表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春の春菜の二年坂  作者: とめきち
19/20

ー舞妓ー参ー


 見習い茶屋の上がりで、障子を開けると、開口一番!

「ありゃ~、なんちゅうきれいな仕込みちゃんやあ。こら楽しみやなあ。」

 テーラー御幸の旦那さんは、ウチが菜の香さんお姉さんの後から座敷にあがるなり、声を上げました。

「まあ、旦那はん、ウチらおまけどすか?」

「なに言うてんねん、菜の香ちゃんがいてるから、仕込みちゃんも一人前になんにゃろ~?そう、ツノ出しなや~。」

「へえへえ、そうどすな。ほな、一献。」

「おう、よしよし。ほんで、この子は?」

「へえ、ウチの妹で、春菜どす。春菜ちゃん、テーラー御幸の旦那はんどす。」

「はは、春菜どす、どうぞよろしゅうお頼のもうします~。」

「ははは、かわええなあ。店出し一番はだれや?光栄なやっちゃなあ。」

「へえ、姉小路の和泉屋の旦那さんどす。」


「宗介か、あいつやるなあ。」


 菜の香さんお姉さんが、注釈します。

「和泉屋の旦那はんは、この子の後見人どすさかい。」

「そうか~、よ~し、今夜はみんなに大入袋やろ!ほれほれ、手ェ出せ手ェ出せ。」

 テーラー御幸の旦那さんは、上機嫌で大入り袋を振りまきました。

「ほんで、春菜ちゃんはなにができるんや?祇園小唄はマスターしたか?」

「へえ、ウチはドンなどすさかい、なかなか覚えが悪うて。」

「そうか~、なにが得意なんや?」

「へえまあ、お三味線なら人並みにでけるようになりました。」

「そうかそうか、店出しまでには、勉強せなあかんなあ。」

 菜の香さんお姉さんは、いたずらを思いつかはったようです。

「ほなら旦那さん、春菜ちゃんのお三味線でも聞いてみはります?」

「へ?そやなあ、まあしょうないなあ、練習のつもりで弾いてみ。よかったらなんぞええもんあげよか。」

「どすて。春菜ちゃん、お三味線聞いてもらい。」

「へえ、ほなら鳥追いでも。」

「そやにゃ~、ほなひとつ頼むし。」



 ウチは、この日のために用意した、透吾ぼんの三味線を取り出しました。



「まあ、それは…」

「へえ、そうどす。」

 二人の遣り取りに、旦那さんは首をかしげました。

「ダンさん、これは姉小路の、透吾ぼんのお三味線どす。」

「へえ~、透吾ぼんの。」

 ウチが、ついっと指を滑らせると、糸が音を紡ぎます。

「なんとまあ、これは、見習いの舞妓ちゃんの出す音とちがうぞ。」

「そらそうどす、この子は秋志野さんお姉さんが、跡取りに欲しいて言わはるほどの弾き手どすにゃ。」

「秋志野が?ほなら、名人級やんか。こらたいそなもんやで。」

 御幸の旦那さんは、くいっと杯を干しました。

「舞いは、ウチと千代菊で仕込みました。謡いと仕舞いは、菜の菊が教えました。お三味線は、秋志野さんお姉さんとウチのお母さんがみっちり仕込みました。」

「おいおい、そんな英才教育されてきとるんか、こら明日店出ししてもええレベルやないか。」


「まあ、そうどす。松本屋の最終兵器リーサルウェポンどす~。」


 ウチが、お三味線を弾き終わると、御幸の旦那さんは手招きしました。

「よ~う精進したなァ、ご褒美や。」

 旦那さんの手には、ぽち袋がありました。

 ウチの手に握らせて、感激してはります。

