11話 リーレ村
俺の自己嫌悪から陥った危機、カイの襲撃、パーティーの結成など色々あった濃い夜も明けて、異世界五日目の朝を迎える。
「それじゃ出発するよ!」
ユウカの言葉に、クラスメイトたちは森へ一歩踏み出す。
異世界に来てからずっと生活の拠点としていた広場を出て、人里を目指すときが来た。
「こんな短い期間だったけど、少しは感慨深く……ならないな」
本当生活できるってだけで最低限の施設しかなかったし、現代の日本の暮らしに慣れた俺たちにとって充実度は最悪だった。
まあでも未練がないわけではない。
「あの石碑はやっぱり気になるよな……」
渡世の宝玉を集めろというメッセージ……あれは、一体誰が用意したんだろうか?
「ひとまず言えるのは召喚したやつと、石碑を用意したやつは一緒ってことだよな?」
メッセージの冒頭で異世界より来た者って書いていたし、ちょうど召喚された場所にあったということは間違いないはず。
うーん……でもこれ以上は推理しようがないか。情報も無いし。
思考を打ち切ると、一団となって歩いているクラスメイトたちの声が聞こえてきた。
「しかし、カイも自分たちだけ先行するとか水臭いよな」
「何がだ。ちゃんと彼女のエミも連れて行ってるんだろ? さながら異世界デートってところじゃねえのか?」
「デートってより旅行じゃね。羨ましいよな」
魔物が出る森を気楽に進んでいる。まあ、俺以外のやつにとっては危険じゃない場所だしそれもそうだが。
「にしても……カイとエミか……」
会話で出てきた名前をつぶやく。
昨夜、猛スピードで去ったため追跡を諦めた二人は、結局今朝になっても拠点に戻ってくることはなかった。
突然の消失に騒ぎになるクラスメイトたちだったが、ユウカが二人は今から向かう村以外に人里を見つけてそちらを見てくるという嘘で収めていた。
後で事情を聞いたが、あんなやつでも表では人望があったので、真実を伝えては動揺するだろうから配慮してとのことらしい。結果、昨夜起きたことを知っているのは俺とユウカとリオの三人だけのようだ。
「あいつ絶対また襲ってくるよな……」
反省しているなら戻ってくるはずだ。それが逃げて潜伏するのを選んだということは……俺の魅了スキルをまだ諦めていないということだろう。
「まあ、そのときのためにユウカとパーティーを組んだんだ。考え無しに突っ込んできたら返り討ちだ……ユウカの手によって」
他力本願でイキる小悪党のような発言をしたところで。
「……あれ、私の名前呼んだ?」
「あ、ユウカ」
クラスメイトを先導していたはずのユウカが、集団の真ん中辺りにいた俺のところまで下がってきていた。
「一番前にいなくていいのか?」
「私たちは拠点から東を調査していたけど、今は人里がある西に向かってるでしょ? だから正直今どこにいて、どっちに向かっているのかも分からなくて……正直私が先導する意味って無いの。まあ何かトラブルがあったときは対処しないといけないけど」
「なるほどな」
リーダーとして前には立っていたが、道案内は他に任せていたってことだろう。で、今は順調だからこうやって後ろに来る余裕もあると。
しかし余裕があるのと、実際に行動するのは別だ。ずっと前にいても行いのにわざわざ下がって俺なんかのところまで来た理由は……ああ、そういえば昨夜も自分がみんなを導く立場に押しつぶされそうになってたな。それ関連だろう。
思い当たった俺は先手して答える。
「もしかしてこの後についての相談か? この異世界で初めて人に会うってわけで、どうすればいいか不安になるのも分かるが、俺だって出たとこ勝負だとしか言えないぞ」
パターンとしては良くある旅人として無関心に対応されるか、よそものとして排斥されるか……いや、意外と異世界召喚がメジャーで事情を完璧に把握されているという可能性とかもあるのか。とにかくこの世界の文化が分からない以上、俺たちがどんな態度をとられるかは想像も付かない。
と、あらゆる可能性を考慮した『出たとこ勝負』という完璧な回答(?)に、しかしユウカは。
「あ、うん、そうだね」
生返事だった。
「……あれ、この用件じゃなかったか?」
「いや気にはなってたけどそうじゃなくて。……あっ、でもサトル君と同じで出たとこ勝負だと思ってたから、同じ意見ってのは嬉しいよ」
「……? なら、どうしてわざわざ俺のところなんかに来たんだ?」
昨夜みたいに相談でないのならどうして。
何か他に大層な理由があるのかと俺が考えていると。
「え、特に用はないよ」
「だったら……」
「サトル君と話したかったから……じゃ駄目かな?」
ユウカは少々照れたのか頬を染めて、こちらを上目使いに見てくる凶悪コンボをかましてくる。
「い、いや……そう言われてもな……」
経験のない出来事に対処法が分からず、俺が戸惑っていると。
「……ん? 委員長! ちょっと来てくれないか!?」
集団の先頭の方から、ユウカを呼ぶ声がした。
