65、幸せな時間を返して!?
はい、これで豪邸編は終わりです。
なので、またはちゃらけた(?)日常に帰ってしまいます。ご了承くださいませ。
そして、感想が、80件を超えました!大変嬉しく、作者の緩々な涙腺が、悲鳴を上げています!
今まで応援してくださった方、大変有難うございます!そして、これからもよろしくお願いします。
目を覚まして隣を見れば、愛しい人の寝顔が見える。幸せそうな顔は、まるで天使。私の前に降り立った、幸福。
その横顔に軽くキスして、大きな音を立てないように着替える。そして、階段を下り、玄関のドアを開ければ、暖かな朝日と、爽やかな風が私の頬を撫でて過ぎ去る。大きく猫のように伸びをして、ポストの中を調べる。今日は新聞だけ。ほかに手紙はなかった。
テレビの電源をつけて、今日の天気を調べる。今日は、晴れ。絶好のお洗濯日和。休日だし、散歩をするのもいいだろう。お弁当を持って、ピクニックもいい。
そんな事よりも、料理を作らなくては。あの人の好きな和食を作って、喜ばせてあげよう。
可愛らしい花柄のエプロンをつけて、袖捲くりをして、一息つく。そして、冷蔵庫の中身をチェック。中身は綺麗に整頓され、どこに何があるか分かりやすい。それは、食材が少ないとも取れるけれど、綺麗なのに変わりない。
「……残り物で何か作るしかないかな?」
とは言え、残っているとしても、昨日の肉じゃがくらい。とりあえず、温め直して、おかずに加えよう。そういえば、昨日買った鮭があるはず。それで焼き鮭でも作ろうかしら。そしたら後は、味噌汁ね。長ネギに大根の、質素な味噌汁。お手軽だし、何よりあの人の笑顔が見れる。そうだ、どこかに金平ゴボウの残りがあったはず。それも出してあげよう。今日の献立は、これで決まりね。
肉じゃがを温め直しているうちに、焼き鮭を作ろう。
鮭の切り身の真ん中に包丁を入れて間に薄切りにしたレモンを挟む。酒をふりかけ、しばらくおいた後、水気をふく。それをグリルで焼く。長芋を下ろして、大根おろしと塩を混ぜたものとあわせる。そして、鮭が焼けたら、お皿に盛り付け、とろろをおしゃれにかける。そして、小口切りにした青ネギを散らせば、焼き鮭のとろろあんかけのできあがり。今日はちょっと頑張ってみました。
その間に肉じゃがも温まったみたい。後は、味噌汁ね。金平ゴボウは……冷たくても大丈夫。あの人なら、何でも食べてくれるから。
野菜室から、長ネギと大根を取り出す。それを切る前に、適量の水を入れたなべを火にかけておく。そして、軽く洗った長ネギを細く斜め切りに、大根はいちょう切りにする。沸騰してきたところに、大根を入れる。そして、それが柔らかくなってきたら、長ネギを入れ、味噌を溶かしいれれば、もう味噌汁の完成だ。
テーブルの上に、今日の朝ごはんを並べ終えれば、後は愛しいあの人が起きてくるのを待つだけ。でも、せっかくの温かい料理が冷めるのももったいないから、いつも起こしに行ってしまう。これは普通だけど、あの人の寝相の悪さは人一倍だから、起こすのに一苦労。だから、自分から起きてもらった方が、私にはとてもありがたい。
エプロンを脱いで、いつものようにハンガーにかける。そして、階段を登り、寝室へ向かう。あの人を起こすのは怖いけど、仕方ない。これも妻としての仕事だから。
ぐっすり眠っている愛しい人。その頬を、軽く叩いて逃げる。おかしな光景だけど、逃げなくちゃ殺されるから。大体私がいた場所に、右ストレートが飛んでくる。布団にめり込んだ拳から、力の加減がされていない事が、ひしひしと伝わってくる。……ああ、また繕わないと。
もう一度、さっきよりも強めに頬を叩く。そして、逃げる。今度は、回し蹴り。本人はそうは思っていなくても、見ている方からは、そうとしか取れない。……また繕う場所が増えたわ。
もう一度、さっきよりも強く頬を叩き、逃げる。何もしなかったので、もう一度叩いてすぐ逃げた。すると、「ふぬなぬあぁ……」って、不思議な呪文のような声がその唇から漏れた。起きたのかと思ったけれど、寝言だったようで、まだ幸せそうな顔で寝ている。
「……ダーリン。ご飯だよ?」
遠目から、声を掛けてみた。寝言が聞えた時、大体呼べば、愛しい人は起きてくれる。
「ダーリン。ご飯、出来たよ」
「……」
少しだけ近付いて、さらに呼びかける。
「せっかく作ったのに、冷めちゃうわ。起きて、ダーリン」
「……」
「ねぇ、起きて」
「……」
攻撃が届かない程度まで近寄って、少し声を張り上げる。
