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春の春菜の二年坂  作者: とめきち
3/20

ー舞妓ちゃんー弐ー

 自分の下だけ黒い丸ができて、床が抜けたような感覚。

 ふらりと膝をつきました。

 あわてて店長が、電話を取って、替わってくれはりました。

「もしもし、どないしやはったんですか?え?交通事故?はい、四条河原町の交差点付近ですね、すぐに伺います。はい・はい、それで、病院は?」

 店長さんは、てきぱきと事情を聞いて、カウンターから奥さんを呼びました。

「これから、みどりちゃんを連れて、市民病院まで行ってくるよって、あとたのむし。」

「へえ、わかりました。」

 ウチは、膝も立たへん状態で、店長と山田さんに支えられるようにして、お店のバンに乗りました。

「心配あらへんて、救急車やゆうて大げさなだけやわ。」

 店長は、なんとか元気付けようと、さっきから声をかけてくれはりますが、ウチの耳には、ようはいってきませんでした。

 さっきから、動悸がとまりません。


 悪い予感…


 見慣れた団栗橋。

 見慣れた四条通。

 そのすべてが歪んで見えます。

「友美ちゃん…助けて…」

 つと、この夏逝った、友達の名前が口から漏れていました。

 大好きやった友達。

 ウチの心からの友達。

 もう会えない友達。

「いずみちゃん、洋子ちゃん、可愛ちゃん…透吾ぼん。」

 ウチは、だんだん歯の根が合わんくなってきて、耳の奥にカチカチと言う音が、聞こえてくるようになりました。


 横では店長が、携帯電話で話しています。


 程なく車は、市民病院の正門をくぐっていました。

 市民病院のエントランスでは、姉小路和泉屋の旦那さんや奥さんが、待ち受けていはりました。

 和泉屋のご料ンさんは、ウチを抱きかかえるようにして、救急病棟に連れて行ってくれはりました。

 呉服卸の姉小路和泉屋は、八坂高校の同級生片岡透吾の実家で、ウチのアルバイトの保証人もしてくれています。

「みどりちゃん、気ィしっかり持ちや。」

 旦那さんは、いつもの柔和な顔と違って、少し青ざめて、前を向いたまま話してくれています。

 救急病棟の扉が、がしゃんと開くと、まぶしい蛍光灯に照らされて、白いシーツが目に飛び込んできました。

 傍らには、白衣のお医者様と、紺の制服を着たおまわりさんが立っています。




「お・おかあちゃん?」




 ウチが言葉にできたのは、そこまででした。

「四時四十一分ご臨終です…」

 お医者様が、淡々と告げるのを、遠くに聞きながら、ウチは母親の亡骸にすがって、大声を上げていました。

 その日、仏光寺の狭い二DKのアパートには、訪れる人も少なく、ウチは同級生に囲まれて、座っていました。

 智恵光院のいづみちゃん、白川天王町の洋子ちゃん、あきらくん、勇祐くん、烏丸中立売からは、可愛ちゃんも来てくれました。

 白木の棺に納められた母は、物言わぬ骸のまま。

 姉小路の旦那さんが、すべてを取り仕切ってくださったので、お通夜もお葬式も何とか過ごすことができました。

 建仁寺裏の御茶屋、松本屋のお滝さんお母さんも焼香に来てくれました。

 なにやらいろいろお世話になってるし。

 姉小路の旦さんは、ウチの今後のことについてずいぶん、気にかけてくれはったようですけど、ウチは遠い親戚の家に引き取られることになりました。

 もとより母子家庭の貧乏暮らしでしたので、制服と身の回りのものだけ持って、城陽市の親戚の家に入ったのは、それから一週間後のことでした。

 なんとか府立八坂高校の卒業まで、ここに居てたかったんやけど、それもかなわへんことになりそうです。


 城陽市のおじさんの家は、狭い建て売りで、家族は四人居てはりました。


 おじさん夫婦と、娘さんが二人。

「これからご厄介になります、倉橋みどりどす。よろしゅうお頼の申します。」

「なんやなんや、祇園言葉はこそばいなあ。まあ、自分のウチやと思ってゆっくしてや。」

