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孫美〈ゾンビ〉をプロデュース!  作者: 天乃夕日
1章
3/3

『永星町』

 永星町は山間に囲まれ、自然だけが取り柄の変哲も無い町だったが、十数年前の鉄道延伸計画によって一変。ベッドタウンとして生まれ変わり、農業林業中心の寂れた町は、今やサービス業中心の町となった。

 人々の廂は木陰から巨大なアーケードへ移り変わっていったが、郊外には豊かな田園が広がり、街の間を流れる小川のせせらぎは今も清らかである。日々の忙しさの中に漂う、間延びした優しげな雰囲気は、そこから来るのだろう。


「……ああ、もうこんな時間か」


 秋の夕陽が差し込む一室は、スイートルームと見紛う程に豪壮華美な造りになっており、西側の壁一面はガラス張りとなっていて荘厳な西日を絵画のように映し出している。

 窓からは永星町を見下ろす事ができ、夕焼け色に染まった自然と共栄している街は哀しい程に美しい。


 豪奢な部屋にあろうと、何ら違和感を抱かせないキングサイズのベッドで惰眠を貪っていた少年――桐山竜之介はちょっぴりハスキーな少女のような声で


「んあーあ」


 と、アクビをしながら身を起こして両腕を伸ばす。学校の制服を着たまま寝たせいで、制服が皺だらけになっていた。


寝ぼけまなこの目をこすっていると


「起きられましたか。竜之介様」

 と、横から声をかけられた。


 いつからいたのだろう。


 枕元には、スマホを片手にしたポニーテールのメイドが、長い脚を組んで座っていた。スラリとした体型で、細長い糸目には常に微笑を湛えている。


「あんだよリンリー。またサボってんのか」

「サボるという言葉は心外ですね。リンリーは竜之介様お付きのメイドとして、人生という時間を無駄に喰い潰して生きているだけの竜之介様の安らかな時間を守るために、ここで待機していたというのに」

「はっはっはそうか。それはご苦労」

「うむ。苦しゅうないです」

「よし。殺すぞクソメイド」

「わけわかんないです」

「いやそれはわかれよ……」


 竜之介は口を△にしながら、リンリーと呼んだメイドの横に腰を下ろす。

 ふわり。

 と、石鹸の香りがした。


「おまえシャワー浴びただろ。仕事中に」

「汗かいたので、そこの浴室で浴びました。ちゃんとそこらのメイドさんに掃除してもらいましたよ。文句言ったら竜之介様に言いつけてやるって言って」


 リンリーは部屋の浴室をチラリと見てクスクスと笑う。


「……リンリー……おまえなー」

「――? なんか問題でも?」

  

 なんか問題でも?

 などとぞんざいな言葉づかいで、リンリーは小首を傾げる。

 竜之介はケラッと笑い、グッと親指を立てた。


「いいやよくやった。もっとやれ!」

「んふふー。このワン・リンリーに抜かりはありません」


 メイドの名は、ワン・リンリーという。竜之介に誉められ、口をωにしてほっこりしながらスマホに視線を戻す。


「……スマホ変えたのか?」

「違いますよ。そこに落ちてました」

「へー。……てか俺のだしなッッ! きゃおらあッ!!」


 取り返そうとすると、リンリーはひょいを身をねじって逃げる。


「いけませんでしたか?」


 何か問題でも? 