「今年は舞妓も豊作で、年末までに七人店出しするそうやが、あんたが一番やろ。ワシ、いままで舞妓ちゃんは、たくさん見てきたが、あんたほどの弾き手はおらなんだ。」

 ウチの顔を正面から見て、真面目な顔で言わはんにゃもんで、どう言ってええかわかりません。

「こんな妓の、最初の座敷に当たって、こんな幸運はないで!末代まで自慢できるわ。」

「へえ、おおきにありがとうございます。」

 ウチは、素直にお礼を言いました。

「菜の香、ええ妓を育てたな、お前にもご褒美や!」

「あれまあ、ダンさん、ウチご褒美もらうの、初めてやねえ。」

「そうイケズ言うな。」

 場に笑いが満ちました。


「他には何が弾けるんや?」

「へえまあ、いろいろと。」

「よし、今夜は春菜ちゃんの三味線で呑むことにするわ。」

 こうして、ウチの見習いは始まったのでした。


 照ひろ、豆しのと言えば、言わずとしれた同期のさくら。


 紘子ちゃんと、しのぶちゃんです。

 ふたりは、結い上げた髪を見せに、松本屋にやってきました。

「どやどや~、ウチの『われしのぶ』~。今日からウチは、照ひろやっよ~!」

「紘子ちゃんったら~、そんなおっき声で~。」

「しのぶちゃんこそ、いやいや、豆しのさんお姉さんこそ、声おっきぃで~。」

 松本屋の勝手口で、きゃらきゃらと光があふれるような声がします。

「あれまあ、紘子さんお姉さん、しのぶさんお姉さん、ようおこしやすぅ~。」

「あ、マリカちゃんや~、どうどう?『割れしのぶ』~。」

「あ~、ホンマや、お二人とも髪結ってはる!いや、お似合いやわ~。」

「そやろ?みどりちゃんに見せに来たんえ。」

「わかりました、ほな、お姉さん呼んできますよって、中にあがってお待ちください。」



 二人は、子犬のような目をして、上がり框に乗りました。



「いや、にぎやかやと思ったら、やっぱり紘子ちゃんとしのぶちゃんやあ、こんにちわぁ。今日はどないしたん?」

 割れしのぶに結った髪と、白い一重。

 めがねを外した様子は、二人に見せたことがありませんでした。

「うっっっわあ~。」

 紘子ちゃんは、ぽかんと口をあけています。

「あれまあ、二人も『割れしのぶ』やん。あがって、お茶でもお上がりやす。」

「へ、へえ、そうどすなあ。」

「お、おじゃまします~。」

 ふたりは、かくかくと機械仕掛けみたいに、座敷に上がりました。

「いや~、びっくりしたわぁ、みどりちゃんって、メガネ取らはると、まるで別人やんかさぁ。」

「そうやわぁ、声聞くまでだれかわからんかったやん。」

「そうどすやろか~、体型が変わった訳でもないのに。」

「そら反則やて~、いくらお約束言うてもやなあ、この差はなんなんやあ~!」

 そこへ、お茶を持ってマリカちゃんがやってきました。



「そら、照ひろさんお姉さん、春菜さんお姉さんは、かくしだまっちゅうもんどっせ。」

「なんやのその、かくしダマ言うもんは。」

「あはは~、ウチにもようわからしまへんにゃけど、なんやそれっぽいどすやろ?」

「そらまあ、そう言われてみると、そうかもせえしまへんな。」

「マリカちゃん…」

「なんどす?豆しのさんお姉さん。」

「そやし、なんで舞子の仕込みさんのお茶菓子が、ナマ八つ橋やのん?」

「あ、へえ、五条坂でいただきましてん。たまには、舞子も京都の名物、食べてみてもえんとちゃいますか?」

「そらそうどすけど~。」

「そやそや~、舞子が八つ橋の味も知らんと、お花もらえますかいな。」

