出会い
「おいっ!誰か応答しろ!!」
俺より先にビルに入った警官隊は、3班と4班合わせて90人弱いるはずだが、その誰からも応答が返ってこない。
6班を引き連れた日比野上等兵は、肉塊にまみれた廊下を進んでいた。6班といっても、3、4班とは異なりたった5人の少数班だ。
「日比野上等兵、やっぱヤバいですよねえ。ヤバいですよねえ。この状況…。だいたい、3班と4班に無理なことを6班ができるわけないじゃないですか…。」
今にも泣きそうな声で、田中一等兵が呟く。日比野は内心、田中の言うことはもっともだと思った。
3、4班はもともと純粋な戦闘員だが、6班はそうではない。戦闘よりも調査を専門とした密偵部隊のようなものだ。それでも軍曹は他の誰でもない6班に突入を命じた。つまり、俺達には、やつらを捕らえることは求められていない。ただ、内部の状況を伝えることだけをすればいいのだ。
「いいかお前ら、もしこの虐殺をしたやつを見つけても絶対に手出しするなよ」
手出しできるとは思っていないが、一応班員に伝える。
すると、案の定, 田中が呟く。
「そもそも、僕らに手出しできるわけないですよ…」
「まあ、そうだな」
廊下の奥に広間が見え、日比野達は徐々に歩調を緩めた。地面に転がる死体の山々に隠れ、開けっ放しのドアの向こうの広間を覗く。
そこには死体は見当たらなかった。ただ、おびただしい量の血と、細切れの肉の破片があちこちに散らばっている。その血の海の中央に1人の少年が佇んでいる。少年はこちらに背を向けていて、その表情は伺えない。
見たところ、まだ6、7歳ほどの子供だ。両手に血を滴らせた短剣を持ち、大人用の白いシャツに黒い短パンを着ている。不思議なことに、少年の服は汚れてはいるものの、まるで血に塗れていない。少年の黒髪は、光の加減で時折紺色にも見えた。不謹慎だが、この光景は綺麗でどこか神秘的でさえあった。
不意に、少年がこちらに視線を向けた。
「隠れてないで、出てくれば?ボクを捕まえに来たんでしょ。」
日比野は部下に戻って状況を伝えるよう手話で伝え、意を決して少年の前に姿をみせた。
「ああ。分かった。初めましてだな、少年」
「・・・あんただけじゃなくて、他にあと4人いるだろ。でてこいよ」
「悪いが、そいつらは見逃してくれると助かる」
「・・・いいよ」
これは意外だった。てっきり皆殺しにするつもりかと思った。
「それは助かるな。感謝する。」
「・・・ボクのシゴトは[ここから先へは誰も通さないこと]だから、戻るぶんには関係ないんだ。それに・・・あんた達、さ。弱すぎて殺すのもそろそろ飽きてきたんだ」
「そうか。俺達の仕事は君のお仲間を捕まえて豚箱にぶち込むことだが、君は見たとこまだお子様だ。場合によっちゃあ、なんだ、俺が助けてやらんこともない」
「…助ける?ボクを?」
少年は眉毛をわずかにひそめた。
「ああ。そうだ」
「助けるって何から?」
何からだろうか。 俺は自分で提案しておきながら、その答えが分からなかった。強いて言うなら、こいつは助けて欲しがっているのではないか、という直感がしただけだった。
俺は少年の紺色の目をじっと見た。それからゆっくりと応えてやった。
「俺についてこい。お前を人間にしてやる」
少年は、黙って固まっていたが、やがてクスリと笑みをこぼした。残酷なほどに冷たい微笑みだった。
「ははは。意味がわからない。」
そして、蚊の鳴くような声で呟いた。
「もう遅いんだよ。」
その瞬間、少年は両手に持った短剣で日比野を襲った。必死に向かい打とうと日比野も剣を振るうが、もはや力の差は歴然としていた。日比野には少年の振るう剣が速すぎて見えなかった。おそらく少年は身体強化の魔法をかけているのだろう。日比野としては、見えない速さの剣を、のんとか勘で捌こうともがく。
まずいな。俺は死ぬのか?
ぼんやりとそんな事を考える。でも、それと同時に奇妙な事に気がつく。なんで少年は俺を殺さないのだろう、と。やろうと思えばもう殺されてるはずの力差がある。にもかかわらず、まだこうして剣を合わせている。
少年の顔を見る。
口元は両端を釣り上げ、戦いを嬉々としているように見える。しかし、少年の目はどこか遠くを見つめていた。…そんな気がした。
日比野は思いっきり叫んでやった。
「俺が全部受け止めてやる!だから!俺に助けを求めろ!」
それと同時に、短剣が日比野の右腕を捉え、肩の下から綺麗に切り落した。
日比野は死を覚悟した。
おそらく自分も、廊下で死んだ仲間の様に無惨に切り刻まれて死ぬ。頭の中で色々な事が駆け巡る。
俺の部下、6班の奴らはちゃんと上等兵に報告できただろうか。
妻の笑顔をもっと見たかった。
娘の成長を見届けたかった。
コイツは、このガキは、一生このまま生きていくのか、そんなの寂しすぎるんじゃないかーーー
それでも、俺が死ぬことはなかった。
少年は、泣くでも笑うでもなく、ただただ黙って立ち尽くしていた。
今、俺はなんとか立っているだけの状態だ。腕が斬り落とされたのだから、当然のように痛いし、、というか、痛い。それでも、床に転がって、くの字になり悶絶したい気持ちを抑え、余裕な笑みを浮かべてやる。
「どうした、坊主。俺を殺さないのか?」
「........」
少年は何も答えない。
「黙ってちゃ何考えてんだかわからねぇよ…。よし。こうしよう。Noならケユニムユユフテコヨンムシと言ってくれ。Yesならそれ以外の言葉を話せ。いくぞ?
「は?勝手に何言ってーー」
「Yesだな?よしよし。続けるぞ。お前は今から俺の所属する国の保護下に入れ。」
「だから、勝手に進めるなよ!」
「またYesだな。安心しろ。お前の教育担当には俺が直属でなってやる。とっても嬉しいだろ?」
「け、ケユニムゆふフてっ。言えるか!こんな難しい言葉!」
「おうおう。またまたYes。そうかそうか。そんなに嬉しいか,。それじゃ、早速自首しに行くぞ。こっちだ。俺について来い。」
「卑怯だ。こんなやり方…」
日比野が広間を出て、後ろを振り向くと、しっかり少年は少しむつ向きながらも付いてきた。