「ご飯だよ、ダーリン。和食だよ!」
「……わほふ?」
返答あり。
「和食。そう、和食だよ」
「……わほふぅ」
寝言だけど、幸せそうなため息が漏れる。「ふふふ〜」と、不気味に笑っていたのは、内緒ね。
「……おはほう」
で、やっと愛しい人は目を覚ました。
「もう、やっと起きた」
「……飯」
「それより前に言う事は?」
「もう言った」
「おはようじゃないよ?」
「……愛してる」
「私もよ、ダーリン♪」
これが私の日課。大好きな時。この人のこの一言だけあれば、私は無人島で暮らせる自信がある。
「……ふぁああぁ……ねみぃ」
とろぉんとした黒目が、ふらつく。また眠ってしまいそうだ。
「ダーリン。寝ちゃったら、私だけで食べちゃうからね」
「さ、顔でも洗ってこようかな」
和食にだけは弱い、私の大切な人。それがまた、可愛い♪
あ、そういえば、私もまだ顔を洗ってないし、髪をとかしてもいない。たまにはダーリンの隣で、顔を洗おうかな。
「美味しい?」
「……」
「ね、美味しい?」
「……」
「今度から、和食作るのやめようかな」
「……もうもふふ」
「……なんて言ってるか、分からないよ、ダーリン」
「美味いよ」
「そう、よかった」
目の前でこうして手作りの物を食べてくれるこの人がいて、本当によかった。一人じゃ寂しすぎて、死んでしまっているかもしれない。でも、私の目の前には、美味しそうに食べてくれる人がいる。それだけで、十分だ。
「今日、どこか出かけようか」
「めんどい」
「じゃあ、洗濯物、手伝ってくれる?」
「めんどい」
「和食、作らないよ?」
「それはダメ」
「じゃあ」
「却下」
「まだ何も言ってないわ、ダーリン」
「ご馳走様」
「ちょっと、妻を無視するの?」
「ん?なんか言ったか?」
「聞いてたくせに」
「バレたか」
悪戯っぽく笑った彼の顔は、昔と変わらない。
「当たり前よ。何年一緒に暮らしてると思うの?」
「忘れたよ、そんなん」
「酷いわ!」
「……あ」
「どうしたの?」
「……」
「何?どうしたって言うの?」
「……思い出したのに、また忘れた」
「もう、ダメだなぁ、ダーリンはぁ」
「五月蝿い」
「ふふふ」
こんな和やかな日が、私の特別な日になる。楽しくって、ほのぼのしてて、ただ単に幸せ。それほど幸福な事はない。
「ね、また言ってよ」
「何をだよ」
「あの言葉」
「一日一回。それ以上は言わねぇよ」
「いいじゃない、言ってよ」
「……俺は、お前を―――」
*
「―――地獄に送ってやろうか!」
「え!?何でそうなるの!?」
「ホラ、起きた」
「すごいな瀬川。お前の言ったとおりだ」
「俺の勘をなめるな」
「え?……え?」
目の前にいるのは……ダーリンと、狩燐。
「お前の家に、着いたんだけど」
「え?」
「『え?』じゃねぇよ。帰りたくないってか?家出しますってか?」
「え、……え!?」
「だから、『え!?』じゃねぇだろ。お前、この森野家の人じゃねぇのかよ」
森野家の人だけど……森野家の人だけど……。
「あれ?」
「まだ夢の中か、馬鹿。つねってやろうか」
黒い笑みを浮かべるのはダーリンで、……あれ?
「大人じゃない」
「大人じゃないさ。俺は大人じゃねぇよ?子供だよ。まだ義務教育中の、中学一年生だ」
「……あれ?」
「え?違うっけ?おい、作者。俺は何歳だ!」
「作者じゃなくてさ、もっと身近な人呼ばない?」
「あれ、小橋?」
「なんだよ、『あれ、君居たんだ』的発言は!」
「じゃ、俺達何歳だ」
「13です」
「だよな」
「ともかく、瀬川達も届けねぇといけねぇからさ、降りてくんね?」
「え、あ、え、あう、はい」
ぼうっとした頭の中で、咄嗟に思った事が、そのまま口に出た。何で、私に車に乗ってたんだ?
「じゃあなぁ」
「じゃな」
「じゃ」
それぞれ男子軍は手を振って、とは言っても、ダーリンは振ってくれなかった。けど、いかにも高級車は、私の目の前から消えた。
……。高級車?あ、私、お泊りに誘われたんだよね。うん。そうだったよね。うん。……うん。
う〜、車の中で何をやっていたのか思い出せないよぉ。もしかして、ずっと寝てたのかな!?え!?じゃあ、あれって、全部夢!?
「そんなぁ」
私の幸せの日々ぃ。返してよぉ……。
それは夢か、未来の事かは誰にも分かりません。
今回は、森野目線で書いてみました。
豪邸編は終わってしまいましたが、これからも『ドSな俺と、ドMなアイツ』をよろしくお願いします。