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生まれつき女ですが、なにか?  作者: 周
中学校 編
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ひと刺しの棘

三年生になって何がどう、という事は無いのですが。


菜穂ちゃん含む勉強会メンバーは新学期からエンジンが掛かり始め、六月の体育祭を経て、七月の中体連後の引退を機に完全な受験モードに突入しました。

そのため、別グループと勉強するようになった洸とあまり顔を合わせなくなり、高校生になった先輩とは疎遠になり、誠志郎に至っては音信不通状態です。

唯一、ホスtゲフンゲフン、雅臣さんから毎日のように写真付きのメールが来ています。今日のランチや空の色、塀の上の猫などブログにアップするような他愛ない内容ばかりです。

始めは苦心しながら全てに返信していましたが、レスの遅さか無難な文面からそれを察してくれたようで、


『私が見たものを君と共有できるなら、それで十分。今は受験に専念していなさいね』


との有難いお気遣いを頂き、今では気が向いた時にだけ返しています。まさに、私的なつぶやきサイトのフォロワーな気分です。

夏休みは勉強三昧に終始し、明けて学校祭は息抜きと称して盛り上がって危うく燃え尽きかけました。

なんとか体勢を立て直して年末年始を乗り越え、洸と校内を二分するかのようなバレンタインを挟んで、最大の山場である高校入試に挑みます。

前日に、雅臣さんから『本日の夕飯』と題されたカツ御膳の写メを、赤原先輩からは『落ち着いて、頑張れ』を貰いました。

当日、表情はいつも通りの平静さを装いながら指先が氷のように冷たい菜穂ちゃんを鼓舞しながら会場入りします。他の勉強会メンバーとも激励し合いました。

僕的には二度目の高校受験だからか、一年間の勉強漬けに裏打ちされた自信からか、ずいぶんと落ち着いて机に座ります。

試験終了後、タイミングを見計らったかのように、本日の日記的写メ(ブログ更新)が届きました。


『件名:早咲き

 本文:【青空に映える淡紅色の桜の写真】

    春近し』


写真から伝わる温かさに、心がほぐれてゆきます。自分で思っていたより、ずっと緊張していたみたいです。

追うようにして『お疲れ。ゆっくり休め』の労いの言葉は先輩からで、頬も緩みました。

口から魂が抜け出ている菜穂ちゃんを連れて、勉強会の顔触れと自己採点を兼ねたお茶会に参加していても、胸のあたりがポカポカと温かくて。

明るい心持ちで帰宅すると、出迎えてくれるのは癒しのエンジェル。洸は小さな巨人です!久しぶりのスキンシップタイムを堪能しました。


こうして賽は投げられました。後は結果を待つのみです。


ということで、昨年に引き続きメルシーバレンタイン作戦を敢行します。

これが多いのなんのって、あーた。洸と二人で、学校中の女子(但し、自分は除く)に渡す勢いで配り歩きました。

今回は励ましチョコと解釈し、「応援ありがとう」の言葉を添え一人ひとりに手渡します。生徒会立候補者も真っ青な各クラス訪問で、精も根も尽きそうです。

青息吐息で自宅に帰れば救済の使徒が特別仕様のお返しをくれて、全てが報われましたけれど。

翌週の月曜日は、合格発表でした。

目の届く範囲の人達は、志望校の合格キップを手に喜びを分かち合います。

かく言う僕も、天弓高校へ無事合格できました。

希望を胸に迎えた週末、僕達の旅立ちの日です。

卒業生代表は僭越ながら僕が拝命しました。

在校生代表は洸の勉強仲間の武田君です。

晴れがましい式の後、友人同士で卒業パーティーに繰り出しました。

その時、殿を務めていた僕だけ担任の先生に呼び止められたので、皆を先に行かせます。

枕詞のような労いとお祝いの言葉の後、


「先生は青野さんが心配です。三十代以下の教師は若輩者を、クラスメイト達は我が子を見るような目で眺め、新卒の先生に至っては大学生扱いでしたね。高校に進まれたら、もう少し謙虚に物事を捉えられるよう、視野を広げた方がいいと先生は思います」


指摘されたのは、他人から見れば根拠のない全能感。

これでは厨二病患者ではないですか!

ここに居る僕は、過去の記憶をベースに微調整した結果であり、『私』の人生をなぞらえていただけだったのでしょうか。


衝撃を受けながらも、はなむけの言葉をくれた先生へ礼を述べ、その場を後にします。

足は闇雲に動くのに、頭は先程の衝撃で破壊されてしまったのか、断続的に空回りするだけで。

自虐的な方へ思考が向っても、自分では止めることができませんでした。


『こちらと前世を合算すれば』?『中身は父の一回り上』?(※1)自我は全くリセットされていない、なんて上から目線な考え方。

『前世の生き方に執着が無い』(※2)としながら『二度目の高校受験』と嘯き、体は正直に緊張していたちぐはぐさ。

『目の届く範囲』などど、先導者きどりも甚だしい。

『知ってる』『分かっている』と他者の意見を切り捨て、独断で行動し、誰かを救った気でいたのか。

ならば今までの僕は、傲慢な偽善者でしかない。

『僕』は、何?

『僕』は、誰?

『僕』は、『私』の、焼き直し……?


目眩すら感じる沈思の渦に呑み込まれかけた時、腕を取られて我に返りました。


「キィちゃん!前、階段だよ!!」


言われて足元を見れば、確かに下へと向かう段差が続いています。


「ああ、ごめん。ありがとう、洸」

「なにボーっとしてたのさ。皆、待ってるよ?」


なんの曇りもない萌黄色の瞳に見上げられ、先程の余韻が突き上げて来ました。

衝動に任せて洸を抱き締めます。


「どうしたの?さっきまで晴れやかな顔してたくせに、急に淋しくなった?」


僕の背を擦ってくれる手つきが口調の割に優しくて、涙が止まらず、ただただ頷くことしかできません。

蜘蛛の糸にぶら下がる地獄の罪人さながらに意識の淵に堕ちかけていた僕は、偽善の証である洸に救いを求めて縋りつく他ありませんでした。


そのとき心に刺さった棘は、いつまでも抜けることはなく、折に触れ僕に痛みを与え続けるのでした。


※1 『ご取得は計画的に④』参照

※2 『『彼女』と『僕』』参照

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