘した癖に……実際はサトルさんの方こそ私に対して、同じく軟禁された立場としての連帯感や好意を抱いたに決まっています。
だって……ユウカさんといるときはあんなに自然に振る舞っているじゃないですか」
姫様の視線を追うと、そういえば未だ姿を見ていなかった二人を見つけます。ユウカとサトルさんは広場中央の鐘のところにいて――。
「サトル君、ねえこの鐘って」
「女神教の伝統なのか、結婚式のときに二人の関係が永く続くようにって鳴らすやつだ。俺もホミと一緒に鳴らしたが……その直後に襲撃されたんだったか」
「……ねえ、私も一緒に鳴らしてみたい」
「いやそれよりまず被害の復旧が先だろ」
「もうこんなに頑張ってるんだから、ちょっとくらいサボったっていいでしょ! ほら、行こっ!」
「ああもう、引っ張るな……ったく」
ユウカがサトルさんの手を引いて鐘まで導きます。悪態を吐きながらもサトルさんの表情も満更では無さそうです。
久しぶりに見たサトルさんの元気な姿にホッとし、そしてユウカとよろしくやっていることを嬉しく思いながらも、隣の姫様の相談中であるということは忘れていません。
「二人はここまで様々な苦難を乗り越えることで今の関係となりました。見守ってきた者として贔屓の感情が含まれていますが、サトルさんには姫様よりユウカの方がお似合いだと信じています。申し訳ありませんが」
「……いえ。素直なところを言っていただきありがとうございます。私も……心の奥底ではそう思ってしまっているのでしょう。だからさっきもあんな後押しするような言葉を……」
「…………」
「リオさんに相談できて決心が付きました。私はこの気持ちを諦めます。
ええ、そうですよ。ただでさえこれから独裁都市の再建のため私は頑張らないといけません。オルトとナキナの二人がいなくなった今、私は自由に羽ばたけます。やりたいこと、やらないといけないことは山積みです。トップに立つ者として恋愛にうつつを抜かしている暇はないんです。
私は母が愛したこの都市が、民が好きなのですから。
だから……」
「別にそれが恋を諦める理由になるとは思えませんね」
「え……?」
「親友の恋路のことを思うなら、恋敵が身を引く姿を素直に見送るべきだと……分かってはいるんです。しかしそんな苦しい顔をしているのを見過ごせるわけないじゃないですか」
「苦しい顔って……違います! 私は独裁都市のためにむしろ誇らしくこの想いを捨てて…………ひぐっ、ぐすっ……」
「ああもう、ほらついには泣き出したじゃないですか。意地を張らないでください」
私は姫様の頭を抱えて、赤子をあやすように背中をポンポンと叩きます。
「初めての恋だったんです! 初めて好きになったんです、サトルさんのことを! でも……私が好きになったのはユウカさんによって変わったサトルさんなんです! 私の居場所が無いことは分かっています! それでも……好きになってしまったんです! 仕方ないでしょう!」
「ええ、そうですね」
「ユウカさんがいなければ良かったのに……ユウカさんの代わりに私がサトルさんと出会っていたら……そんな意味のない仮定が沸き上がっては心を乱して! こんなに苦しいなら誰かを好きになりたくなかった!」
「でも好きになったからこそ幸せも感じたんですよね」
「サトルさんと結婚式をしたときは……それが敵の策略だと分かっていても、私は嬉しくて! この幸せがずっと続けばいいのにって……でも……」
「分かります、分かりますから……全部吐き出してください」
相手は一つの都市の長である姫様です。
その立場だけでなく、今まで軟禁されていたこともあって、誰かに弱みを見せることなんて今まで出来なかったのでしょう。
それでも潰れなかった精神的な強さは、トップに求められる資質です。
だからといって何も溜め込まないわけがないのです。
私は一人の少女がその思いの丈をぶちまける姿を、隣で優しく寄り添いながらしばらく聞くのでした。




