102話 悪足掻き
女神教に関する話が想定以上に長くなったため、司祭オルトが去った後すぐに俺たちは寝た。
そうして訪れた翌朝。
「くそっ……そう来たか!」
俺はオルトが打った手の意味をしっかりと理解していた。
当然だがやつらの目的は俺たちを結婚させることではない。
お目当てはそれに伴って開かれる結婚式の方だ。
表向き独裁者である姫様の結婚式となれば都市の人間も多く参列するだろう。いや、姫の命令ということで人を集めさせる。
そうして大勢の人の前に姫様が現れる状況……パレードと同じ状況を作り出して、今度こそ殺すつもりなのだ。
「…………」
ホミからしばらく大きなイベントはないと聞いて安心していたが、無いなら作ればいいということか。
もちろんホミだけではなく俺の命も危ない。俺を殺せない理由は俺を殺すとホミが死ぬと思われているからで、ホミを殺すタイミングになれば俺の命も必要なくなる。
四日後……いやそれは昨夜オルトが言ったことだから、もう三日後か。それまでにどうにかする方法を考えないといけない。
だというのに……。
「いつまで惚けてるんだ、ホミ」
「っ……な、何ですか、サトルさん!」
頬杖をつきながら窓から見える空をぼーっと眺めていたホミが、慌てて俺に向き直る。
「あのな、状況分かってるのか?」
「わ、分かってますよ。結婚式は二人が私とサトルさんとの仲を祝福するために開くのではなく、殺すための場として開くってことですよね、はい」
「わざわざ前者を言う必要があったかは疑問だが……そういうことだろう。女神教の形式に則った結婚式になると思うんだがどんな感じの段取りなんだ?」
結婚というシステムは古今東西に存在するが、その式で何を行うかは文化によって違うものだ。
「女神教は愛を大事にする教えです。そして結婚式は男女の永遠の愛を誓う儀式です。とても喜ばしいことですので、祝福するために多くの人が集まるのが普通ですね。私もワガママな姫になる前は、母の顔見知りって程度の仲でも結婚式に参加して祝福したものです。
場所はおそらくこの神殿前にある広場でしょう。鐘があってそれを二人一緒に鳴らした後に誓いのキスをするのは子供心ながらに憧れでした。それが今度は私の番に……しかもサトルさんとだなんて………………」
「おーい、浸るな。戻ってこーい」
途中まで真面目に解説していたのだが、うっとりしだした姫を呼び戻す。
「す、すいません。服装は新婦がドレスで、新郎がタキシードなのが基本ですね。ちゃんと用意されるのかは分かりませんが……」
「殺すための場だが、民相手に欺くため体裁はちゃんと整えるはずだ。服を用意するために俺を採寸したんだろうしな」
「あれはそういう意味でしたか。なら私の採寸をしなかったのはサイズが分かっているからってことでしょうね」
昨日の朝ナキナが計りに来たときには……いや、それより前からやつらはこの策に取りかかっていたのだろう。パレードでの失敗は予想外だったはずなのに、すぐにリカバリーが思い付く辺り敵ながら優秀だ。
「あと三日、結婚式の日まで俺たちはこの部屋から出してもらえないだろうな。それくらいの期間なら民からも不自然に思われないだろうし」
「ということは……私がドレスを選びに行けないってことですか!?」
「…………」
昨日考えてたことが無駄になったという意味で言ったのだが、ホミはどうやら違う捉え方をしたようだ。
「どうしましょう、ちゃんとセンスがいいもの選んでくれるでしょうか!? それに結婚式の細かな演出とかもちゃんと打ち合わせしたかったのに無理ですよね!?」
「……ああ」
「招待客も……あーそれはおそらく都市の人のほとんどを呼ぶでしょうので大丈夫ですか。でもやっぱり日にちとかも吟味したかったですし……」
考え込むホミを俺はさせたいようにしていた。
本当はこの危機をどうにかする方法を二人で考えたかったのだが……ああ、そうだ。もしかするとホミも分かっているのかもしれない。だから現実逃避にあんなことを考えているんだ。
打つ手が無い。
残り三日という期間の短さ。それまでの間変わらずこの部屋で過ごさないといけなく、唯一外界との接点であるオルトとナキナは俺たちでどうにか出来る相手ではない。
今度こそ完全な詰みだ。
「………………」
残る希望は悪足掻きした手紙くらいか。
ナキナに強制されて出した手紙。ユウカとリオを追い払う命令をした文面に忍び込ませた『リオはユウカと行動を共にしろ』という命令。
あれによってリオはユウカに付いていく形ならこの独裁都市に入ることが可能なはず。
だからといって助けに来るとは限らないが。
そもそもユウカとリオが手紙の意図に気づかないかもしれない。
それにこれはユウカにかかっている魅了スキルが中途半端であることを前提としている。
時々命令を無視できるのだが、今回命令に従うしかなかったのならアウト。そうでなくてもユウカが俺を助けたいと思わなければアウトだ。
魅了スキルによる好意だけ効いて、命令だけ効かないというのは理に合っていない。だからユウカが魅了スキルの外で俺を助けたいと思わないといけない。
だがそう思うだろうか?
ホミの時も思ったが、魅了スキルの無い俺に価値なんて無い。ようやく俺の命令に縛られる環境から逃げ出せたのに……二人がわざわざ俺を助けに来る理由があるだろうか。
こうなると渡世の宝玉を手紙に同封したのは失敗だったのではないかとも思う。
宝玉が俺の手元にあるなら、それを回収するためにユウカとリオはやってこないといけなかったからだ。宝玉を質にすることで俺を助けに来ることを強制する…………そっちの方が……。
いや、でももし二人が俺を助けにこれない場合やくるつもりがない場合、俺が死んだ後宝玉が駐留派か復活派に回収されていた可能性が高い。やつらの好き勝手にさせないためにも、そしてそもそも宝玉を迅速に集めるという方針でやってきたんだ。俺の選択は正しいはず。
現状はあの夜と同じだ。
異世界に来て直後、俺はトラウマから二人を拒絶して、追ってくるなと命令をして森の中に逃げ込み、その先でカイの襲撃を受けた。誰も助けに来るはずがなく諦めた俺の前に、ユウカは颯爽と現れた。
俺を助けることに何の利益も無かったのに。ユウカは魅了スキルの外で俺を助けたいと思って動いた。
あの奇跡がもう一回起きない限り、俺とホミが助かることはない。
だが奇跡はそう起きないから奇跡なのだ。手紙に仕込んだ策が無駄に終わる可能性の方が高い。
そもそも誰かを信じるしかない方法に頼るなんてことが間違いだったんだ。
ユウカが助けに来ない限り、俺とホミ二人で助かる未来は潰えたとみていいだろう。
「………………」
ホミは絶対に二人揃って助かりましょう、と言ってくれた。
だが俺はその言葉に返事をしていない。
あのときから脳裏にはあった、だから返事できなかったんだろう。
最終手段……そうだ、一人だけでいいならまだ方法がある。
いざというときは……ホミにどう思われようが俺は………………。
「……? どうしたんですか、サトルさん。表情が怖いですよ」
ホミが俺の顔をのぞき込む。
「……ああ、すまん。それで何の話だったか?」
「もう、聞いてなかったんですか? 披露宴での料理についてですよ。ちゃんとしたところに頼んでいるか私本当に心配で」
「やつらもワガママな姫のイメージを崩したくは無いだろう。しっかりしていると思うぞ」
「そうだといいんですが……」
リミットが迫っているとは思えないほどに、二人の時は表面上優しく進むのだった。




