ー舞妓ちゃんー壱ー
序が、短かったので、連続して投稿します。
春の春菜の二年坂
長い夏休みが終わった、学校の放課後。
京都府立八坂高校の校舎内には、さまざまなうわさが飛び交っていました。
市内でも有数の進学校、ここ東山八坂高校の二年は、三階の教室。
「透吾ぼんが行方不明やてェ?」
教室のすみで、帰り支度をしていると、聞こえてきたのは、そんな声でした。
「聞いた聞いた!大文字の晩から、見たモンがおらへんって話や~。」
「どないなっとんにゃ、嵯峨野終舞は、あの晩、透吾ぼんが壊滅させたんやろ?」
「なんやそれ?」
「ほれ、暴走族の、影丸の~。」
「ああ、透吾ぼんに喧嘩売って来とったやつかあ?」
「そうそう、そやのに透吾ぼんがいなくなったんや。」
「わからんなー、どねぇになっとんにゃ。」
東山から烏丸にかけて、無類の強さを誇る片岡透吾と言う少年は、もはや現役でありながら伝説にならんとしています。
大文字の晩にいったい何が起こったのか、知っているのは透吾ぼんのそばにいた数名の少年少女だけでした。
ウチも、その内の一人。
倉橋みどり、十七歳。
別の一角からは、こんな声も聞こえてきます。
『友美ちゃん、なんで交通事故なんかに遭ったんやろ?』
『あんなええ子が、こんなに早よぉ亡くなってしまうやなんて…』
『もうもう、ウチには信じられへん。』
『神様は、ええひとから先に連れて行かはんにゃなあ。』
『ほんまに、あんなええ子は、ほかに居ぃひんかったのに。』
同級生の神崎友美ちゃんは、透吾ぼんの筒井筒で、恋人で…
実は、透吾ぼんは、大文字から二週間後には、ウチが見つけました。
そのときにはもうぼろぼろで、自分でごはんも食べられない状態で…
ウチは、バイト先のコンビニの前から、うちのアパートに連れて帰ったのでした。
そらもう、おかあちゃんはびっくりしはるし、着るものはないし、大慌て。
それでも、あんまりぼろぼろやよってに、姉小路の透吾ぼんの家には、連絡でけへんし。
とりあえず、透吾ぼんが自分を取り戻すまで、世話をすることにしたのです。
時間が経つにつれ、透吾ぼんは平静を取り戻し、十日もたっったころ、姉小路の実家に帰っていきました。
そやけど、そのすぐ後、またいなくなってしまいました。
それから何日かたって、まだ行方は知れません。
「透吾ぼん、どこに居てはんにゃろなぁ。」
ウチの隣の席にいてはる、洋子ちゃんに声をかけました。
白河通りをちょっと入ったところにある、バイクやさんの娘です。
「あ?たぶん、上七軒あたりのお茶屋にでも、シケ込んではるんとちがう?」
「はあ…難儀やわあ。」
突然、なんの前触れもなく、洋子ちゃんは目からぼろぼろと涙をこぼしていました。
「ど、どないしたん、洋子ちゃん。」
「え?あ・あれ?勝手に涙が…涙が…」
洋子ちゃんは、未だに友美ちゃんを亡くしたことを、納得できていないのでした。
「いづみちゃんは、まだ出てこぉへんしなあ、どないしてはんにゃろ…」
「あの子は、小学校からのつきあいやもん、ショックが大きすぎるんやわ。そう言うウチも、なかなか立ち直れへん。」
「そら、ウチもやけど、ウチはお父さんを亡くしてるから…」
「ああ、そうやな。そやし、ウチとこはお母ちゃん亡くしてるけど、小さかったしなあ。」
「それはしょうがないよ。」
「あーあー、あんたもやんかさァ。」
ウチも、無意識に涙が出ていました。
「あ、あは…おんなじやんなァ。」
悲しみが、時間と共に薄れていくと言うのは、ウソだと思います…
ウチは、ハンカチで涙をぬぐいながら窓の外に目を向けました。
これは、そんな中におこったお話。
舞台はウチのバイト先から始まります。
季節はめぐり、もう十一月の声を聞いていました。
ウチは、ぐりぐりメガネに、はねたお下げで、コンビニのバイトに出ていました。
ホンマにウチの目ェは、シャレにならんくらいド近眼で、おまけに乱視。
レンズの厚さは一センチもあって、そらもう重い重い。
せいだい猫っ毛で、ぴんぴんはねる髪の毛は、ほっとくと鳥の巣になってしまうよって、二本のおさげにするのですが、これも「お前あっちゃいけ、わしゃこっち行く。」って言う具合で。
身長が一四三センチ。
体重が三二キロ。
ちびでやせっぽち。
胸もない。
私服で立ってはったら、小学生に間違われる。
性格は引っ込み思案で、ビビリ。
一途で、真面目。
自意識過剰。
趣味は、模試荒らし。
特に、全国模試は大好き!ヒトケタにはいったこともあります。
なんや、支離滅裂やけど、それはおいおいわかることやし、今しばらくのおつきあいをお願いします。
「みどりちゃーん、でんわー。」
「あ・はーい。」
いっや~、届かん届かん、自分の背ェが、どんだけ低いか、身ィに染みる瞬間。
表のガラスを磨いていたウチは、ふいの電話に呼び出されました。
その電話の相手は、母親の同僚でした。
母一人子一人の、二人暮らし。
母は、四条河原町の湯豆腐屋さんで、仲居として働いていました。
「事故?だれがどす?」
『ですから、お母さんどす。』