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生まれつき女ですが、なにか?  作者: 周
中学校 編
22/43

煙が目に沁みる⑥

雅臣編は、終了です。

な、長かった……

「え、もう?」


無意識な縋る瞳は、年上なのに母性本能をくすぐります。

が、僕には耐性がありますからね!すげなくも断りますよ。NO ! と言える日本人ですから。


「あのですね、僕は中学生なんです。帰りが遅いと心配性の弟がどうなるか……」


元祖・母性本能くすぐりマシーンが涙目で見上げてくるのが脳裏に浮かび、語尾が鈍ってしまいました。恐るべき破壊力……!

洸のウルルン上目遣い(妄想)に身悶える僕と対照的に、会話を続ける糸口を見つけて顔を綻ばせる雅臣さん。


「弟が居るんだ」


まだ話し足りなそうなそぶりに、手を繋がれたまま腰を戻してしまいました。

蛇足とは分かっていながら、少し続けましょうか。

決して弟自慢をしたいからでは、ないったらない。


「そうなんです。これがもう生意気で可愛いのなんのって。健やかにすくすくと成長中なんです。だから雅臣さんも、前向きになったのでしたら、そのまますくすくと前進して下さい」

「……ありがとう」


返ってきた穏やかな笑みに、僕の老婆心が疼きます。


「ただ、運命の相手かどうか、想いを試してばかりいてもダメですよ?」

「心当たりでも?」


二心なく訊かれて思い出されたのは、かつての『私』。


「僕のぜ――――((んせじゃなくて))親戚の小母さんが言ってました。試してばかりじゃ逃げられるだけだって」


自分でもわかる程、苦い笑みが滲み出ます。

今度は怪訝な声で、探るように訊かれました。


「その方は?」

「アラフォーまで独身でした」

「今もお一人で?」

「もういません。亡くなりました」

「その小母さんのこと、好きだったの?」


苦々しい僕と、間合いを探る雅臣さん。

面持ちの割にあっさりとした遣り取りは数度重ねられ、最後の質問に僕の表情はごっそりと抜けおちました。


「――さあ?好きも嫌いもなく、自己中な人だったとは思うかな。試して逃げられたら、相手が自分に相応しくなかったと嘯いて、一生を任せられる人が居ないと嘆いて、友達と兄弟と甥姪が居れば寂しくないと強がって、一人暮らしの部屋に絶望して、酒飲んで枕を濡らして。無知で怠惰で傲慢で恥ばかりの人生を送った、どうしようもなく自分大好きな寂しがり屋でしたよ」


吐き捨てた僕に届いたのは、


「すいぶんな言いようだねぇ……今度は私が胸を貸す番かな?」


意外なほど優しい言葉でした。


「え?」


何故かぼやけて視界の悪い目を瞬き、いつの間にか足元まで落ちていた視線を上げます。


「気付いてないの?君、泣いているよ」


注がれていたのは、どこまでも暖かな眼差し。

凍えそうだった心に、温もりが沁みてきます。

その心地よさに気を取られ、繋がれたままだった手が雅臣さんの口元に寄せられるのを、ただ見ていました。

チュッと触れた唇の感触で、我に返ります。


「泣いてなんかいませんよ。これは、涙なんかじゃありませんっ」


慌てて自分の手を取り返し、火照る頬を誤魔化すために、ちょっと乱暴に目元を拭いました。

久しぶりに前世を思い出したせいか、感情が高ぶってしまったようです。未熟者ですね。


ティッシュを頂いたり、タオルを借りたり、保冷剤までお借りして、一通り落ち着いたので、辞去のご挨拶をば。


「却ってお世話になりました。今度こそ帰ります」


ペコリと頭を下げると、眉目は切なげなのに口元だけ微笑んで、彼も立ち上がりました。


「途中まででも、送るよ」


言われてハタと気が付きます。

ここ、どこでしょう?


「……ご好意ありがたく……」


自分の方向音痴っぷりに、さすがに恥ずかしくなりました。

ニッコリ笑みの雅臣さんにエスコートされて、まずは玄関へ向かいます。

居間を出た所で、今気付いた、と言わんばかりに彼が振り返りました。


「そういえば……私は君の名前を聞いても良いのかな?」

「良いですよー。キリコです。樹木の『樹』に『里』の『子』どもです」

「樹里子ちゃん、ね。『ちゃん』と言うより『さん』の方がいいかな?」

「どちらでも、お好きなように」


ダラダラと会話をしながら、玄関で靴を履きます。


「じゃあ……キリィ」


立ち上がった不意を突かれ、耳に吐息と共に吹き込まれました。

瞬間、ぶわっと鳥肌が立ちます。

反射的に耳を押さえて、体を捻りながら飛び退きました。


「うっわ!耳元で囁くとか、どんだけですか?!しかも、あだ名になってるしっ」


ドアを背に、間近で涼しげに立つ相手を睨みつけます。

が、露ほども悪びれず、にこやかに笑い返されました。


「待たずに求めてみただけ」

「手近で済まさないで下さいっ」

「Something here inside Cannot be denied(心の中にあるものを 否定はできないよ)」


甘い声で紡がれる、僕が教えた歌詞の一節。

切り返すことができず両耳を押さえ嫌々をする僕を囲うように、ドアに手を着いて身を寄せてきました。

慌てて手を突っ張り、不埒な振る舞いを阻止します。

それ以上強引に迫ってこないのは救いですが……


「とにかく離れて!」

「つれないなぁ。そんな所も良いけれどね」

「はぁ?断固拒否されて喜ぶなんて、貴方マゾですか?マゾだったんですね?!」

「キリィが与えてくれるのなら、苦痛すらも甘受するよ?」


や ー め ー て ー !


「おまわりさーん!ここに変態がいますよー!!」


架空の公僕に助けを求めてようやく、明るい笑顔のまま離れてくれました。

玄関も開け放ち、妖しい空気を孕んだ密室から解放されます。

どうやら、からかわれただけのようですね。


「本当に君は愉快な子だねぇ。ますます……おや?」


くすくす笑いが途切れたので、並んで歩く相手を見上げました。

首を傾げて目で問うと、雅臣さんから消えかけた笑みが戻り、僕の背筋に悪寒が走ります。


「私の初恋は、君かも知れないねぇ」

「はいぃ?!貴方の恋の炎は消えたばかりですよね?何回初恋をする気ですか?ってか、もしかして毎回初恋なんですか?!」

「嫌だなぁ。いくら私でも、初恋をリセットはしないよ?自分から好きになったのが初めてな、だ・け」


慄然としている僕に、笑みを深めた色気ダダ漏れ男から、追加の爆弾が投下されました。


「初恋は、こじらせると危険らしいよ?よろしくね、キリィ」


あれ?この人、こんな感じだったっけ?

なんだか……


彼 の 煙 が 目 に 沁 み る


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