宿願成就
13日の金曜日ですね。意味は無いですけど。
菜穂ちゃんまでの挨拶を見守り、今後の予定を聞き、締めの言葉と同時に廊下に出てみれば……えっ、うちって女子高でしたか?と、聞きたい程の女子だかり。
階段には、先輩女子らしき水色と深緑色のループタイまでちらほらと……
無表情の悠馬先輩と仏頂面の誠志郎は近寄り難いらしく、頬を染めながら遠巻きにヒソヒソと囁き交わしているのが、青い春らしい甘酸っぱさで微笑ましいです。
ってか、僕が顔を出したら、ざわめきがひときわ高くなった気がするのですが、気のせいですよね?色めき立ってなんか、いないですよね?その後に広がった困惑の視線が、スカート周りに注がれているなんて(ry
まあ、良かったね☆誰もが惚れて憧れてるヨ。
好感度も、ずいぶんとアップされたようデスネー。
雰囲気に圧倒され、無関係を装い教室内へフェードアウトしようとしたら、手前にいた先輩に気付かれてしまいました。
「キリ、終わったか?」
「あー……はい。お待たせしてスミマセン」
若干、不承不承な返事になったのはご愛嬌です。
と、先輩も誠志郎も一挙手一投足にまで注視されているのは耐え難いのか、もともと戻りかけていた僕の背を押して、そそくさと教室内へ入り戸を閉めました。
扉越しに「エェー」と「キャー」と「イヤー」の大合唱が聞こえてきます。
若いなぁ。
遠くから見ている分には、楽しいだろうに。
ピチピチのJK達に睨まれるのは、ちょっとイヤだなぁ。
おばちゃん、そっちへ行っていいですかねぇ。
窓側一番前の席からこちらを窺っている、陽光に煌めいて銀色に見える長い髪の人に横目で語りかけると、気の毒そうに苦笑しつつも口パクで『ガ・ン・バ・レ』と手を振られました。
傍に立っている黒髪のポニーテールも同様のようです。
あはっ。もぅ、冷たいなぁ (涙)
先輩の長身越しに見える、雅臣さん。
用の無い人へ、もう一方の出口からの退出を促しているけれど、
僕も帰って良いですかねぇ。
だめですかそうですか。
自分が召喚したので自業自得とは思いつつ、大型犬がしきりにアピールしている横で、悪い予感しかしないこの状況から脱出する方法を探していました。
と、猛アピールの反対側から、そっと声を掛けられます。
「大丈夫?」
振り仰げば、深い湖面が静かに心配を湛えていました。
今日クラスメイトになったばかりなのに気を配れるなんて、エェお人や。
思わず眼鏡越しの瞳を凝視してしまいます。
彼はわずかにたじろいだようですが、それでもこちらの返事をじっと待ってくれました。
「一目会ったその日からー、恋の花咲くこともあるー」
「って、パンチDE〇ートかっ!」
正面の先輩と右横の加藍君の間からアホなナレーションが流れてきたので、反射的に突っ込んでしまいます。
見れば、雅臣さんに襟首掴まれて、今まさにつまみ出されようとしている暖炉の明かりのような少年。
「キリちゃん自体おもろいけど、周りも濃ゆいなー」
許可なく人の事を名前で呼び、にゃはっと笑った彼は後方へ引かれる勢いのままに、グリンと仰け反り倒れてゆきます。
予想外の動きに驚いて教師が手も体も離した瞬間を見計らって後ろ手をつき、ブリッジから腕と腹筋と体重移動を使い跳ね起きました。
体 操 選 手 か
少しでも体を捻れば机にぶつかりそうな狭い通路で、なにしてるんだかなぁ。
そもそも、先生が逃げずにいたら大激突していたよ?
ドヤ顔の彼を、ちょっと温い眼差しで見てしまいます。
そんな視線など気にも留めず、屈託ない笑顔で自席に座り直して頬杖をつき、ぐるりと僕達を眺め回しました。
そして、ひたりと僕に目を向け、こう聞いてきます。
「なーなー。先生も含めて、自分らどんな関係?」
教室内外の女子達も、むき出しの好奇心をひた隠しにして、こちらを窺っています。
ふむ。
秘匿するような関係でもないので、答えましょうかね。
だからいぢめないで下さいお願いします。
まずは直近で会話したお相手から。
「加藍君は、今日初めて会った級友ですね」
「そう、ですね」
お互いに頷き合って、正面の人に移ります。
「生徒会長は、中学からの先輩です」
一拍置いて軽く首肯した先輩は、背後へ視線を流しました。
すると、ひそひそ声が静まります。
さすがの貫録ですね。
そして、さっきまで自己主張の激しかった大型犬は、空気を読んで大人しくしていた訳ではなく、何故か琥珀の瞳で橙君を睨みつけていました。
「新入生代表様は、幼稚園が一緒だった幼馴染です」
「キリコは俺の親友、いや、心の友だ」
君はどこのガキ大将ですか。
周囲も残念臭を嗅ぎ分けたのか、フレーメン反応的な顔をしています。
「それで、紫ノむ「雅臣」、紫の「雅臣」、し「雅臣」……雅臣先生は、高校入学前からの知り合いです」
「もう少し深い仲だよねぇ?」
執拗な訂正と意味深な発言に、息を吹き返した女子達から『チョットーナニナニドウイウコトー?』的な黄色いどよめきが巻き起こります。
それは僕が訊きたい。いや、聞きたくない。
「えっ。友人ではない気がするのですが?」
思わず真顔で返してしまいました。
「親戚の小父さん、がせいぜいだ」
「自重しろ。変質者」
横と正面からの低い呟きに、薄笑いがデフォの雅臣さんの眉がピクリと跳ね上がります。
「……小父さん……変質者……君達、社会科の成績は惜しくないようだねぇ」
ふ ふ ふ ふ 、と忍び笑いを漏らしながらの地を這う声。
なにそれこわい。
「教師の風下にすら置いておけませんね、雅臣さん」
『怯えを見せたら負け』とばかりに、毅然と指摘します。
スクハラ、ダメ。ゼッタイ!
すると、あえかな笑みが返ってきました。
「無職になったら、キリィが養ってくれるかい?」
その表情に見覚えがあります。
出会った頃の、不安に揺れる瞳が思い出されました。
未だにこの人は、恐れ怯えているのでしょうか。
気にはなりましたが、勢い付いた僕は急に止まれません。
「僕の求める主婦像を体現してくるならば、喜んで!」
あえて堂々と高らかに、論点を転がします。
前世でも思っていました、女が嫁を欲しがってなにが悪い!とばかりに。
珍しくもキョトンと目を瞬いた雅臣さんが、ためらいがちに訊いてきます。
「……具体的には?」
よくぞ訊いてくれました!
「衣食住を適宜に保ち、遣り繰り上手で、メンタルを支え励まし合える、一生を共に歩みたいと思わせる人、です!」
「そんなハイパー主婦、おれへんってー」
想定内の野次に、僕はキメ顔で言い切ります。
「居ますよ!家の洸くんです!」
おや、皆さんの視線が心持ち痛い子を見るようですね。
「洸くんって、誰やねーん」
あっ、そこからでしたか。
※あえかな雅臣さんは『煙が目に沁みる③④』参照




