10話 魅了スキルにかかったフリした理由
『何故なら――本当はユウカに魅了スキルなどかかっていないのですから』
「………………」
言い当てられた真実にユウカこと私は言葉を返すことが出来なかった。
「その反応……やはり、思っていた通りなんですね」
リオは得心が行った顔つきだ。
「……いつから、気づいていたの?」
「最初から疑っていました。というより、今まで気づかれなかったのが不思議なくらい綱渡りでしたよね? 私がフォローしなければ今ごろどうなっていたことやら」
「それは感謝しているけど……気づいていたなら見逃して欲しかったなあ……って」
「そんなこと出来るわけありません。こんな親友が面白……悩んでいる状況を見過ごすなんて……!」
「ねえ、今面白いって言おうとしたよね?」
よよよ、と嘘泣きしている親友を半眼で睨みつける。
「それよりはっきりさせておきましょう」
すぐにけろっと立ち直ったリオは、毅然とした声で言った。
「まずは魅了スキルの詳細について振り返っておきましょうか」
「えっと……こうだよね」
私はサトル君のステータス画面で見た詳細を思い出す。
スキル『魅了』
効果範囲:術者から周囲5m
効果対象:術者が魅力的だと思う異性のみ
・発動すると範囲内の対象を虜にする。
・虜になった対象は術者に対して好意を持つ。
・虜になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う。
・元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない。
・一度かけたスキルの解除は不可能。
その詳細を念頭にリオが話し始める。
「ユウカ、あなたはサトルさんが魅了スキルを発動した際に、効果範囲5mの内にいました」
「はい」
「サトルさんが漏らした言葉から、効果対象の魅力的な異性にも当てはまっているはずです」
「……えへへ、魅力的だって。サトル君、私を魅力的だって思ってるんだって!」
「そこ、ニヤケない! 真面目な話をしているんですよ」
「真面目なのかな……?」
「とにかく、ここまで条件が揃っているのに、ユウカが魅了スキルにかかっていない理由です。それは――」
リオの言葉を継いで、私は認める。
「私が……魅了スキルにかかる前から……元の世界にいたときから、サトル君をその……す、好きだから……ってことだよね」
「それによって魅了スキルの詳細にあった文の一つ『元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない』が当てはまり、そもそも魅了スキルはユウカに対して失敗していたということですね」
普通に考えれば好意を持たれている相手を虜にしようなんて思わない。無駄な手間だからだ。
ということで、サトル君もおそらく重要視していないこの一文こそが私にとって厄介な状況を作っていた。
リオの解説は続く。
「そう、ここまでは事故のようなものです。ユウカは悪くないでしょう。つまりこのヘタレがやらかすのはここからなのです」
「ヘ、ヘタレって……否定できないけど……」
「『魅了スキルが失敗した理由……それはつまりあなたのことが好きなんです』と告白する度胸が無く、あろうことか誤魔化すために自分にも魅了スキルがかかっていると嘘を付きだしたのです」
「あのままだと失敗した理由に気付かれたかもしれなかったからね。咄嗟にしてはいい判断――」
「ではもちろんありませんでした」
リオの言葉は容赦がない。
「うわーん、酷いよぅ」
「すぐに子作りを迫った私との反応の違いを指摘されて、本当は魅了スキルがかかってないんじゃないか? とサトルさんに疑われたでしょうが」
「あのときはありがとね。状態異常耐性なんて言い訳をくれて」
状態異常耐性のおかげで魅了スキルが中途半端にかかっているというのは、魅了スキルが失敗している以上もちろん嘘である。リオが言い出した苦肉の策だったが、案外上手くハマっていた。
「それで対応の違いを誤魔化し、命令にも一通り従った姿を見せて、どうにかサトルさんに魅了スキルがかかっていると思わせることに成功しました」
「……そういえば、最初から私が魅了スキルにかかってないと疑ってたって言ったよね? だったらどこで気づいたの?」
「正直元の世界にいたときからユウカのサトルさんを思う気持ちには薄々気づいていましたから」
「え、そうなの!? 初耳だよ、それ!!」
秘めたる恋心のつもりだったのに。
「ですが、実際状態異常耐性があるのも分かっていたので半々の可能性といったところですね。確信したのは、サトルさんにスリーサイズを言うように命令されたときです」
「スリーサイズ?」
何か気になる点があっただろうか?
