ご拾得は計画的に③
調べなければならないことは沢山あった。
エクセルをメモ代わりに思い付くまま書き連ね、重要度順に番号を振り並べ替える。
走り書き(入力?)の横に補足を入れたり、検索した関連ページのURLを張り付けたりしてゆく。
日が落ちて暗くなってきたのでリビングの明かりを付けたけれど、コータに起きる気配はなかった。
一段落ついた頃、母が帰宅した。
ずっと窓の外を気にしていたが、ピンクの車は来ていない。
もう一度それを確認してからそっとリビングを抜け出し、いつ見ても神秘的で美しい母を玄関で出迎え、小声でコータのことを手早く説明した。
麗しい顔をキョトンとさせた母の第一声は、なぜか「え、もう?」だった。
笑顔で詳しく聞くと、幼稚園で誠志郎の世話を焼いている僕を見て、いつか弟か妹を拾ってくるんじゃないかと父が心配していたらしい。それを聞いた母は、ありえないとは言い切れないと心積もりしていたという。
少し天然の入っている父らしい突飛な考えだとは思うが、犬猫じゃあるまいし、そうそう拾って来ませんよ。いや、拾ったけれど。
それにしても母さんや、そんなんで納得して良いのかい?
僕が動揺してしまうほどスムーズに話は通り、母はその場で父に連絡を取ってくれた。
目が覚めた時に誰も居ないとコータが不安がるだろうと、母のアメジストの瞳と見交わし、足音を忍ばせてリビングへ移動する。
収集した情報を母に見てもらい、その間に僕は晩御飯の下ごしらえに取りかかることにした。
料理に関しては、年長に上がった頃にお手伝いと称して台所に入った僕が、コントのような奇跡的ウッカリを披露してくれる母を目の当たりにしてから、フォローする形で定着し今に至る。
普段は僕が下処理し母が調理するという流れ作業だが、今日は父が帰ってくる前に母に資料を読んでおいてもらいたいので、仕上げるだけの状態まで済ませるつもりだ。
閑話休題。
あらかた下準備が整った頃、
「だれ?だれっ?!キィコは?キィコ!!」
コータの悲鳴が聞こえた。
慌てて火を止め駆け付ける。
「コータ!」
床に座っている母をブルブル震えながら見ている彼に、視線を遮るように割り込んで近づき、抱きしめる。
「ごめんごめん。大丈夫だよ」
丸まって震える体を撫で擦り、ポンポンと背を叩く。
「あの人は、僕のお母さん。ごめんね、コータ。起きた時に知らない人が居て、びっくりしたね。でも、大丈夫だよ。もう、大丈夫。怖くないよ」
濡れた萌黄色を覗き込んで微笑みながら、言い含める。
「キィコ、の、おかあ、さん?」
浅く短い息が落ち着いてきたので、ソファに座り直すよう促した。
「母さんも、ごめん。僕の考えが足りなかった」
謝ると、気にすることは無いと笑われた。
その笑顔のまま僕に縋りついているコータに目を向け、下からそっと手を伸ばした。
「初めまして、コータ君。驚かせてごめんなさいね。キーちゃんのお母さんです。よろしくね」
「……こーた、です。だいじょぶ、です。よろしく、です」
忙しなく視線を彷徨わせながらのたどたどしい挨拶の後、僕を見て来たので頷いてあげる。
安心したのか薄らと笑顔を作り、母の手を取った。
母は笑みを深め、僕も笑んでコータの頭を撫でる。
和やかな雰囲気の漂ったリビングへ、間抜けなシャッター音が「ポロローン」と響いた。
「父さん、肖像権の侵害で訴えるよ?」
入り口でスマホを掲げている柿色の髪の人を半目で睨みつけたら、何故か隣の体もビクリと跳ねた。
大魔人もかくやの素早さで表情を変え、コータの背を撫でる。
「また、びっくりさせたかな。あの惚けたおじさんは、僕のお父さんだよ」
「惚けたとはひどいなあ、僕のリトル・レディ。美しい画を撮らずにはいられなかっただけだよ。ところで彼がコータ君かな?初めまして、樹里子嬢のお父さんです」
実年齢よりも若く見えるヘラリとした笑顔で近づいた父は、怯えた目で見上げられてハッと気づいて母の隣に座った。
「おっかなかったかな?おじさん、怖くないよー」
榛色を細めた父も、下からゆっくりと右手を差し伸べて来る。
僕と父の手を見比べるコータ。
そのコータの手を取って、導いてあげた。
「はい、握手。ほら、怖くないでしょう?」
父とコータの手を繋げて、その上から両手で覆う。
「お母さんも」
さらに上から母が包んでくれた。
「なんだか、いいねえ。こういうの」
ほっこりとした父の声に、母は少し悲しそうな顔をした。
気配で察したのか父が母の肩を抱き、寄り添う柿色と銀色。
そこは、まあ、夫婦の問題ですから僕は立ち入りませんが、母は僕に弟妹を作ってあげたくてもできない、とだけ言っておこう。
そんな甘くも苦い空気のまま、夕食をリビングにて四人で取った。
食事中も窓外を気にしていたコータが舟を漕ぎ始めたので、ソファに座って膝に抱き上げる。
コータはコアラのように抱き付いてきて、はにかみ笑いはすぐに寝息に変わった。
こんなに小さいコータでも、僕では包みきれない。
僕の手はまだ、あまりにも小さ過ぎるのだ。
子どもの僕では、コータを養うことなんか不可能で。
僕ができる事より、僕にできないことの方が多いのは、当り前で。
なら、できる事を精一杯するだけだ。
形振りなんか、構っていられない。
例え『普通の子』では、いられなくなっても。
それが、無言の叫びに手を差し伸べた、僕の取れる最大限の責任。
寝てもなお四肢から力を緩めない骨ばったコータを体中で受け止めながら、意を決して両親と向き合った。
2014/11/18 文末に樹里子の決意を追加。




