表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春の春菜の二年坂  作者: とめきち
5/20

ー舞妓ちゃんー四ー

 陽が昇るのを待って、洋子ちゃんと姉小路の旦那さんを訪ねました。

 ウチは、無理言うて、松本屋のお滝さんお母さんにも来てもらいました。

「やっぱり!あのひとはどうもいけ好かへん、思うてましたんや。旦那(ダン)はん、とっとと警察に突きだしとくなはれ。」

 松本屋のお母さんは、えらい勢いで憤慨したはります。

「まあまあ、腹が立つのはわしも同様やが、未遂やったんやから、そうも怒らいでもええ。この騒ぎでは、家庭内でも一騒動やろ。そやし、学校はどないする?ここから、八坂高校に通ってもええねんやよ。」

「いいえ、旦那(だん)さん。ウチ・いろいろ考えてみたんどすけど、松本屋さんから、舞子に出してもらえませんやろか。」

 和泉屋の旦那さんは、ウチの顔を覗き込んで言いました。

「本気か、みどりちゃん。」

「へえ、本気どす。ウチもう十七どすけど、できますやろか。お三味線は、透吾ぼんから習うてます。」


 ウチは、お滝さんお母さんに向かって、まっすぐ言いました。

「そら、昔とちごうて、今は二十歳で舞子してはる()ォも居てるくらいやから、遅い言うこともないけど…」

「ウチも祇園で育った娘です。それはじゅうじゅうわかってます。そやし、一年辛抱して、店だしでけしませんでしたら、諦めます。」

「一年て、そら法外やわ。」

「お滝、どうやろ。乗りかかった船や、わしが後見するさかい、面倒みたってくれへんか?あかへんかったら、ワシがうちの娘として引き取るよって。」

「まあ、片岡のダンさんが言うことやさかい、ウチには否やはありまへん。そやし、一年は弱音吐かんと辛抱しぃや。」

「へえ、心得てます。」

 洋子ちゃんが心配そうに声をかけました。

「ホンマに、学校やめるん?」

「ウチ、自立したい。幸い、祇園は昔から自立した女の生きる場所やもん。一人では、なんにもでけへんけど、女同士助け合って行けば、何とかなると思うし。だいたい、学校とお稽古と、両立してるヒマは、ウチにはあらしませんもん。」


「あんたは、ホンマ小さい見かけによらず、芯がしっかりしてるなあ。」


 洋子ちゃんは、一つうなずいて言葉を継ぎました。

「わかった、ウチでできることなら、何でも言って。応援するし。」

「おおきに。そやし、いやなこと頼むけど、いずみちゃんと可愛ちゃんには、洋子ちゃんから伝えてもらえる?」

「そやな、決心が鈍ってもあかんし。よっしゃ、まかしとき。」

 ウチは、もう一度お母さんに向き直って、深く頭を下げました。

「お母さん、よろしゅうおたの申します。」

 お滝さんお母さんは、ため息をひとつついて、口を開きました。

「まあ、言葉から教えんでもええだけ、早いわな。わかりました、旦那はん・お引き受けいたします。」

「すまんな、お滝。十分ではないかもせぇへんけど、できる限り援助させてもらうさかい。」

「なんの、これで、一年でモノになるなら、お買い得どっしゃろ。ウチとしては大儲けどす。今は、舞子ちゃんも千代菊一人しか居てしまへんし、芸妓も菜乃香や菜乃菊のほかは、ええ妓が居てしまへんよって。」

「そら寂しいこっちゃなあ。ほな、いっちょきばってもらおかな。なあ、みどりちゃん。」

「へえ、きばります。」


 ウチは、旦那さんの妙な励ましに、笑顔で答えました。


「そやし、みどりちゃん、着替えとかありますか?」

 ウチは、持ってきたスポーツバッグを持ち上げて見せました。

「持ってこれた荷物は、これだけどす。もう、着の身着のままどすわ。あはは。」

 姉小路和泉屋の旦那さんは、きりりと目を引き締めて、言わはりました。

「お滝、後でまた相談しよ。ええな。」

「へえ、承知しました。ほな、ちょっと買い物にいかしてもらいます。」

「みどりちゃん、これ持ってお行き。当座の服とかいるやろ。」

 旦那さんは、ぽち袋を差し出してくれはりました。

「ええんどすか?ウチも、少しくらいは…」

「ええんや、ずっと透吾の面倒を見てくれたんやろ。そやし、ウチの嫁も同然やわ。遠慮せんと持って行き。」

(知ってはる…ウチとぼんぼんの関係を、わかってはるんや…)


「…おおきに、ありがとうございます。」

 ウチは、不覚にも涙があふれてきて、こまりました。


 父親って、ええもんどす。

 透吾はんのヒネクレもん。

 早う出ておいなはれ、こんなええお父さんを、心配させて。

「みどりちゃん、これも持ってお行き。ウチの若いときの着物やよって、もう着ぃへんし。ちゃんと、洗い張りしてあるさかい。」

 御料ンさんも、奥から出てきはりました。

「ホンマに、こんな小さい子ぉに、手ぇ出そうやなんて、許せませんなあ。よしよし、こわかったやろ、なぁ。」

 御料ンさんは、ウチを抱きしめて、背中をさすってくれはりました。

「御料ンさん、そんなんされたらウチ、泣いてしまいます。」

 やわらかい胸に抱き留められて、ホンマにウチは泣きそうでした。

「ああ、かんにんな。お滝はん、どうぞよろしゅうおたの申します。」

「まかしとくなはれ、すぐにでも厳しゅう稽古つけさせていただきます。」

 お母さんは、笑顔に涙を浮かべて、泣き笑いの顔でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