「あ、千代菊さんお姉さん。」

 千代菊さんお姉さんは、八つ橋を持ち上げて、ぱくりと食べてしまいました。


「そやし、今年の大文字は、よう晴れてくれて、よろしおしたなあ。」

「へえ、今年は友美ちゃんの一周忌やし、ウチの母の百箇日どしたさかい、えろうしんみりしてしもて。」

「ああ、そうやねえ。あんたにとっては、大変なトシやったんやもんなあ。」

「そうどす、そやしみんな集まって、楽しくお精霊しょうらいさんを送ることができました。晴れてくれて、よろしおした。」


「ほんまになぁ、友美さんは、ホンマにええお人で、きれいな人やったなあ。ウチ、あの人のお三味線が好きやった。」


 お茶碗持って、しみじみと言わはる千代菊さんお姉さんは、トシに似合わへん、大人びた横顔をしてました。(千代菊さんお姐さんは十七です。)

 みんな、友美ちゃんの死について、思うところも多かったと思いますが、ウチはすべてをありのままに受け入れようと思います。

「千代菊さんお姉さん、そうどすなぁ、なんや優しゅうて、味があって、ええ音してましたなぁ。」

「ウチらがこうして思い出話してるやなんて、あの世の人は知らへんのやろなあ。」

「ホンマや。奇遇言えば奇遇なんやね~、お姉さん、最初ウチのこといじめたろて、思うたやろ。」

「いや、ホンマ。あんたが学生さんのまんまやったら、いじめてたやろな~。」

「人生って、わからんもんやね、こうして二人でお茶飲む日が来るやなんてねえ。」

「なにしんみりしてまんにゃ、なあなあ、みんなでお昼しにいかへん?」

 紘子ちゃんの声に、千代菊さんお姉さんがぴくんとしました。

「そやさあ、みんな髪結ったお祝いに、千代菊さんお姉さんがおごったげるわあ。カサブランカ行こう!」

「カサブランカ?」

 ウチが聞くと、お姉さんはうなずいて、立ち上がりました。

「なんや、カサブランカ知らんかなあ?ちょっと入ったとこにあるけど、おいしいよ~。さあさあ、みんな行こ!」



 皆は連れだって、川端丸太町にあるレストランに向かったのでした。


 昔ながらの洋食屋さんの作りで、網あぶらで巻いたハンバーグがおいしいお店でした。

「あ~あ~、そんな食べ方したらあかんよ、舞妓ちゃんは、普通の人の四分の一にすんねん。な、こう。」

 千代菊さんお姉さんは、ナイフで器用にハンバーグを切り分けて、口の真ん中に運びました。

「な、こうすると、紅がとれへんねんよ、これも立派なマナーやよってな、よう覚えとき。」

 あまりに小さいので、みんな四苦八苦しています。

「時間がかかってもええから、なるべく小さくして食べるんよ。お客さんと一緒の時は、食べ切れへんかったら、あきらめるの。なかなか時間に余裕のあるお客さんばっかりやないよってな。」

 うっわ~、長いセリフ。

「今日は、時間があるよって、ゆっくりしっかり食べてこうねえ。」

「千代菊さんお姉さん、おおきに。」

 なんや、いちばん喜んではるのは、マリカちゃんやないかなあ?しかも大口あけて食べてはるし。

 そやしもうはい、一重の着物も一人で着られるようになって、歩く姿もサマになってはります。

 ま、あいかわらず舞もお三味線<しゃみ>もずんべらぼんやけど、まあ、うまくすれば年明けには、そこそこかっこもついてきはるやろ。そこまで引き上げてあげるつもりどす。

 約束の十一月まで、あと一ヶ月。


 ウチのほうこそ、ものになってるんやろか?

