61、なんか、シリアス!?
うわぁぁぁん、こういう空気、大っ嫌いだよぉ。
なんだかんだでいろいろあったけど、俺以外、みんな無事に生還した。
で、問題はここから……。
「坊ちゃまぁぁぁぁぁぁぁ!!」
なぁんて号泣しながら狩燐に群がる親父共を見てみろよ。食欲一気に失せるから。
「た、ただいま」
あの狩燐もこんな感じにたじたじだぜ?恐ろしき、号泣おじさん軍団……。ちなみに、全部召使いさん。
そして、一人例外で怖い人がいて、……誰だか予想、つきますか?
「どこに行ってたんです、みなさん!心配してたんですよ!?」
「す、すみません……」
「怪我してなかったからいいものの……って、怪我してるじゃないですか!!」
ヤベッ!見つかった!!
「あの、これは、その、あのですね」
「問答無用です。また何かやらかしたんでしょう?ねぇ、聡佑様?」
こ、これは怖い!おっそろしく怖い!ニコニコしてるのに、全然笑ってないよ、この人!!
「事情、話してくださいますよね?」
「えっと、その前に……」
「話してくださいますよね?」
「瀬川の怪我を……」
「話してくださいますよね?」
「診て……」
「話してくださいますよね?」
「……はい」
か、狩燐が!あ、ああの、あの狩燐が、言い返せずに、あっさり負けてる!てか、気迫負けしてる!!恐ろしき、村勢 涼子……。
「大丈夫ですか、瀬川様。すみません、ウチの主人様が情けない人で」
「え?いや、そんな事……」
「これ以上放っておくと、足を切断しなくてはならないかもしれません」
「へ?」
「とりあえず、お医者様を呼ぶので、……ついてきてください」
……恐ろしい事軽く言われたけど……冗談ですよね?
「……」
森野の落ち込んだ暗い表情が、少しだけ目に映って消えた。……その時、泣いていた風に見えたのは、何故だろう。
*
「……たいくつだぁ」
ただっぴろい部屋で、一人ぼやく。足の治療はすんで、今は自分の部屋に戻ってきているトコ。何事もなかったら、みんなで飯を食っている頃だ。
あ、そうそう。足の事なんだけど、流石に切断されるって村勢さんに言われた時はびっくりしたけれど、何針か縫うだけですんで、よかったと思ってます。
もし足がかたっぽない状態で家に戻っていたら、母さんは失神するだろうし、親父に至っては『自分の足を』とか言い出しそうで、心配だったんだ。その可能性はなくなったんで、安心安心♪
その代わり、包帯グルグル巻きだけど……。
「ちゃっす、どうだ、足?」
「お、狩燐」
お盆を片手に、バランスを崩しかけながら入ってきた狩燐は、少しだけ気まずそうな顔をしてた。
「……なんていうか、」
「めっしぃ♪」
しかもおふくろの味のおかゆではないかぁ♪
「人の話を聞く意思はありますか?」
「ありませんね、しんみりして食う飯より、賑やかに食う飯のほうが好きだ♪」
「素直だな」
「それこそが俺だからな」
「我が道を行くねぇ」
「HAHAHA」
「いっとくけど、」
「褒めてねぇってか?」
狩燐はニヤッと笑って、
「分かってんじゃねぇか」
そう言った。
「ごちそうさまぁ〜。う〜ん、美味かった♪」
「そりゃよかった」
「やっぱ最高だ、ここの料理」
「お前んちのおばさんの料理も美味いだろ?」
「母さんは料理が好きだからな」
「そか。……」
……あ〜あ、鳥の声が聞こえてくるくらい静かだぁ。
「……寝てなくて、大丈夫か?」
「ん?」
「熱が出るかもしれないって、医者が言ってた」
「ん〜、」
額に手を当ててみるけど、そんなに熱くない。けど、さっきより熱いかも。
「まだ大丈夫だな」
「無理すんなよ、心配してんだから」
「らしくねぇ」
「悪かったな」
「HAHAHA」
また重い沈黙。最近多くねか?沈黙。しかも、ベリー重いの。
「みんなさぁ、お前が心配みたいであんま食わねぇんよ」
「お前は平気で食ってそうだけどな」
「そこまで薄情者じゃねぇよ!」
「ハハ、ゴメ。冗談だから、ジョーダン」
「マイケル?」
「違うから」
なんか、ちょっと笑えてきて、狩燐と目配せして、大笑いした。
で、狩燐はウチの両親に謝罪の電話するとか何とか言って、部屋を出て行った。そんなのしなくていいって言ったけど、俺のせいだからって言って、聞かねぇし。
だから、また静かな時間が退屈になった。
「……お邪魔しまぁす」
「そういう挨拶するくらいなら、ノックとかしようぜ?」
「あ」
「やり直そうとしなくていいから!」
ここまで来て引き返そうとするのって、律儀って言うか、なんと言うか……。やっぱ、律儀?
