いい日、独り立ち③
「毎食じゃないですよ。最近は洸も立派な戦力ですし!料理と掃除の両方できれば理想なんでしょうけど、こだわらなければ食べるには困らない世の中ですから、整頓できる先輩は立派に一人暮らししてる、と僕は思いますよ?」
あ、語尾が微妙に締まりませんでした。
「……毎日、手料理……」
僕の話を聞いていたのか怪しい程、物思いに耽っていた先輩から、斜め上の遥か上空な発言が零れます。
「嫁に、来るか?」
「えっ、洸を嫁に欲しいんですか?!」
「何故そうくるっ!」
「なんでそうなるのっ?!今の流れは、そうじゃないよねっ?」
反射的に驚きのままを口にすれば、双方から突っ込みがきました。
何気に息ぴったりなんですが……まさかの、お似合いな二人……?!
湧き上がる(僕的には楽しい)疑惑を抑え込むため、冗談混じりの本音をダダ漏らします。
「えー?だって洸ってば女子力高いし可愛いし、僕の中ではお嫁さんにしたい子№1だよ?ちなみに№2は菜穂ちゃんね」
場を和ませるリッピサービス付きで言ったつもりが、あらぬ方向から想定外の返しが飛び出しました。
「じゃあ、ボクをキィちゃんのお嫁さんにしてよ!」
洸の逆(?)プロポーズに先輩はギョッと目を剥きながらも律儀に突っ込みます。
「お前こそ、どうしてそうなるっ?!」
勉強会の面子で三人以上が集まると、どうしてこうもカオス化するんでしょうねー?というか洸、嫁扱いは問題ないのかな。
「洸の気持ちはすごく嬉しい。けど、これから色々な出会いがあるんだから、今ここで生涯の伴侶を決めちゃうなんて、もったいないよ」
穏やかに諭すように僕が言うと、何故か二人が疲れたように肩を落としました。
「さすがキリ……」
「ぶれないよね……(そんな訳だから、先輩はこれからの出会いの中から探してよ)」
「(そう言われたのは、お前だ)」
「(ボクは先輩みたいにスルーされずに、嬉しいまで言われてんだよ?分はこっちにあるね)」
「(補い合える点では、オレに分がある)」
「二人でこそこそと、なに話してるの?」
「「別に」」
「ふーん?」
不審に思いつつも、男同士の話に口を挟むのも野暮かと、気にしないことにしました。声を揃えた当人たちは、微妙に嫌そうな顔を見合わせていましたが。
作業を終え、先輩がストック食材をどこまで活用できるのか聞いた後、軽く補足しながら見本に今日の分を調理して、三人で頂きます。
家で洸が作ってくれていた夕食は、明日へ繰り越すことにしました。炒め煮の味がいい具合に馴染むことでしょう。他のおかずも両親の分は仕上げて、残りはストックに回して……この後の段取りと明日の晩御飯に思いを馳せていた帰りがけ、先に出た洸を追って靴を履いていた時、艶のある低い声で囁かれました。
「今日はサンキュ、楽しかった。また、頼む」
「また」と「頼む」の間に入る言葉を探して、しばし逡巡しましたが、きっと「買い物に付き合ってくれ」でしょう。一人納得して頷きます。
「時間が合えば、いつでもご一緒しますよ」
にこっと返すと、微かに笑んだ先輩が大きな掌で頭を撫でてきました。
「ああ。一緒に食おう」
あれ、そんな話でしたっけー?
訊きかえそうとしたのに、焦れた洸に腕を引かれてしまいました。同時に先輩の手も離れてゆきます。
「青ネギ買って、早く帰ろ?」
腕を絡めて見上げられただけなのに、浮気を見咎められた亭主のようにドギマギしてきました。
先程までの疑問がどこかへすっ飛んでしまいます。
先輩と洸と腰にクる低い声と可愛い仕草と優しい掌と暖かい腕と両親と後片付けと晩御飯と……頭の中がグルグルしてきました。
どこか上の空で、辞去の挨拶を述べます。
「あ、じゃあ、帰ります」
玄関ポーチの門扉に浅く寄り掛かりながら腕を組んで、先輩は見送ってくれました。
「気を付けて」
「洸が付いていますから」
「それでも」
笑う僕に向けられたのは、緋色の真剣な眼差し。
視線に絡め取られそうになった僕を引き戻したのは、洸。
「はーやーくーぅ」
「はいはい。では、また」
「ああ。また、な」
去り際は軽く、エレベーターへ向かう僕の背越しに門扉の閉じる音が聞こえましたが、振り返りはしませんでした。
未消化なモヤモヤは、そのまま蓋をして閉じ込めてしまいましょう。
この心の不安定さには、覚えがありますよ。思春期特有のアレですね。
怖いのは温もりと優しさに対する錯覚と思い込みですから、精神的に安定するまで先送りさせてもらいます。
ただ、僕の体にも着実に第二次性徴が訪れていることは認めざるを得ないですね。まだ薄ペタヒョロですし女子の印もきていませんので、ちょっと遅れている気はしますが、前世でも高校生までこない人も居ましたから個体差の内でしょう。
気に病めばそれだけ遅れるとも、体脂肪率が低い運動選手でこないことがあるとも聞いたことがありますし。
気にしない、気にしない。リラックス、リラーックス。
明日からザクロジュースでも飲もうかな……(ボソッ)
望外に楽しく和やかだった本日の夕食を思い出しながら、僕は眠りにつきました。




