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生まれつき女ですが、なにか?  作者: 周
中学校 編
19/43

煙が目に沁みる③

最後の確認をしましょう。


「気持ちは落ち着きましたか?」

「お陰様で」


ふっと柔らかな表情で微笑む所見ると、本当のようです。

ただ、心の整理が付いたかというのは別なお話なので、ご本人の意思で彼女に決別の言葉を告げない限り、僕からは触れないでおきましょう。

正式な別れが後日になろうとも、決着は必ず付けるのでしょうから。


「顔色も戻ったようですし、では行きますか」

「どこへ?」

「煙が目に沁みて、涙が出そうでしょう?安心して泣ける所へ」

「?」


紫がかったグレーの瞳に、キョトンと見られました。


「あー、最近の人には通じないかー。古いですからねー。ま、あとで説明しますよ。ですから、河岸変えしましょう?」


手を引くと大人しく付いてきました。

僕は『シズカ』さんを見下ろします。


「カップはそのままで失礼しますね。破れ鍋に綴じ蓋。高望みなどせず、自分の身の丈に合った人と末長くお幸せに。お股ゆる子さん」

「最後まで失礼な人ね!あたしの名前は……」

「聞きたくもないから、名乗らなくていいです。じゃ」


名乗りを遮って、部屋を後にしようとしました。

と、手に抵抗があります。

雅臣さんが振り返っているのが分かりました。


「もう、校内で会っても話し掛けないでくれ。シズカ……いや、田村さん。さようなら」


おー。ちゃんとお別れの言葉を言えるまで、落ち着いたようです。

頭弱女つむよわおんなはショックを受けたのか、珍しく絶句しています。

『良くできました』的な顔で見上げると、ちょっと照れたように僕の背を押して追い出そうとしました。

ここでふと、余計なお世話とは知りつつも僕は好奇心に負けて、絶句している女をからかう(決して慰めてはいない)男に問いたくなりました。


「凪さんは、元鞘?」

「元鞘ってぇか、もともと手放す気はねぇよ。相性も良いし」


そう言って、マッチョらしい笑顔で下品な手つきをするではないですか。

そこはスルーさせてもらいました。

お兄さんも眉をしかめて黙り込んでいますし。


ソレ(・・)でいいんですか?」


凪さんにヘッドロックを掛けられている人を指差すと、


「ソレって言うなや。こいつの活きが良いところが気に入ってんだよ。これぐらい逞しくなきゃ、安心して海へ出られねぇ」


海の男(確定)がロックを解き、女の背を叩きました。

少しつんのめったゆる子は、ゴリに喰ってかかります。


「ちょっと、勝手に決めないで!漁師なんて不安定な仕事、お断りよ!」


確かに、活きは良いみたいですね。


「と、言ってますが?」

「まあ、在学中は泳がせるさ。頃合いを見て一本釣りしてやる」


自信満々に笑い飛ばされました。

マグロか?!思っても口にはしませんよ。


「舵取りはしっかりねー」

「おうよ。任せとけ!」

「結婚式には呼ばないで下さいね」

「ははっ。やるかもわかんねぇからな……まぁ、なんだ。今回は、サンキュ」


男らしく声を張り上げていたのが急にトーンを落とし、静かで渋みのある笑みを浮かべるマッチョ。

キーキー言っていたゆるゆる女が、空気を読んだのか口をつぐみます。

てっきり豪快に笑い怒られると思っていた僕は、肩透かしを食らってしまいました。


「はい?」

「おめぇさんが間に入ってくれてよ。正直、助かった」


照れくさそうに礼を述べるゴリ。

似合わないです。似合わないけれど、なかなか味が出てますね。

空気に徹していたお兄さんも、神妙な顔で僕を見ています。


「凪さんや」

「なんだ?」

「あんた、良いおとこだねー」

「当ったりめぇだろ。惚れたか?」

「ははは。ま・さ・か」

「恥ずかしがらなくていいんだぞ、坊主」

「坊主、言うな」


そこで問いたそうな顔をした凪さんは、グッと飲み込み、ニヤリと笑いました。


「――名前は聞かないぞ?」


僕が第三者であり続けようとしていたのを、察してくれたようです。

本当に、良い漢です。


「ありがとうございます。では」

「おう。元気でな」

「凪さんも」


そうして今度こそ、僕と雅臣さんは彼女の部屋を後にしました。



「私に足りないのは、彼のような豪胆さ、なのでしょうね」


自転車を拾い歩き出した時、儚いイメージのお兄さんがポツリ呟きます。


「それはどうでしょう?色々な個性があって良いと僕は思いますよ。正直、男がみんな凪さんになったら、世の中は漁師さんばかりになって経済は回りません」

「はは。そうだね」


力なく笑う彼を横目で見ながら、話題を変える、いや、戻しましょう。


「それはともかくとして。雅臣さんが安心して泣ける場所はどこですか?」

「――私の部屋、かな」

「近いんですか?」

「歩ける距離だね」

「では、そこへ」

「君も?」


不安に揺れるグレーの瞳は、あえかな印象を与えてきます。

なにを恐れているのか分かりませんが、確認は大事ですので、質問に質問で返させてもらいます。


「居ない方が良いですか?」

「いや。君ならば、大丈夫かも知れない」

「どういう意味ですか?」


含みを持たせた言い方に引っかかり訊ねても、曖昧に微笑まれるだけで答えてはもらえませんでした。


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