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生まれつき女ですが、なにか?  作者: 周
中学校 編
36/43

後悔、先に立たず

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い致します。

下から支えるように抱き留めてくれていた洸は、ぐずぐずと子どものように鼻を鳴らしている僕が少し落ち着いたのを見て、


「顔洗ってスッキリしたら?」


と、ハンドクリーム代わりに使っている化粧水とタオルハンカチを渡してくれます。

美術部で手荒れが激しくて持ち歩くのが習慣になった、とのことだけれど女子力高過ぎです。

タオルに顔を埋めながら羨望の眼差しを投げかける僕の前で、洸はタオル類と一緒に取り出した携帯をかざし始めました。


「校内って電波悪いよね。ちょっと遅れるって電話してくるから、ここで待ってて」


手洗い場を指差してから身を翻して渡り廊下の方へ駆け出す洸を見送ります。

ふーっと一息吐いて気分に区切りを付け顔を洗おうとした所へ、洸が去った反対側から声を掛けられました。


「キリ」


この腰に響く低い声は、一人しか知りません。

僕の偽善の証しが洸ならば、彼は僕の浅はかさの体現者。


赤原せきはら、先輩……」


振り向き茫然と立ちすくむ僕の元へ、私服姿の先輩がゆったりとした足取りで歩み寄って来ます。

来客用スリッパの立てるペタンペタンという足音の一歩一歩が僕を追い立て、息が詰まる程の激痛が胸の棘から走りました。

痛みに意識が取られ、膝から力が抜けてしまいます。

視界が傾いで、不様だなあ、なんて明後日なことを思っていたのに、肩に掛かる筈の衝撃は訪れることがありませんでした。どころか、暖かくガッシリとしたものに支えられています。

洸が離れて心許なかった体が、新しい温もりに本能的に擦り寄ろうとして、はっとしました。


いつの間に僕はこんなに弱くなっていたのでしょう。


洸の優しさに縋るだけでも厚かましいのに、先輩に寄り掛かろうなど言語道断、節操なしにも程があります!


慌てて自立すべく身を離そうとしましたが、それはあたわず……ジャケットで包むように、懐奥へと益々抱き込まれてしまいました。

頬に当たる洗いざらしな綿シャツの感触に、不器用だけれど包容力のある先輩らしさを感じて、少しだけ笑みが零れます。

しかし次の瞬間、それを呑み込む程の慙愧の念と居た堪れなさが僕を苛みました。


ライターを持つ少年を見かけた時、後先考えずに窓枠を乗り越えたのは僕。

頭ごなしに叱り飛ばして逃走に失敗するや胸倉を掴んで説教かまし、無神経にも少年の心にずかずかと踏み込みました。

普通の小学生は、そんなことする訳がありません。

見て見ぬふりをするか、せいぜい巡回の教師に軽く告げる程度でしょう。

僕は、大人子供が居るだけで与える違和感と無自覚な行動が及ぼす影響について、分かっていると言いながら、欠片も配慮していなかったのです。


思い至ればこの場から逃げ出さずにはいられなく、でも抱き締める腕はこんな僕すら赦してくれているようで振り払えません。

こらえ切れずに涙があふれ出てしまいました。

木綿は優しくそれを受け止め、全てを吸ってくれます。

その間、慣れない手つきの長い指が、僕の髪を梳り続けました。


「あまり、中学に未練を残すな。妬ける」


ポツリ零された言葉の意外さに、ギョッとします。

パッと目を上げると、紅玉の眼差しが決まり悪そうに逸れていきました。


「ミレン?」


あまりの異物感にその言葉だけを口にしてみましたが、やはり全く馴染むことはありません。

お陰かどうか、涙はすっかり止まりました。


「違うのか?てっきり、弟と離れ難いのかと……」


戻ってきた瞳が、戸惑いと微かな羞恥に揺れています。

先程の姉弟の抱擁が誤解を生んだのでしょうか。


「いいえ、進学自体に抵抗は無いですよ。生き別れになるならともかく、そうではないので……泣いたのはむしろ、今までの自分との決別、でしょうかね?」


自嘲気味に笑ったつもりが、胸の痛みでやや引き攣ってしまいました。

先輩はどう解釈したのか、喉の奥でクッと笑って、


「今までの自分と決別?穏やかじゃないな。相変わらず、キリは勇ましい。でも……」


語尾を濁して一際優しく僕の髪を掻き揚げ、泣き腫らして熱を持った頬にそっと触れ、射抜くような緋色をひたりと合わせてきました。

ひるむ間を与えずに、こう続けます。


「高校に来たら、一番にオレを頼れ」


なんて僕にはもったいない言葉!

折角止まった涙が再び溢れ喉が塞がり、返事どころではありません。

彼はどうしてこうも、受けた恩に対して一途でいられるのでしょうか。

僕の軽はずみな行動でも、結果が良ければそれでいいような気すらしてきます。

涙を拭われ、注がれる視線の熱さに胸の痛みも忘れて、どれくらい魅入られていたのか……


「キィちゃん!」


鋭く僕の名を呼ぶ声に、ハッと我に返ります。


なんということでしょう!

この体勢を傍から見れば、熱々カップルのイチャイチャシーンに見えないこともありません。

今度こそ羞恥で死ねそうです!!


頭が茹で上がり硬直していたら、ぐいと先輩から引き剥がされ背後から抱き締められました。

行き場を失った腕を持て余して、先輩は微苦笑を漏らしています。

先程までの熱は鳴りを潜め、すっかり凪いでいる赤い瞳に意味もなくホッとした僕は、しがみ付いている洸に振り返りました。


「みんな、どこで待ってるって?」

「校門。早く、行こ」


先輩に険のある目を向けたまま、珍しくぶっきら棒に答えてきます。

苦笑を深めた先輩が僕達に背を向け、先導するかのように歩き始めました。


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