卒園です
金の毛並みの仔犬に懐かれて一年弱、春の兆しが感じられる頃「逆・紫の上」計画は終わりを迎えます。
入園して三年、思えば様々な転機がこの園内で訪れました。
異世界に転生した事を知り受け入れたり。
静かな子どもとして園児ライフを満喫していた時に金髪の暴れん坊に出合ったり。
本当の意味で前世の死を自分のこととして捉えたり。
陰の支配者と揶揄されながら良い男育成に腐心したり。
悩める教育者や父母から密かに相談を受けていた事は、一生涯、僕の胸にしまっておきます。(推定)育児経験のない元おばちゃんには、大したアドバイスができませんでしたが。
ちょっと『普通の子ども』から逸脱しかけましたが、まだ大丈夫、修正はききます。きくはずです。きかなければ困ります。
そんなこんなで万感の思いを胸に、早作幼稚園を卒園します。
卒園生は皆さん銘々にめかし込んで来ることでしょう。
ご多分に漏れず、僕も着飾らせられました。
ええ。
母が張り切りまして。
レースのフリルが可愛らしい白い丸襟のブラウスの上に、ハイウエストに配された黒のベルベットリボンがアクセントになっているグレー地のジャンバースカート姿です。
足元は白いタイツに、ストラップと甲のリボンがポイントの黒い革靴。
普段は動きやすさ重視で、ずっとズボンを穿いていたので、自分でも違和感ありまくりです。
が、そこは女の子、やはり心躍るものがあるのは否めません。
渋々の態を装いながら内心は浮き浮きと、短い髪にあしらう髪飾りを吟味したりして。
きっと母には丸分かりだった事でしょう。
微笑ましげな眼差しを向けられました。
「いつも、これぐらいお洒落に関心を持ってくれれば、女の子を持った甲斐があるのに」
って、なんのことでしょう。
そんなやり取りをしつつ、僕的には完全装備で登園します。
しかし、幼稚園の敷地に足を踏み入れ、僕の挨拶で振り返った馴染みの園児に不思議そうな顔で見られました。
僕も首を傾げます。
ドコカ 変 デス カー?
そこへ、誠志郎が園舎から園門に向って、一直線に駆け出して来るのが見えました。
奴も一丁前に、半ズボンのスーツにネクタイ姿です。
白いソックスにエナメルの靴が眩しいですね。
「おはよう、誠志郎」
手を上げて挨拶したのに、ぴたりと立ち止まった誠志郎が周りを見回し首を傾げます。
僕も、さっきとは反対側に首を傾げました。
なんとも言い難い空気が園庭に立ち込めます。
まるで、声はすれども姿は見えず、的な雰囲気です。
と、誠志郎が僕の母に目を留めました。
視線をずらし、僕を見ます。
ようやく気付いたかと笑み掛けると、これまたなんとも形容しがたい顔をしました。
強いて例えるなら、チョコだと思って口に入れたキャンディ包みの物が、カツオの角煮だった時のような…… アレッ? ナンカ オカシイ ゾ? 的な。
お互いの顔を凝視し合っていたのですが、先に動いたのは誠志郎でした。
ハッと何かに気付いた顔をして、僕をズパッと指差します。
そして、素っ頓狂な声を上げました。
「キリ!おまえ、オンナだったのか?!」
意表を突かれた僕は、周囲に居る誰もが誠志郎をたしなめない事に不審を覚え、確認の視線を廻らせます。
と、誰もが気まずそうに目を逸らすではないですか。
何ということでしょう!
誠志郎の発言は、圧倒的多数の園児達の内心を代弁していたようなのです。
僕の心理的温度が、どんどん下がるのが分かりました。
誠志郎は僕を指差したまま凍りつき、顔を青褪めさせてゆきます。
卒園式と言う華やかな場にそぐわない静寂が、あたりを支配しました。
「……君たちには、それ以外の、ナニ、に見えていたのかな?」
おやおや。
和ませようとおどけたつもりが、思ったよりも低い声になってしまったなあ。
はっはっはっ。
薄ら笑いを張り付けていたら、母より一言。
「だから言ったでしょ?これからは、もうちょっとおめかししましょうね」
お母様、恐らくそういう問題ではないような気がします。
主に、『僕』の自称の面で。
まあ、男女を区別しない教育方針の幼稚園で園児は全員『くん』呼び、自分の性を意識せずに過ごしていたことは確かです。
なので、今回は痛み分けと言うことで呑み込みましょう。
ところで、そこな女子は何故に僕を見て泣いているのかな?
は?失恋した?王子様が女の子だった?
ナンノコトダカ 僕ニハ ワカラナイ ナー
まーまー。
全てを水に流し、晴れやかな気持ちで卒業しようではないですか。
ねえ、皆さん。
式の後、最後まで手を繋いで一緒に居たのは、安定の誠志郎。
僕は彼に、ずっと考えていた餞の言葉を送ります。
「この一年、君には沢山のことを言ったけど、これだけは忘れないで欲しい」
僕の目を見て先を促す琥珀の瞳。
その真剣な眼差しを確認して、続けました。
「命は大事。周りを良く見て、良く遊べ」
神妙に頷く不敵な顔に、僕も頷き返します。
別れ際、
「またな!」
誠志郎が拳を突き上げ、いつもの帰りの挨拶をしてきました。
僕も習って拳を作り、彼のそれにコツリとぶつけます。
「ああ。また(いつか、どこかで)な」
そうして僕たちは、それぞれの家路に就きました。
僕は知りませんでした。
誠志郎の言った「またな」は、「また、小学校で合おう、な」であったことを。
入学式の時、僕の姿を探しまわった挙句に泣き出した誠志郎が、僕の名前をずっと呼んでいたことを。
誠志郎は知らなかったのでした。
僕と学区が違うという事を。