「何かトラブルかな……? ごめんね、サトル君来たばかりなのに。私行かないと」
「……ああ、俺のことなんか気にせず行ってこい」
動揺の続く俺はそう返すのが精一杯だ。
「うん、じゃあまた後でゆっくり話そうね!」
そう言ってユウカが駆け去っていく後ろ姿をしばし眺めて、ふと我に返った俺は叫ぶ。
「だあっ、もう! ……あれは魅了スキルによるものだ、好意的な仕草に心を動かされるのは仕方ないが……ああ内心どう思っているのかなんて分かりやしない……勘違いするな、また失敗を繰り返したいのか俺…………信じる?いや無理だろ…………そうだ…………結局…………」
歩きながらぶつぶつと自戒の言葉をつぶやくサトルは端から見たら不審者であった。サトルは気にする余裕もなかったが、クラスメイトたちからも奇異な視線を向けられている。
だが、その内の一つは興味深い物を見る視線で。
「(思っている以上にユウカの言葉に心を動かされていますね。トラウマを持っていたとしても、そこは思春期の男の子といったところですか。糸口が見えてきたように思えますが……反面難しさも明らかになりましたね。執拗なまでの自戒はトラウマの深さの現れですから。
しかしあの上目使い……狙ってやったのならなかなか小悪魔ですが……天然だとしたらなおのこと恐ろしい娘ですね……)」
リオは今の光景を分析するのだった。
ユウカが呼ばれたというトラブルも大したことが無かったようで、一行はその後特に障害無く目的地近くまでやってきていた。
「聞いてはいたが、規模からしてやっぱり村って感じだな」
家や教会などが建物がまばらに並んでいるのを見て俺は評価する。あまり大きくは無いが……それでも異世界で初めての人里だ。
「周辺には畑や田んぼ……農耕で生計を立てているってところか」
元の世界の田舎と何ら変わらない光景……強いて言うなら、さらにその外縁を堀や柵で囲っているのが違うか。
「魔物対策……なんだろうな」
この世界で暮らす以上、無視できない驚異への備えといったところだろう。
と、観察しながら歩いていたところで先頭が村に後一歩というところまで近づいたようだ。
「ふわぁ……っ……。……って、何だ、ちょっと止まれ!」
警備なのか村の入り口で突っ立っていた男が俺たちの姿を認めて制止を要求する。……だが、その直前の大きなあくびのせいで緊張感が全然感じられない。
「……どうやら言葉は通じるみたいだね。良かった」
異世界人とコミュニケーションが取れそうなことに胸をなで下ろすユウカ。……そういや異世界なのに日本語が通じるんだな、石碑も読むことが出来たし心配はしてなかったが。まあ異世界召喚ならよくある話で、勝手に翻訳されてるとかそんなところだろう。
「しかしこうもぞろぞろと東から人が来るとは……何の用だ、おまえたち!」
番をしていた男に一歩出て答えたのはユウカだ。
「申し遅れました。私はユウカといいます。この村には――」
「……って、東? でも、ここより先はあれしか………………思い当たるのは……まさか……!? ちょっと待っていろ、おまえたち!!」
「あ、あの……話を……」
ユウカの自己紹介の途中で、何かに気づいたのか血相を変えて村の中に走って引き返す男。
取り残される俺たちだが、相手ははっきりと俺たちに待っていろと要求した。なら、勝手に村に入るのは良くないだろう。
「しかしあの反応は……俺たちの存在について何か心当たりがあるというところか……?」
ならばこの後、無関心な対応は無いだろう。
歓待か敵対か。出来れば前者であって欲しいが……後者であっても、これだけの実力者が揃っていればどうにか出来るだろう。
と、また自分以外の戦力を宛てにした思考をしていると、さっきの男が老人を連れて戻ってきた。
「村長、この人たちです! 東からやってきたというのは!!」
「……ふむ」
村長と呼ばれた老人は顎に手を当て値踏みするように俺たちを見回す。
「なるほどな……」
有無を言わさない態度に呑まれた俺たちは、感心する村長を前に何も出来ないでいた。
「ここは大陸の東の果て……ここより東に人里は存在しない。あるのは……忘れ去られし女神教の祭壇場のみのはずじゃ。
察するに……おぬしらは女神様の遣い……なのじゃろうか。まさかこんな日が来るとは……」
女神教……祭壇場……女神様の遣い。次々に発せられる聞き慣れぬ名詞。
「つまり……どういうことなのでしょうか?」
困惑しているクラスメイトの代表としてユウカが村長に質問する。
「おっと、すまぬな若人よ。これだから年を取るというのは辛い。相手の都合にまで気が回らなくなる」
「は、はぁ……」
「ワシはリーレ村の村長タイグスじゃ。女神教の神父も兼任しておる。おぬしたちを歓迎しよう」
反省はしているようだが、次々と畳みかける言葉はやはり俺たちを置いてきぼりにしている感は否めない。
「とりあえず……歓迎はしてくれるようだな」
俺たちがはっきりと分かったのはそれくらいだった。