煙が目に沁みる④
ようやくサブタイトルの理由が出てきます!
僕ならば大丈夫とはどういうことか、含意が気になるといえば気になりますが、答えるつもりなどさらさらなさそうなので、こだわるだけ時間の無駄と割り切ります。
時間、もったいない!
「まー、今回は巡り合わせが悪かったということで。世の中にはごまんと男も女も居まして、男の全てが凪さんではないように、女の全てがゆる子では無いわけですよ」
前触れなく切り出し始めた僕に雅臣さんは驚いたようですが、無言で先を促してくれたので続けます。
「ですから、雅臣さんの女性遍歴は存じませんが、今までの経験を糧に女性を見る目を肥えさせないと、という話で……」
伝わっているかを目で問うと、ちょっと意外そうに紫がかったグレーが見開かれました。
「忘れろ、とは言わないんだね」
ポツリ零された言葉に、反射的に返します。
「忘れるだなんて、もったいない!」
「もったいない?」
会ってから、ずーっとどこか厭世的だったお兄さんが、初めて陰もなくキョトンとしました。
「経験をどぶに捨てて、どうするんですか!リセットしてゼロからスタートばかりしていたら、次の段階に進めずに悪い女に引っ掛かり続けるだけですよ!!」
「次の、段階?」
言葉が飲み込めず、目を瞬かせています。
ずいぶんと陰りが抜けた表情にバリエーションが出てきましたね。良い萌しです!
「楽しむだけの関係から、育む関係へ。経験を積み重ねないと進めないステージです!今まで雅臣さんが付き合った女性たちは、そこに至る為の踏み台にするんです。ゆる子を最後の段にするかは雅臣さん次第!立ち上がれ若人よ、やり直しのきかない人生などないのだ!!」
おおっと、つい興奮して熱が入り過ぎてしまいました。
呆気にとられているお兄さんから、ついにこの質問が飛び出します。
「――――君って、いくつなの?」
「中一です」
自分でも胡散臭いなーと思う笑顔で返しました。
驚きと戸惑いがない交ぜになった混乱も露わなお兄さんは、二十歳前後の青年らしく見えます。
「え?中一……十三、歳……?」
「そうですが、なにか?」
「いや、その……話している内容といい人生観といい、中学生とは、とても、思えなくて……」
もごもごと口の中で濁しています。
「雅臣さんは僕の年齢を疑うのですか?この、いかにも第二次性徴待ちの絶壁と子ども特有の細い手足を見て疑う余地がどこにあるのかを小一時間問い質したいですね」
友人や先輩方には疑われまくっていますがね!主に身長的な理由で。最近では、性別すらも疑惑にまみれていますよ……とほほ。今度、検査に行こうかな。
「良く回る口だねえ……まあ、いいよ。年齢の事は、もう。どうでも良くなった」
「どうでも良いとは失敬です。重要なファクターですよ!アラティーンかアラハタかで全然違ってくるのですから。具体的にはロリコンか、そうでないかです!」
「ロリ、コン?」
僕の熱弁に対して、純粋に驚いた表情をしていますが、それは「心外だ!」って顔ですよね?
「小児性愛・児童性愛とも言い換えれますね」
僕の注釈に腑に落ちたようで、肩を竦めて訂正してきます。
「それは、ペドフィリア、ではないの?」
「そうとも言います」
「それなら、性愛の対象にしなければ、問題ないn」
「細かいことはいいじゃないですか。つまるところ、変態かどうかです」
被せ気味に言い切ると、
「いや、だから……うん。なんだかそれも、どうでも良くなってきたよ」
疲れたように微笑んで肩を竦められました。
「投げやりですねー」
「それより、さっきの説明が聞きたいかな」
今度は僕が、話題転換に着いて行けずにポカンとする番です。
思わずコテンと首を傾げました。
「さっき?」
「『煙が目に沁みて、涙が出る』だったかな?」
「ああ、それですか。歌でね、あるんですよ」
スローテンポのバラードを口ずさみます。
前世で好きな曲だったので英語で歌いましたが、現役大学生には通じたようです。
優秀ですね!
「どこかで聞いたことのある曲だね。そんな歌詞だったんだ」
「そうですよー。今の雅臣さんに、ぴったりかと思いまして」
「恋の炎が消えて煙が目に沁みる、か。そうかも知れないね……あ、ここが私の家だよ」
指し示されたのは、公園か?!と聞きたいくらいに緑溢れる、剣先とバスケットがあしらわれたロートアイアン・フェンスに囲まれた豪奢な洋館。
「私は離れを使わせてもらっているから」
と、裏門(?!)から入って直ぐ脇に、こじんまりとした一軒家がありました。
新緑の間から、チラチラと本宅の三角屋根が見え隠れする距離です。
中へお邪魔すると、キッチンもバスも揃った新婚さんもまっ青な、素敵なお宅を独り占め。
「玉の輿を狙われても、仕方が無いですね」
思わず呟いてしまいました。
お兄さんが苦く笑っています。
「でも、これだけ由緒ありそうなお宅だと、お嫁さんの出自とか色々と細かそうですし、お家を支えるためにとか制約も多そうで、とにかくめんどくさそうですねー」
勧められたソファーに腰掛けて肩をすくめると、雅臣さんの笑いがさらに苦味を増しました。
「出自に関しては問題ないかな。私は、庶子だからね」
冷たいお茶の入ったグラスを差し出して、彼のグレーの瞳が探るように覗いてきます。
※「玉の腰」→「玉の輿」に修正しました。ご指摘ありがとうございます!
※後話、参照で掲載致しました「煙が目に沁みる」の和訳の歌詞ですが、運営側からご指摘を頂き、削除致しました。ご了承下さい。
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