「ええ。ユウカが言ったのは84・60・80でしたか」
「そうだね」
「……この数値、鯖を読んでますよね?」
「い、いやそんなこと……私はナイススタイルで……」
「親友の目を誤魔化せると思ったのですか。本当はもっと貧乳でしょう。パッドを入れた数値を申告した時点で、命令に従っていない=魅了スキルにかかっていないと判断しました」
「な、何で私の本当のスリーサイズを知ってるの!? ていうか酷いっ! そんな判断方法を取るなんて!」
「あなたが空しい見栄を張るのが悪いんです」
リオの言葉は容赦がない。ちなみにリオとの胸囲格差も容赦がない。
「となれば後の出来事は簡単です。サトルさんがカイに襲われた際、魅了スキルで追ってくるなと命令されていたのに駆けつけられたのは、そもそも魅了スキルになんてかかっていなかったから命令の意味が無かったということですね。魅了スキルの外で助けたいと思ったから、とか関係ありません」
「はい……その通りです」
打ちのめされた私はあっさり認める。
「ここまでボロが出てるのに気づかれなかったのは、色んな要因が重なったからでしょうか。まずはユウカが元の世界でサトルさんが好きだってことをおくびにも出したことが無かったこと」
「隠すのは上手いからね!」
「まあ、ヘタレなだけですが。次にサトルさんの自己評価の低さからでしょうか。学校にいたときからユウカに好かれているなんて、おそらく一片たりとも考えたことが無いのでしょうね」
「うーん……これはどう反応すべきなの?」
「ヘタレ女と自己評価の低い男で相性がいいんじゃないですか、適当ですけど」
「やったー……って適当なの!?」
「こんなの真面目に付き合ってたら、精神力がいくらあっても足りないです。後はユウカとサトルさんが釣り合いが取れてないからでしょうか? スクールカーストトップが、言い方が悪いですが最低辺に恋するなんて思いもよらないですからね。一体どういう経緯で好きになったのかは気になるところですが」
「え、えっと……言わないと駄目?」
「いえ、お楽しみはまたの機会に取っておきましょう。……ではなくて、あまりに一度にたくさん聞き出すとユウカも大変でしょうからね遠慮しておきます」
「今の言い直す必要あった!?」
面白がっていることを隠そうともしていない。
「というわけで状況の整理は出来ましたが……これからどうするつもりですか?」
「どうするつもり……って、渡世の宝玉を集めて元の世界に」
「そういう大局的なことではありません。サトルさんとの仲をどうするつもりなのかってことです」
「サ、サトル君と!?」
「話の流れで分かりませんか?」
だんだんリオの迫力が増している。……それほど私のヘタレさにイライラしているのかもしれない。
「えっと……それを聞いて、どうするの?」
「そう構えないでください。アドバイスをしようと思っているだけです。あわよくば楽しもうなんて思っていません」
「それ思ってるよね……でも、リオも魅了スキルにかかってサトル君に好意を持っているはずなのに、私にアドバイスって……その大丈夫なの?」
「最初こそ突然の好意に振り回されて子作り宣言してしまいましたが、現在は慣れて完全に支配下に置いています。心境としては親友が良き男性とくっつくのを応援したいといった感じですね」
「そ、そう……良かった、リオが恋敵になんてなったら、一瞬で負けてもおかしくないし」
「まあ、ヘタレに負けるとは思えません」
酷い言われようだ。
「それでサトルさんとの仲はどうするつもりなのですか」
再度の質問に、私は思い描いていた理想を語る。
「そ、それは……せっかく一緒のパーティーになったんだし、渡世の宝玉を集めながらも仲を深めて……こっちも魅了スキルで好意を持っているって言い訳で迫ることが出来るし……それでいつの日かサトル君から告白してきてゴールインって感じで……」
「全く、脳内お花畑ですね♪」
「辛辣すぎない!?」
やっぱりイライラしている。
「サトルさんがどうして一人拠点を飛び出したのか忘れたんですか? 事情は分かりませんが……どうやら、サトルさんは嘘の好意にトラウマを持っているようです。……勝手な予想ですが、自分に好意的な女子に告白したけど、相手は眼中に無かったとかいう出来事を過去に体験しているとかでしょうか」
「まるで見てきたことのように話すね……」
「つまりユウカにいくら迫られたところで、サトルさんの視点ではユウカは魅了スキルにかかっていると思っています。となればそれは作られた好意により起こした行動、心の籠もっていない行動となり、受け入れることはあり得ません。つまり二人が結ばれる日は永遠に来ないのです」
「…………ど、どうしよう、リオ」
「今ごろ事の重大さに気づいたのですか」
やれやれ、とリオは肩の高さで手のひらを上にして首をすくめるジェスチャーを取る。
「しょうがない親友のために二つ選択肢を示しましょう。いいですか?」
「はい、リオ様!」
「調子のいい子ですね……一つ目は、すぐに自分が魅了スキルにかかってないことを明かし、元の世界にいたときから好きだったと告白することですが」