 おじさんは、鷹揚に言葉をかけてくれましたが、ほかの三人はかるく会釈しただけでした。

 夕食も、あまり会話ははずむこともなく、どちらかと言えばウチはよけいもののようですし、冷たい感じは否めませんでした。

 精神的に疲れてしまって、ウチは、あてがわれた部屋で、ぽつんと座りこんでしまいました。

 明日から、新しい学校にも手続きに行かなければなりません。

 編入試験もあったようなんですが、あまり覚えてもいません。

 お手洗いに降りていくと、居間では四人が集まっているようでした。

「府立八坂高校やて、あんなできる高校(がっこう)から、ウチの学校に転校やなんて、いややわあ。差がついてしもて、明日からどないしよ?」

「だいたい、なんでウチの部屋を空けなあかんの。」

 姉妹は、ぶつぶつと不満を漏らしています。


 おばさんは、少し雰囲気を変えていいました。

「あの子の母親の保険金て、いつおりてきますのん?」

「まあ、そんなあせったらアカン。うまいことして、この家のローンぐらいはださせんとなあ。」

 なかなかシビアな計画を立ててはるようです。

 まあ、姉小路和泉屋の旦那さんが、後見してくれはるので、簡単に無一文にはならへんと思いますけど、これは一筋縄では行きませんようです。

 ま、じめじめしてるよりは、ドライに金銭で割り切ってくれた方が、ウチにはありがたいですけど。

 こんなドライな話を聞いて、かえってウチは落ち着きを取り戻しました。

 こうなったら、あと一年くらいは、なんとかがんばって、高校卒業したら京都に戻ろう。そう思い始めていました。

 もとより、京都市内に居ないと、透吾ぼんが帰ったときに、困りますから。

 大学進学は、奨学金とバイトでなんとかしましょう。国立なら安いし。

 それでも、勉強するつもりになれば、いつでも大学ぐらいは入る自信がありますし、学費が貯まってからでも十分です。


 母の貯金も、わずかですがありますから。


 ウチは、会話が聞こえないふりをして、お手洗いのドアを閉めました。

 事件が起こったのは、皆が寝静まった午前一時すぎのことです。

 この一週間の疲れから、ウチは制服を着たまま、うとうとしていたようで、廊下側のドアが開いて、明かりが入ってきたところで目が覚めました。

 影は、こっそりと部屋に入ってくると、そっとドアを閉めました。

 ウチが動かないで居ると、そのままウチに、にじり寄ってきて、こちらの様子をうかがっています。

 ウチの呼吸が規則的なことを確認すると、いきなりスカートをめくりあげました。

「な・なにしはるのん!」

「あ・起きてしもた。まあ、静かにしてもらおか。」

「静かになんか、できしまへん。早う部屋、出てっておくなはれ。」

「まあそう邪険にしなや。のう?」

「い・いやや~!」

 ウチは、思い切りおじさんを突き飛ばしました。


 がたーんと、大きな音がして、おじさんはタンスにぶつかりました。


 それでも、まだウチに向かって這い寄ってきますが、物音を聞きつけて、おばさんと二人の娘もやってきました。

 ウチは、荷物の入ったスポーツバックを、ひったくるように握って、おじさんの横面をそのバッグではりたおしました。

「うぎゃー!」

 おじさんは、その場にひっくりかえりました。

 そう言えば、このかばんには教科書やノートが入ってたな。

(ずいぶん冷静やん。)

 そのまま、三人をかき分けるようにして、部屋の外にでると、振り向いて叫びました。

「ウチは、透吾ぼんのもんや!だれにも触らせへんえ!痴漢やチカンや!痴漢でっせー!!」

 住宅街に響き渡るウチの大声に、近所ではぽつぽつと明かりがともりはじめました。

 それを横目で見ながら、玄関で靴を履くのももどかしく、ドアを開けて飛び出しました。

「あ。こら!」

 おじさんがなにか叫んでいましたが、知ったことやおへん。


「はあはあはあ…なんちゅうエロおやじやねん。」

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