「……あ、心配だから覗きに来たとかじゃないから!もう、ご飯食べ終わって、その、……一人で部屋にいるのも退屈だし、瀬川も一人で退屈してんじゃないかって、遊びに来ただけだから!」
「あいあい」
「何よ、その信じてない眼差しは!」
「信じてるよ?ビリーブ」
「……もういいよ!心配して損しちゃった!!」
「……」
「あ」
気付くの遅いよ。
「いや、心配とか、そういうんじゃなくって、そのね!あの、あんたが怪我してから、あ〜、美咲!元気ないみたいだから、そ、そうよ!美咲を心配してたの!!」
明らかに、今この場で作ったね。
「はいはい、そうですかぁ」
「だから、信じなさいって!」
「信じてるっつったろ?ビリーブだよ、ビリーブ」
「だから、その言い方が癪に障るのよ!」
「じゃあ、どんだけ信じてるかを、『ビリーブ』歌って表してやろうか?」
「もういい!元気みたいだから、安心した!!それじゃね!!」
……素直じゃないねぇ、最近の子は。
「あ〜、また暇になっちまったじゃん」
熱っぽいし、寝ようかな?
「お〜い、瀬川。ダイジョブか?」
なんだKY。俺は今、熱っぽいから寝るんだ、邪魔するな、ボケ。
「あれ?寝てんの?」
……影う……小橋か。軽く……驚かしてやろうか。ニヤリ。
「お〜い―――」
「うぐっ」
「瀬川!?」
「う……うぅ」
「ど、どうしたんだよ!?」
「く、苦しい」
「大丈夫か?」
「ああ!足が、足がぁ」
「え!?」
足を抱えるようにして、もだえ苦しむ俺。
「ど、ど、どうしたんだよ?」
「ああぁぁぁぁ!!」
「せ、瀬川!瀬川!!」
「痛い痛い痛いっ」
「あ、足、直してもらったんじゃ―――」
「あ゛あ゛ぁぁぁ!!」
「し、しっかりしろよ!」
「……う、うぅ。こ、小橋……か?」
「無理してしゃべるな」
「ハハ……俺、あんな傷ぐらいで」
「しゃべるなって」
「うぐうっ!!」
「瀬川!!」
「俺……死ぬのかな?」
「だ、大丈夫に決まってんだろ?」
「そう、……うぅ……だと、いい……な」
消えてしまいそうなまでに、小さくなる俺の声。
「無理するなって、俺、医者を―――!!」
出て行こうとした小橋の服の裾を必死に掴み、引き止める。
「それを待っていられる、じ、しんが、ねぇよ」
「弱気な事言うなよ!それでもお前は、瀬川か!?」
「……ハ、ハハハ。こん、……んくぅっ……かいは、おれも、……だめみたいだ……」
「諦めんなよ!」
荒くなる呼吸。どんどん苦しみをあらわにする俺の表情を見て、小橋は悲しそうな顔をする。それは、悔しそうでもあった。
「諦めんな、それでもお前は俺の友達か?俺の知ってるお前は、こんなに弱気じゃない!いつもいつも俺をおちょくって、それで、いつも笑顔で笑ってるんだ。自分がどんな状況にあっても、おまえはずっと笑ってるんだ。そんなやつが、こんな所でくだばるかよ!」
「こ……ば、し?」
「俺がもっと早く助けに行ってれば、俺がもっと、お前の役に立ててれば、お前は傷つかなかったかもしれない。俺が、俺が……!!」
「いい、んだよ、小橋……。俺も、お前みたいな友達、がいて、本当に良かった。……ホントに―――」
「……瀬川?瀬川!!目ぇ覚ませよ!瀬川ぁぁぁぁぁぁ!!」
閉じた瞼の上に、熱い何かを感じる。頬にも、鼻の上にも、何か熱いものが降って来る。
「俺は……お前に何の恩も返してねぇよ。返してねぇのに、何で、……何で、目ぇ開けてくれねぇんだよ」
……そろそろ、頃合かな?