 と、言い出しそうな表情が竜之介に向けられる。


「エロい画像とか入ってるんだぞ。結構えぐいの」

「あ、ツイッターにうpしていいですか。桐山事務所社長のバカ息子のスマホに入ってました! とかって」

「やめて!」

「んふふ。じょーだんですよ」


 竜之介は「はあ。もーいーよ」とぼやきながら手を後ろにつき、窓の向こうの西日に目を向ける。


「うpはすんなよ」

「さきっちょだけうpしたい……」

「さきっちょもクソもあるか!」


 鼻歌混じりでスマホをいじるリンリーを尻目に、竜之介はジッと夕日を眺める。


 幾度も

 この窓の向こうに、風が散らした花びらを眺め

 群青の空にかかる飛行機雲を眺め

 山間に沈みゆく、四季の西日を眺めてきた。


「明日もきっと、晴れるな」

「え、なんですかその死亡フラグみたいな台詞。死ぬの? ねえねえ」

「ははは。あーあ、おっぱい揉むぞコラ」

「うpうp」

「やめて!」

「~♪」

 人質が取られている以上、何ともできなかった。


 立ち上がり、窓の前に立ち夕日を眺める。


「リンリーはこの瞬間が一番好きです。この部屋から眺める西日は、どんな宝石よりもキラキラ輝いて見えます」


 リンリーはスマホの画面から顔を上げずに、言う。


「嘘つけ」

「嘘じゃないですよ。この部屋の思い出が美しすぎるから、リンリーは振り返りすぎたくない。だから、今日は西日を眺めないんです」


 リンリーは、竜之介よりもこの家にいる時間は長い。子供の頃から、この家でメイドとして働いてきたのだから。

 竜之介は、窓際の小棚の上の写真立てに触れる。

 そこには、竜之介とリンリーと――彼らにとって母親と呼べる女性が写っていた。


 ……少しだけ空気が湿っぽくなり、そんな空気を振り払うかのようにリンリーが口を開く。

「風凪学院では、今年もミスコンありますけれど」

「なんだ藪から棒に」

「中等部の裏サイトでは優勝予想して盛り上がってるのに。興味ないんですね」

「中等部の裏サイトって……なんでおまえが、そんなもん見てんだよ」

「ブラウザの履歴にありましたので」

「ああ。くだらんサイトだから、すぐ閉じちまったけどな。友達からラインで送られてきたんだよ」

「え、友達? ねえねえwww」

「クラスメイト!」

「ですよねー。他人を信用しない竜之介様が相手を友達だなんて思うわけないですもんねー。この屑め! 死ね!」

「リンリー。ちょっとこっちおいで。魚肉ソーセージやろう。うまいぞー。おいでおいで」

「すみません。ちょっと調子に乗りました。その猫撫で声やめてください。キモいです。あ」

「どしたい」

「シャーリー様のパンチラ画像がありました」

「なんだと。それはけしからん。保存しよう」


 竜之介はうなじを伸ばして、スマホをのぞき込む。


「うーん……脚と下着だけじゃあ分からんな」

「じゃあ保存の必要はないですね」

「いやそれは必要だけど」

「キモいです」

「まあそのパンツが、シャーリーのものか精査する必要はあるよなあ」


 竜之介はキラーン☆と瞳を輝かせる。


「ああ……リンリーのご主人様が、気持ち悪い事を考えてます。ごめんなさい麗羽様。リンリーは竜之介様の育て方を間違えました。それと、いっこ思い出しました」

 

 リンリーが思い出したように、人差し指を立てる。


「あんだ?」

「シャーリー様がそろそろお着きになるそうなので、竜之介様を起こしにきたんでした。シャワー浴びてたらすっかり忘れてました。てへ☆」


 ああ。と、竜之介は思い出したように頷く。今日は食事会の日で、桐山家の一族が会する日だったな、と。


 普通のメイドなら、こういう大切な日に主人たる者を寝坊で遅刻させたりはしないものだが……。


 竜之介はジッとリンリーを眺める。


「おまえ、ここクビになったら働き口なさそうだな」

「ありますよーだ。詐欺とか窃盗とか得意ですもん」

「んなもん自慢すんな!」


 竜之介はリンリーからスマホを返してもらい、画像を保存してポケットにしまいこんだ。


「よし。いくぞ! まずはシャーリーのパンツ見せてもらわねえとな。んふー」

「キモいです。てか、竜之介様。お着替えくらいしてください。制服にアイロンかけたいので」

「おまえ、メイドだったんだなあ」

「竜之介様は女の子みたいな顔で殿方に人気があるので、ヤフオクで捌きます。写真つきで」

「脱がぬ! 断じて脱がぬぞ!」

「脱げ。脱がぬか!」


 なんてやりながら廊下に出ると、使用人たちが慌ただしく往来していた。


「シャーリーがくる日は、せわしないな」

「ですねえ」


 シャーリーとは、竜之介の従妹にあたる少女だ。

 この、シャーリーという少女。桐山家きってのじゃじゃ馬であり、永星町どころか日本でも十指に入るような美少女である。

 この少女が後々、面道ごとに関わってくるのだが……。

 それは後ほど。

 




 

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