表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春の春菜の二年坂  作者: とめきち
4/20

ー舞妓ちゃんー参ー

 右も左もわからへん城陽市で、まわりは真っ暗。

 京都市内と比べて、このあたりは車の通りも少なく、街灯もあまりありません。

 途方に暮れるとは、このことです。

 とぼとぼと川の土手を抜け、明るい道に出たところで、公衆電話を見つけました。

「こう言うときは、やっぱし洋子ちゃんかなぁ?まだ起きてはるとええんやけど…」

 ウチは、覚えている電話番号を、プッシュしました。今どきににせへん、携帯さんも持ってへんのはご愛嬌。ビンボの勝ちやん。

「はいはい、どなたさん?」

「あ・ウチ、みどりです。」

「みどりちゃん!どないしたん?もう夜中の二時やで。」

「えへへ~、ちょっとごたごたしてしもて。家を飛び出してきたんよ。助けて。」

「わかった。そこの目印は?」

「えっとね、わからへん。」

「アホやな、電信柱に何々町って書いてあるよって、見とぅみ。」

「あ、わかった、城陽市○○町二丁目やわ。ふうん、こねぇになってんにゃ。」


「よ~し、そのそばにファミレスとかない?看板が光ってるやつ。」

「ああ、あるある。デミーズ。」

「そこでええわ。さっさと入って、マネージャーに待ち合わせやて言うて、頼むんやで。ウチが行くまで待っててや。ええか、こう言うときはだれでも頼って、なんとかするもんなんや。恥ずかしいとか、迷惑やろとか考えたらあかんよ。」

「うん、わかった。ええよ、いま・ぐりぐりメガネとお下げやよって。」

「わかった、大至急行く!」

 電話を切って、ぽくぽくとデミーズに向かいました。

 洋子ちゃんの声を聴いて安心したこともあって、足取りは軽くなりました。

 友達ってありがたいもんどす。

 国道二十四号線でしょうか、道に沿った歩道を進むと、大きなトラックが何台も行き過ぎていきました。

(後で調べると、国道三〇七号と二十四号が交差するところでした。)

 制服姿で深夜に、デミーズに座っていると、けっこう目立つのか、じろじろと遠慮のない視線が寄ってきます。

 これからのことを、どうしたらええのんか、考える時間は十分にありました。


 荷物を確認すると、母の貯金通帳や財布、保険の証書など、必要なものはすべて入っていましたから、ほっとしました。


「あ・教科書が入ってはるわ。」

 これでドつかれたおじさんが災難やな。

 こればかりは仕方がありません。

 学校の鞄も、そのまま置いてきたようで、まいった・まいった。

 それでも、ノートや着替えや、そんなものがごっちゃに入っているので、それをごそごそあさっていてたら…

 透吾ぼんの写真を見つけました。

 珍しい、ウチとのツーショットでした。

 夏の写真。

 透吾ぼんは日に焼けて、ウチはビンボくさいスクール水着。

 冗談で、ウチの肩を抱いてはる。


 あちこちささくれて、毛玉みたいになってるスクール水着が、恥ずかしかった。


 ああ、胸ないなあ。


「透吾ぼんや…」

 きゅうんと、胸が締め付けられます。

 なにやら、たんと昔のような、すぐ昨日のような、へんな気分です。

 頼んだコーヒーを待つ間に、金髪の男の子が近寄って来ました。

「なあなあ、家出してきたん?」

 小さな声でささやくので、一瞬聞き取りが遅くなりましたが、言っていることの意味はわかりました。

「家出?ああ、このかっこう。うん、家出してきたわ~あはは。」

「行くとこないんなら…」

 ウチは、いきなり右手を出して、言葉をさえぎりました。

「あんた、この人がだれかわかる?」

「え?」


 ウチの差し出した写真を見て、顔色が変わったところを見ると、一応知ってはるようです。

「一応知ってはるようやなぁ。」

 ウチは、にやりと笑って見せて、言いました。

「八坂の透吾の女と知って、そういうこと言うんやったら、それ相応の覚悟がおすのやろなあ?」

 男の子は、ぶるぶると震えてきました。

「これからも、このへんでブイブイ言わしたろと思うてはるんなら、さっさとあっちへお戻り。見逃してあげるから。」

 男の子は、青い顔をしてかくかくうなずきました。

「あ、あんたこれ頼むし。」

 ウチは、ちょうどやってきた、コーヒーのレシートを押し付けてやりました。

「あんたの名前は?あとで透吾に、おごってもうたって言うから。」

「なな…ナナシで、けけけっこうです~。」


 男の子は、レシート持って、すっとんで帰りました。

 もっと高いもの注文すればよかった。

 あまりに色々なことが、いっぺんに起こったので、頭が混乱しています。

 そやし、あんまり時間もないことやし、このさきどうしたらええのか…。

 ウチは、思案を始めました。

 このままやったら、いずれ連れ戻されるか、手込めにされるか、あんまりええ未来は見えてきません。

 ウチは、ノートに丸やら線やら書き込んで、方策を練ることにしました。

 洋子ちゃんがくるまでに、少しでも方向付けがしたかったんどす。

 やがて、コーヒーのお代わりは三杯を過ぎました。

 ついでに、金髪ボーイがパフェやのハンバーグやの持ってきて、「姐さん姐さん」言うもんやから、同席を許しました。

 いっぱい食べて、おなかも脹れて眠たくなってしまったわ。


 この時点でウチは今後の計画を、練り上げました。


 そうして、一時間もすると、派手なエンジン音が聞こえてきました。

 ばばっばばっと言う、独特の排気音は、洋子ちゃんのバイク(ハーレー)です。

 からんとベルが鳴って、洋子ちゃんが店に入ってきたときは、たった一日経っただけなのに、涙が浮かんできました。

「どないしたん、こんな夜中に。って言うか、なに?そいつ。」

「えへへ~、ちょっとお友達になってん。あ・おおきに、迎えが来たわ。」

 金髪ボーイは、明るく手を振りました。

「えへへ、おじさんに夜這いかけられてしもた。」

「え~?なんやそれぇ!」

 あまり大声で言うので、お店の中がいっせいに振り返りました。

「ちょっと、洋子ちゃん声が大きい。」

「ちっくしょ~、今からドつき回しにいったろか!」


「そらどうかと思うけど、姉小路の旦那さんに相談せぇへんとあかんね。」

「まあ、そうやね。とにかく帰ろう。ほら、上着とスラックス持ってきた。ヘルメットもね。」

「おおきに、かんにんえ。」

「アホ、それ言うなって、電話で言うたやろ。こんなん、お互い様いうもんやで。それに、友美ちゃんのことが、あったばかりや。この上、あんたになにかあったら、ウチは透吾に、どない言うて言い訳したらええの。」

「えへへ…」

 洋子ちゃんのぶっきらぼうな言葉は、ウチの胸にしみました。

 知らず、涙がこぼれます。

 ウチは、トイレでスラックスに履き替えると、洋子ちゃんの上着に袖を通しました。

「なんや大きいなあ。」

「しゃあないやん、身長が十五センチも違うんやから。」

「いや、お(おいど)がな…」

「そ・れ・は・い・う・な。」


 こうして、ウチはその夜、京都の白川天王町の洋子ちゃんの家に戻って来たのでした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