「(ブンブンブン)」
「残像が出るほどに首を横に振っている以上無理でしょうね。そんな度胸があるならこんなややこしい事態になっていません。……全く、どうしてああやってパーティーに誘うことは出来たのに告白は出来ないんでしょうか?」
「だ、だって……あれはまだ魅了スキルのせいって心の中で言い訳出来たから……。あ、あれでも心臓が張り裂けそうだったんだよ! 告白なんてしたら、心臓が破裂して死んじゃうって!!」
「死ぬわけ無いでしょうが」
リオはアホな子を見る目だ。
「はぁ……では二つ目の方法です。それはこのまま誘惑を続けることです」
「誘惑……って、ん? 私が言ったサトル君に迫るってのと何か違うの?」
「まあ、似たようなものですね」
「えー……なのに私お花畑って罵倒されたの?」
「黙らっしゃい。似てはいますが、狙いが違います。サトルさんはトラウマにより、このままではユウカを恋愛対象と見ることがありません」
「ふむふむ」
「しかし、サトルさんは年頃の男の子です。トラウマを抱えているとはいえ、性欲はあるはずです」
「なるほ……えっ!?」
「なので誘惑することで既成事実を作り、責任を取るように迫りましょう」
「ちょ、そ、それはあんまりだよ!」
身も蓋もない提案に生娘の私は慌てる。
「そうですね……ユウカの心配も分かります」
「よ、良かった……リオが分かってくれて」
「つまり、ユウカはこう言いたいのですね――流石に妊娠はマズいと」
「そんな心配してないって!? ああいや、確かに言っていることは正しいけど!?」
「サトルさんが重すぎる責任を恐れて、逃げるという可能性を考えているんですね」
「いや、そうじゃなくて……リオはさ、こう、倫理的って言葉を覚えようって!!」
「倫……理……? はて……?」
「いや、知らない振りしないでよ」
「というわけで既成事実はマズいですから、まあ行為ぐらいで我慢しましょう。サトルさんならばそれくらいでも責任は感じてくれるはずです」
「こ、行為って……それって……」
顔がプシューと煙が出そうなくらい熱くなる。
そういえばリオはサトル君にいの一番に子作りを迫っていたり、どうにも思想が過激だ。
「煮え切らないですね。自分から告白する勇気がないならばこれが一番の近道なのですが……何が不満なんですか?」
「だ、だって…………」
「……?」
「理由言っても笑わない?」
「内容を聞かないことには分かりませんとしか」
「そこは嘘でも笑わないって言って欲しかったけど……そ、そのね。そうやってサトル君の一時的な衝動から負い目作ってそこに付け込んで付き合っても……心が通じ合っているとは言えないじゃない」
「心……」
「お互いがお互いを想い合う……それが私の恋愛の理想なんだけど……あはは、やっぱり夢見過ぎかな?」
照れ臭くなった私は笑って誤魔化すが、思いの外リオは真面目な顔つきだった。
「いえ……そういう人がいてもいいと思いますよ。私には理解できませんが……その考えは尊重します」
「リオ……」
親友が遠い目をしている。
これでも長年の付き合いなので何となく分かる、リオの家庭環境が関係するのだろう
でも、それを自ら言いださないということは踏み込むタイミングではないということだ。ならばそのリオの意志を尊重するし……逆に助けを求めてくれれば、いつだって絶対に駆けつけると決心する。
「っ……」
リオは珍しく感傷に浸っていたことが恥ずかしいのか気まずそうに顔を伏せて。
「………………まあそれとは別に、自分から告白する勇気もない人が心を通じ合わせられるのかは疑問ですが」
「そ、それは言わないでもらえるとありがたいです……」
ここまで切れ味鋭い毒が飛んでくるなら、もういつも通りに戻っているということだろう。
「では、ユウカの要望をまとめておきましょうか。過激なことをするのはNGで、負い目に付け込むのではなく心が通じ合った関係を作るために、相手は自分をトラウマに思う状況を作っていますけど、それでも自分から告白する勇気はないので相手から告白するように仕向けたいということですか」
「……あ、あれ? そうやって並べられてみると私わがまま過ぎない……?」
「今さらですか」
「リオえもん、何か解決策出してよ~」
「ネコ型ロボットではありません。……まあなら方法は一つしかないでしょう。サトルさんのトラウマから来る恋愛アンチを克服させるということです。
逐一指示は出しますが、基本的にはサトルさんとの距離を縮めればいいでしょう。出来ますね?」
「うん! 頑張るよ!」
元の世界に戻るために渡世の宝玉を集めるのも大事だけど……でも、この異世界にいる間に絶対にサトル君といい仲になってみせる!!
私は決まった方針にガッツポーズを作って奮起した。
「(トラウマから来る恋愛アンチの克服……言葉にすれば簡単ですが、それがどれだけ茨の道なのかは……分かってなさそうですね、はあ……)」
リオはのうてんきな親友を見て、今夜何度目になるか分からない溜め息を吐いた。
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