「俺は、」
「なぁんちゃって、あんな怪我ごときで、この俺様が死ぬか、ボケ」
ベッドの横にしがみつくようにして座って、涙を流し続ける小橋に渾身の一撃、頭突きをしてやった。
「ごふっ!?」
赤い顔はそのままに、かなり驚いているようだ。うん、大成功♪
「……れ?俺、夢見てんのか?」
「だから、俺を勝手に殺すなっての」
「死んだんじゃ……?」
「あの傷で死んでんなら、ここまで来るまでに俺は息絶えてる」
「じゃあ、……さっきのは?」
「どっきり」
どうだった、俺の迫真の演技は?と、続けようとしたんだけど、
「馬鹿瀬川!心配させんなよ!!マジ泣きしちまったじゃねぇかよ!!」
「ぐ、ぐるじぃ……」
きつく抱きしめられちまいやした。……ぐ、ぐるじ、苦しいぞ、死ぬ、今度は、マジで死ぬ……。
「わぁぁぁぁぁん!!生きでてよかったぁ、マジでぇ」
なぁんて大泣きするもんだから、それ以上何も言えないままに、ただあやしてやりましたよ、同年代の男を。なっさけない事に、な。
コンコン
固いドアを叩く音がして、
「フフ、入っていいかしら?」
何て、誰だか分かりやすい声が聞こえてきた。
「いいぜ」
……と言ってから後悔した。狩燐が来てからここまでの間に、かなり熱が上がってきたようで、意識が朦朧とし始めてきた。まあ、招き入れといて、追い返すのも、野暮だ。斎賀が最後なら……何とかもつだろう。
「フフ、ご機嫌いかが?」
「……まあまあかな」
強がってみたけど、こいつにはお見通しかな?
「フフ、それならいいわ。安心した」
ニッコリと穏やかに微笑んだ時、こいつはこういう風にも笑えるんだと思った。いつも作ったような笑だから、この微笑みたいな自然な笑みが、なんだか落ち着く。
「フフ、顔が真っ赤よ?水とか、いる?」
「お願いしようかな」
「フフ、未来の旦那様のためなら、お安いごようよ」
……笑みは変わっても、中身は全然変わらないようです。
「サンキュー」
「フフ、どういたしまして」
冷たい水が、渇いた喉に心地よくて、体に水がしみこんでいくのを感じた。
「……ぷはぁ、水うめぇ」
「フフ、地下水らしいわよ?」
「へぇ〜、物知りぃ」
「フフ、物知りって言うか、教えてもらっただけなのよ」
「何故に?」
「フフ、なんとなくよ」
「へぇ〜」
あ〜、うまかった。天然水万歳、地下水万歳、地球の大自然万歳。
……。
で、またこれですか。おもったい沈黙。怪我人の俺にまでこんな重荷を背負わせるとは、何事だ!
てか、ここに来た奴、何でこんなにも落ち込んでるんだ?揃いも揃って、気分はブルーじゃねぇかよ。ここにいる奴らがブルーだと、変すぎて気持ち悪い。似合わない、しょうに合わない、ありえない。
「フフ、美咲が元気ないの、知ってる?」
いきなり何を聞く!って、言い返そうとおもったんだけど、ちょっとダウン……。
「大丈夫?」
あ、口癖がない。やっぱ、あの『フフ』がないと、変な感じだな。
「ダイジョブ、ちょっとくらっとしただけだから」
「フフ、私の魅力に?」
「違います」
「フフ、即答だなんて、傷付くじゃない」
「何故に?」
「フフ、私も、それなりにフェロモンを漂わせてるつもりなんだけど、貴方には効かないみたいね」
「何が?」
「フフ、分からないままの方が、面白くない?」
そう言って、とても中学生には見えない笑みを浮かべた。
「……それよりさ、やっぱ、森野元気ねぇのか?」
「フフ、そう聞くって事は、気にかけてたのね?」
「気にかけてたって言うか、いつもと雰囲気がだいぶ違ったからな、アイツ」
「……フフ、やきもち、焼いていい?」
もちを焼くのですか?ここで。それはちょっとこまりゃんす。
「餅焼くんなら、外か台所でお願いします」
「フフ、食べる餅じゃないわよ。貴方らしくないわ、そんな事言うなんて」
「そうなのか?」
「フフ、そうよ。いつもだったら、……そうね、『何故にやきもち!?』……見たいな感じかな?」
言い方は俺に似せようとしたらしいけど、妙に声が高くって、可笑しかった。
「フフ、笑うなんて、酷いんじゃなくて?」
「アハハ……ご、ごめん。マジウケしたわ」
「フフ、そんなに面白かった?」
「……うん……」
必死に笑いを堪えて答える。あ〜、ダメ。おもろい。
「そんな事より、真面目に聞いて」
「……はい?」