「あたりまえやん、もうはい十分舞妓でやっていけるよって、試験に合格してんにゃ。アホなこと考えてんと、自信持ちよし。」

「そうどすか?」


「そやてやあ、照ひろちゃんの舞い、ようなったやん。豆しのちゃんのお三味線、聞かせるようになったやん。心配せんでも、人の世のことは、人の世でなんとかなるようにでけてるんや。山より大きい獅子は出ェへん。」


「またまた~、お姉さんそれ、透吾ぼんの口癖やないですか~。」

「あ、ばれた?まあええやん?」

「そうどすなあ、あんなにずんべらぼんやった、マリカちゃんの三味線が、ちゃんと曲に聞こえるようにならはったもん。」

「お姉さん、そらひどいわあ。」

 マリカちゃんは、ぷくっとふくれて、ウチを見ました。

「そやそや、マリカちゃんのお三味線も、聞こえるようになったし、なにより、春菜ちゃんの舞は、見違えるようやわ。」

「へえ、おおきに。」

「そやさかい、みんな、店出ししても、精進やで。これからが、スタートライン。」



「あ、髪結いの匡さんも、そないなことゆうてました。」

「あちゃ~、みんな、言うこといっしょやなあ。まずいまずい。」

「あはは~、そやし千代菊さんお姉さんの舞は、一見の価値アリやね。祇園の舞妓の中でも、一・二やないですか?」

「そやにゃ~、照雛ちゃんにはかなわんな~、あの子は華があるもんな~。」

「そうどすか?」

 照ひろちゃんは、自分の身内やもんやから、にこにこしています。

「豆よしさんお姉さんの謡も、かなりのもんやしな~、なかなか一番ゆうもんは、取れへんねえ。」

「そんなもんどすか?」

 豆しのちゃんは、首を傾げて聞きました。

「そやそや、伝説の峯子さんお姉さんみたいに、六年連続お花トップなんて、オニみたいな偉業は、しよ思うてもできるようなもんやおへんわなあ。」

「そら千代菊さんお姉さん、むちゃくちゃですがな、そんな記録破れるようなもんとちゃいますえ。」

「春菜ちゃん、今からそんな弱気でどないすんのん?ウチが、やぶったる~って具合に、ならへんもんかな?」

「うが~、そら殺生ちゃいますか?千代菊さんお姉さんがあかへんもんを、どねぇにしてウチができるんどす?」


「そうかなあ?照ひろちゃん、どねぇに思う?できると思わん?」

「はあ、やってみぃひんことには、なんとも言いようがおへん。そやけど、春菜ちゃんなら、できるかもせえしまへんなあ。」

 紘子ちゃんは、濃い目の眉を持ち上げて言いました。

 ウチは、勢い込んで言いました。

「ちょお待って、なんでそこでウチが出てきまんにゃ。」

「いや、そやしぃウチも、春菜ちゃんがメガネはずすと、こねぇに別嬪さんになるやなんて知れへなんだもん。こら、反則どす。」

「あ、それは、ウチもそう思います。ちょっと反則どすやんなあ。」

 豆しのちゃんも、口を尖らせます。

「あはは~、実はウチもそう思たんや。メガネつけると、死ぬほど地味なくせに、メガネ取ったら、まるきりお人形やんなあ。それも、どっちかゆうたらフランス人形。」

 千代菊さんお姉さんは、あいかわらず歯に衣着せぬ物言い。

「もう!知らんし。」


 ウチがふくれて見せると、三人は吹き出しました。


「だいたい、春菜さんお姉さんの、顔があかんにゃわ。たいがい、そこそこで止めとけばええものを、なにをここまできれいにしたはんにゃろ。」

「マリカちゃんの言うことに一票!あんた、きれいすぎ。」

「照ひろちゃん、言いすぎ。」

「こら一本とられましたかなあ。」

『あははははは』

 みな、おおはしゃぎ。

「ま、なんにせよ、この秋は店出しのラッシュが来るなあ。みんな、おきばりやして。」

『へえ、おおきに。』

「なんでマリカちゃんまで、そこでおおきに言うかなあ?」

「えへへ、つい流れに乗ってしもて。」

「あいかわらずの、軽いノリやなあ。」

 舞子ちゃん予備軍は、声をそろえて笑いました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