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生まれつき女ですが、なにか?  作者: 周
幼稚園 篇
6/43

暴れん坊園児

ここからが本編です。

少し冷静ぶったおばちゃんの口調で、お届けします。

そういう仕様です。本当です。

異世界であることを受け入れ、年長組になった頃。

エネルギーを持て余した金髪の暴れん坊が、我が早作そうさく幼稚園へ入園してきた。


「おれのテシタにしてやる。ありがたくおもえ!」


などと息まいて、猿山のボスよろしく子分を従え、いい気になっていたまでは良かったのだけれど。


「やろうども!とつげきーっ!!」


なーんて園内を縦横無尽に駆け回り、小さい子までを引き連れて園庭で暴れ回る。

危ないよと注意をした先生に「おれさまに、せっきょうするな」と泥水を掛け、花壇の手入れをしていた雷親父の用務員さんを「あくやくめ、やっつけてやる」と蹴り飛ばす。


それもまあ、百歩譲って「今時珍しいくらい活発なこと」と、生ぬるい目で見ていた。

大怪我がなければいいのにな、と危惧しながら。


しかし、仕舞いには階段で声掛けをしていた園長先生を、「じゃまだ、ババァ」と踊り場から階下へ向けて突き飛ばした。

カッと頭に血が上る。

さすがの僕も目に余るとばかりに階上から駆け下り、彼の胸元を掴んでこちらを向かせる。その勢いのまま足を払い、踊り場へうつ伏せに引き倒して腕を捩じ上げた。

幼稚園の床がソフトマットだからできる暴力です。

ついでに、体罰の壁に阻まれて手を拱いていた先生方には、とてもお勧めできない荒技だが、僕はただの一園児に過ぎない。子どもの取っ組み合いで済まされるだろう。

自分の状況が呑み込めず固まっていたボス猿は、すぐに我に返って暴れはじめる。しかし園児の今なら、発育の良い女児である僕の方が、体格が勝り容易に封じ込めた。

抜けだそうともがけば、捩じり上げられた幼児の未発達な関節は外れそうになり、痛くて動けない。

撥ね退けようとしても、腕を押さえて腰に座られては、子どもの筋力的に無理があった。


ふふふ。思った通りだぜ。


君臨していた黄金の皇帝があっさりと組み敷かれて、周りの園児は唖然と棒立ちしている。

年少の頃から僕を知っている先生方は、普段は聞き分けの良い僕の暴挙に驚愕のあまり凍りついていた。

固唾を飲んで見守る周囲を尻目に、僕は肺いっぱいに空気を吸い込み、声が割れないように細心の注意を払って、悪態をついているガキ大将を一喝する。


「黙れ、アホ猿っ!!」


子どもながらも中々なドス声に、その場は完全に沈黙した。

園内に流れる軽快なテンポの集合音楽が、滑稽に聞こえる。


ここからは僕の説教タイム。

甘んじて拝聴するが良い!


「どういうつもりで園長先生を突き飛ばしたんだ」

「べつに、ちょっとおしただけ……」


僕の詰問口調に、明らかに困惑しつつも拗ねた返事が返る。

子ども特有の経験不足からくる無知さだとは分かっている。

けれど、躾けはタイミングと威力が肝心。

彼が思うよりもずっと危険な行為であったと伝えるために、僕はあえて語気を強めた。


「『階段でふざけたら危ないよ』って言われてただろ?!どうしてだかわかる?怪我をしたり、最悪、死んじゃうかも知れないからなんだ!」

「『しぬ』って……おれ、そんなつもり、なかった……」

「つもりがあったら最悪だ、馬鹿!つもりがなくても、人は死ぬ時は死ぬんだ。ちょっと打ち所が悪いだけで、あっさりと死んじゃうんだぞ」


僕が『死』を連呼したら、園長先生が微妙な顔をしていたが、気にしない。

組み敷かれている方は、『死ぬ』ということがどういうことなのか、いまいち分かっていないようなので言葉を重ねる。


「死んじゃったらなあ、もう会えなくなるんだぞ。誰も、誰にも、二度と、会えなく、なるんだ……」


脳裏に、おぼろげながらも前世で親しかった人たちの輪郭が浮かび、声が詰まった。

目に熱が集まり、鼻がツンとしてくる。

体を捩って不貞腐れたように僕を見上げていた暴君が、金にも見える琥珀色の瞳を見開いた。

そのふくふくの頬に、ぽたぽたと滴が散る。


「なんで、なくの?」


初めて聞いた彼のあどけない声に促され、目元を拭うと濡れていた。


あれ?おかしいな。

転生を認識した直後は、淡泊な気持ちで居たのに。

言葉にした今は、ひどく……切ない。


もう、会えないんだ。

まぶたの裏の懐かしい人たちの誰とも、もう、二度と、会えない。

だって僕は一度、死んだから……


瞬間、爆発した嘆きが僕を呑み込む。

転生して初めて、僕は大声を上げて泣いた。

押さえる力を失った両手を握りしめて泣く僕の下から暴君は抜け出し、抱き締めてきた。


「『しぬ』って、そんなにかなしいのか?」

「あぶないことは、もうしない。やくそくする」

「おれはしなない。だから、なくな」


頭を撫でたり涙を拭ってくれたりと、手を尽くして慰めてくれる。

僕が泣き止むまで、ずっと。


この時に僕は、本当の意味で青野樹里子に生まれ変わりました。

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