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春の春菜の二年坂  作者: とめきち
14/20

ー春のをどりー参ー


 千代菊さんお姉さんの春のをどりは、初日からの出ェで、準備に大忙しでした。

 帯やの襦袢やの、そこらじゅうにちらけてはって、あとで片づけるのにも一苦労。

 それが、毎日続いて、その後お座敷もかかって、ホンマ・舞妓ちゃんって、体力勝負やわあ。

 いっつも思うけど、あのをどりの最初の掛け声は、「みやこおどりはぁ~」って言ってから、全員で「よ~いやさぁ~」って言わはんの.このまえ聞いてみたら、みんな「よ~いやきゃ~!」って言ってはんにゃて。

 どこまでがお遊びやら、わからへんわ。


「ああ、いそがし!お姉さん、後半でうらやましいわあ。」

 千代菊さんお姉さんは、菜の香さんお姉さんに言いました。

「あほやね、新前のうちは前半でもまれたほうがええにゃわ。後半になってみ、目ェの肥えたお客さんがたんと来はって、あとのお座敷でさんざん批評聞かされるんにゃわ。」

「うひゃ~、そらかなんなあ。そしたら、今のうちに、楽しとこ。」

「そやそや、そないしとき。そやし、後半の照る雛ちゃんの舞は、いっぺん見ておくとええよぉ。絶対参考にならはるから。」

「そねえにええんどすか?」

 ウチが、襦袢を畳みながら聞くと、菜の香さんお姉さんは、にんまり笑って言いました。

「これが、舞妓の一番絞り言うもんどす。あんたは、お三味線<しゃみ>ほど舞が上手やおへんよって、いっぺん覗いておきよし。そら、腰が抜けますゑ。」

「そんなもんどすか…」


「そらそんなもんどす。『舞の照る雛』言うのんは、伊達やおへんえ。」


「はあ、ウチ・舞子で一番上手に舞うのは、千代菊さんお姉さんやと思ってましたわ。」

「千代菊ちゃんは、三番目。豆よしちゃんが二番目。お花ではちょっと差ァつけられてしもたね。」

「しょうおへんやろ、なんやあの子ら、妙に華がおすのやもん。」

 千代菊さんお姉さんは、悔しそうにつぶやきました。

「それだけやないえ、二人とも新聞読んだり、ニュース見たり、本読んだりと、勉強してはるもん。千代菊ちゃんも、新聞くらい読みよし、話題が少ないのはマイナスやよ。」

「へえ、わかりました…」

 千代菊さんお姉さんが、新聞読んだりして努力しているのは、知っていましたから、ちょっと悔しいのだろうと思います。

お姉さんたちが新聞読まはるのは、いつものことでしたので、気にもしていませんでしたが、お客様の話題について行けないようでは、舞子は務まらないのだとわかりました。

「みどりちゃんも、新聞くらいは読む習慣を身につけなあかんえ。」

「へえ、わかりました。精進します。」


 千代菊さんお姉さんが、華が…と言っていたのも、あながち逃げ口上ではなく、あの二人には確かに歩いているだけで、雰囲気が伝わってきます。


「くやしいけどな、もって産まれた華だけは、どねぇにしても越えることがでけへん、努力に着いてこぉへんもんもおますにゃ。」

 千代菊さんお姐さんは、シンからくやしそうに、唇を噛みしめました。

「そやし、みどりちゃんにはぜったい華がある!みとおみやす、みどりちゃんが店だししたら、ぜったいウチがお花いちばんを、取らせるんや。」

 千代菊さんお姐さんは、両の拳を握りしめて、天井を見上げました。

「うきゃ~!お姐さん、しごき踏んではるし~!」

 ウチは、持ち上げかけたしごきが、ぴんと伸びるので、あわてて大声を上げてしまいました。

 朝から大忙しで準備して、おさらいして、祇園甲部歌舞練場にはいると、さらに戦場の様相が濃くなります。

 ウチは、千代菊さんお姐さんの後について、をどりの様子を舞台袖から、見せてもらうことにしました。