また、『フフ』が消えた。アレがないと、妙に子供っぽくなるかも、斎賀。
「洞窟の中で何があったのか、私達は知らない。外にいたからね。でも、中にいた瀬川と美咲は知ってるはずよ。中で何があったのか、どうして貴方が怪我をしなくちゃならなかったのか」
「小橋は?」
「例外よ。だって、小橋が貴方達に会った時、既に貴方は怪我してたんでしょう?」
「まあ、そうだけど……」
「美咲にも同じ事聞いてみたのよ、何があったのって」
そしたら、普段のアイツだったら、楽しそうに話しただろうに。でも、今のアイツは、何かが違う。
「そしたら?」
「私のせいで、私のせいで。それしか言わないの。困ったものよね、泣きながら言うんだから、私がいじめてるみたいじゃない」
……やっぱり、あの時見た森野は、泣いてたのか。
「……思い出したくないならいいけど、何があったの?」
「……お前らも見たんじゃねぇの?爆発する奴」
「変なタランチュラ?」
「そ、それ。それが近くにいて、爆発しただけ。それだけだよ」
「本当にそれだけだったら、私のせいでなんて、美咲は言わないわ」
「……で、その爆発から、森野護った」
「庇ったって事?」
「ちょっとバランス崩したから、逃げ切れなかっただけなんだけど」
「……それが原因で、落ち込んでるのね、美咲は」
「何で?」
「……つくづく鈍感な男ね、貴方は」
そう言って、デコピンされた。
「森野はね、自分が居たせいで、貴方に怪我をさせてしまったって思ってるのよ」
「居てもいなくても、かわらねぇんじゃ」
「ホントに?」
「え?」
「じゃあ、森野がいなかったとして、あのタランチュラの爆発にあったら、貴方はどうしてた?」
「もち、逃げてる」
「でしょ?ホラ、原因完成」
「??」
いまいちよくわからねぇけど、ともかく、俺の怪我は自分のせいだって、森野は思ってんだな。
「庇ってもらった自分は平気なのに、庇ってくれた人は怪我をしてしまった。それなのにその人は平気だと笑って、痛みをごまかしてしまう。しかも、足を切らなくちゃいけないかもしれなかった。……これを聞いたら、誰だって自分のせいだって思わない?」
「思わない」
見事に斎賀がずっこける。
「こういう時は、嘘でも思うって、言って」
「じゃ、思う」
「それでよし。……大丈夫?横になって聞いてくれててもいいのよ?」
「……」
「……聞いてる?」
「あ、な、何?」
「やっぱり、ちょっと横になってなさい。独り言言ってると思って、聞けるところまで聞いて。気持ち悪くなったり、眠くなったりしたら寝ていいから」
「……わりぃな」
正直、もうそろそろ限界なんだよね。頭くらくらするし、視界かすむし、気持ち悪いし。
「美咲は、誰よりも貴方の事を想ってる。心配して、食事も喉を通ってない。私がここに来る前にちょっと見た美咲は、……泣いてた」
……。
「廊下でね、すれ違ったのよ?貴方の部屋のドア、少しだけ開けて、中を覗いてたの。その時は、たぶんサチコが居たわね。だから、入るには入れなかったのかも」
……。
「何してるのって、私が聞いたら、逃げられちゃった。その後に小橋が来てたでしょ?その時も居たんだけど、貴方、何かした?廊下で泣いてたわ」
……演技、だったのに……。
「また声を掛けようとしたんだけど、それよりも早く自室に戻っちゃって。何も聞けずじまいよ」
……アイツだから、少しやだけど、謝ってやらねぇと……。
「……強がってはいるけど、、ホントはあのコ、とっても脆いの。波に攫われていく、砂のお城みたいに。ちょっとした事で、すぐになくなってしまうの」
そんな事、ずっと前から知ってらぁ。だからこそ、
「だからこそ、誰よりも弱い」
……同感。
「だから、体調が良くなってからでいいから、あのコに話しかけてあげて」
……森野……。
「ゴメンね、独り言長くなって。このまま寝るよね?というか、もう寝てる?」
「……」
あ〜、声出ねぇ。
「……おやすみなさい」
閉じていた重い瞼を動かして、無理矢理広げた世界に、斎賀に肩を抱かれて出て行く森野が見えた。
止めなくちゃ。
……でも、声出ねぇんだっけ。情けねぇなぁ、俺。
俺って奴は馬鹿だな、……とんだ馬鹿者だ。俺は―――。
どうしようどうしようどうしよう!なんか、コメディーっぽくない!小橋に悪戯した部分は除いて……。
あ゛〜〜〜、どうしよう!!