 去年の今頃みんなに内緒で、透吾ぼんに連れてきてもらったことが、思い出されます。

 宮川町の歌舞練場に、近いところに住んでいたのですが、家が貧しかったので「をどり」は見たことがありませんでした。

 華やかで、楽しくて、こんな世界もあるのだなあと、夢中になって見たこと、隣に座る透吾ぼんの体温が伝わってきたこと、今でも胸にきゅうんと甘いものが走ります。

 もっとも、そのあと透吾ぼんの、知り合いの舞子ちゃんが大勢集まって、えろうイケズされたんやけど。

 ともかく、お抹茶のお接待当番が終わると、すぐに舞台が始まりますので、舞台袖に行き着くまでに息が切れます。

 舞妓ちゃんは、忙しいことこのうえなく、端で見ていてもはらはらするくらいタイトな時間割でした。



 ようやっと、「よーいやきゃ~!」です。



 真っ暗な舞台袖に、一斉に明かりがともると、お囃子が始まります。

 お囃子も、今日はようそろっていて、音の通りも良くて、いい出だしだと思いました。

 やがて、照よしさんお姉さんのソロ。

「あ、振りまちごうた。」

 千代菊さんお姉さんは、照よしさんお姉さんの舞を見ながら、小さくつぶやきました。

「まちごうたん?」

「少しな、ウチも気をつけよ。」

 ウチは、今年のパンフレットをぱらぱらとめくっていて、どきりとしました。

「千代菊さんお姉さん、これ…」

 もっと小さな声で、呼ぶと、ページを開いて見せました。

「うわ、なんやこれ、あんたやないの。」

 そのページには、片隅に姉小路和泉屋の宣伝が入っていたのですが、そこに使ってある写真が、なんとウチの舞子姿でした。

「どないしょ?ばれてまうやろか?」

「だんないて、こんな小さい写真、わかるわけないやん。」

「そやかて…」

「大きい顔しとき、下手に騒ぎ立てると、余計に目立つよって。」

「…」

 そらそうやなあ、こんな小さい写真やし、だれも気ぃつかへんわ。


 てなこと思って、その日は帰ったのですが、そのあと祇園甲部と姉小路和泉屋には、あの舞子はだれやと、ずいぶん問い合わせの電話があったそうです。

 もちろん、誰かはわからしまへんやろうけど、冷や汗もんどした。

 そのあとしばらくは、祇園ではこの話題が続いたのですが、結局はモデルさんやろうと言うことで、話は七十五日も持ちはしませんでした。

 ウチは、一ヶ月の公演が終わるまで、お姉さんたちのお手伝いで、へとへとになってしまったのですが、それでも稽古は休みになりません。

 その上、お遣いもこなして、庭掃除もして、仕込みちゃんはたいへんやあ。

 てか、ウチの体力のほうが、尋常やないんと違うやろか?


 いましも、縄手通りの藤村屋さんに、ところてんを買いに来たんどすけど、居ましたわなあ。

 銀ラメ紫ラメ。

 あはは~、三人も居てはる。

「待ってたよ。ここに居りゃあ、通るだろうと思ってたんだよ。」

「へえ、ごくろうはんどすなあ。何日待ってはったん?」

「う、十五ン日…って、そんなことは、どうでもええんや。この前言ってたろう、餃子連合連れてこいって!連れて来たぜ。」

「ひゃ~!執念深いお姉さんどすなあ。ほんで?どちらさんが、餃子連合さんどすか?」

「姐さん、よろしくお願いします。」

「ああ、あたしが…あれ?みどりちゃん?」

「あれまあ、蘭子さん、お久しゅう。お元気どした?」

「ああ、元気さあ。透吾さんは、あれからどう?」

「それが、なかなかみつからへんの。ウチも、いろいろ忙しいよってなあ。」

「そうか~、まあ、困ったことがあったら、なんでも言ってよ。あたしたちは、いつまでも味方だよ。」

「おおきに。あんまり気ィ使わんといてなぁ、ウチと蘭子さんの仲やない、透吾ぼんにも、会えたらよろしゅう言うときますさかい。」


「そうだね、その前にっと…」

 ごん!

 渾身のノーテンド突き!

「うあちゃ~!」

「このスカタン!相手見てケンカ売るんだね!この子は、あたしの友達で、みどりちゃんって言うんだよ!苦労してるんだから、つまんないことでからむんじゃないよ。」

「ええ~!そうなんスかあ?」

「アホ!あんたが百人束になったって、この子のド根性<しょっぽね>にかなうわけないやん。」

「まあまあ、蘭子さん、そのくらいで。」

「いや、こいつはウチの後輩で、マリカって言うんだけどさ、もう軽くてどうしょうもないやつなんだよ。」

「軽いって言わないでくださいよう。」

「じゃあ、なんていうんだよ!ラーマ?」

「うひゃ~!」


「根性入れ直してやる!腹筋千回!」


「うわ~ん!姐さん、助けてくださいよう。死んじゃいますよう!」

「あら?まだ『ごめんなさい』は、聞いてへんよ。」

「うわ~!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいい~!」

「蘭子さん、その子のしたことは、もう許してあげますよって、堪忍したげて。」

「そう?みどりちゃんにそう言われちゃ、勘弁してやるか。マリカ!お礼いっときな。」

「へえ、姐さん、おおきに。」

「へえ、もうええんどす。蘭子さん、この子いくつどす?」

「ああ、十六。高校クビになっちまったから、いまプータロだけどさ。」

「まあ、そうどすか?なにしはったん?」

「ああ、ちょいとケンカに巻き込まれてさ、そいつだけ逃げそこねちまったのさ。」

「まあ、残念なことどすなあ。ほいで?今はバイトでもしてはるの?」


「面目ねえ、なにもしてへん。」

「そうか~、どこか当てでもあったらよろしおすのやけど…」

「まあ、こいつのことは、アタシらにまかせといて、みどりちゃんは舞妓さんの仕込み、きばってよ。」

「そうどすなあ、餅は餅屋…言いますさかいなあ。」

「そのとおり、ま・あんたは透吾さんの帰りを待つって言う、仕事もあるしね。」

「まあ、それは仕事どすか?」

「あはは~、まあいいじゃん。ほな、こいつは連れて帰るし。またね~。」

「へえ、ごきげんよろしゅう。」

 二人は、縄手通りを下がって、四条通を西に向かいました。

 ウチは、縄手通りを上がって、藤村屋に入ったのでした。

「みどりちゃん、いまガラの悪そうなのんと、話してへんかった?」


 藤村屋のご主人が心配そうに聞きました。


「へえ、たいしたことおへんえ。」

「そうか~?気ィつけんとなあ。」

「そうします~。」


 一方、四条のクマドナルドに入った二人です。

「せんぱ~い、あの人、すごい人なんですねえ。」

「まあな、あたいらハンパもんが、束になってかかってもびくともしやしないよ。あれは、八坂の透吾のオンナのひとりだぜえ。」

「うえ~、嵯峨野終舞を一人でぶっつぶしたって言う、あの?」

「そだよ~、かっこよかったよ~。あたしゃ、ガラにもなく、ときめいちまってさあ。たまんなかったよ~。」

「いいなぁ、あたいらなんか、抗争もな~んもあらしまへんもん、ヒマなもんやわ~。」

「それでええんちゃう?好きなように走れるし。」

「ほんでも、大津の方から石山サンダースがでばってきますよぅ。」

「へえ、石山のマコも引退だろうに。」

「マコさんッスか?」

「あとは、高槻の柴山カスミだな。」

「高槻のアローズですか。」

「ま、なんにぜよ、ウチらももうじき引退だしな、あとは、お前らでうまくやんな。」


「へえ、そうですねえ…、センパイ・みどりさんの置屋って、祇園ですか?」

「ああ、甲部の松本屋さんだろ?建仁寺の北だよ。」

「そうなんスかあ。あこがれるっスねえ。」

「へ?舞子ちゃんにかい?」

「いやあ、イキじゃないスかあ。」

「あんたも、意外な一面だね。」

「そっすね。ただ、ぶらぶらしてるあたいらとは、世界がちがうっスねえ。」

「そりゃそうだ、あのこは、何にでも本気だもんさ、お前みたいに中途半端じゃないよね。」

「…」

 マリカはなにやら、一生懸命考えていましたが、そのうち脳天から黒煙が上がって、オーバーヒートしました。

 ぷしゅ~


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