キミと私
彼女―有村 千里は驚いていた。
彼女が彼に声をかけたのは偶然だった。
合格するかどうか、合格するにしても自身の学力ではギリギリだろうという現実。
しかもいっしょに受験した友達はおらず、結果を見るのも怖かった。
彼女は友達が少ないわけではないのだが、受験したのが進学校だったため、友達で同じ高校を受験した者はいなかったのだ。
結果を見るのは怖い、かといって見ない訳にはいかない。
そうこうしているうちに人垣が出来てしまい、見に行っても、他の受験生の頭が邪魔でまったく見えない。
そこで目についたのが、彼だった。
なにをするでもなく、ただ掲示の方を向いている。
結果が分かることに緊張しているわけでもなさそうだが、結果を既に知っているわけでもなさそうだった。
ただ、純粋に興味がなさそうに。
彼はただそこに立っていた。
彼の背は高いというわけではなく、しかし存在感がはっきりしている。そんな立ち姿でぼーっとしていた。
別に怖いわけではなかったが、人相は悪かった。
俗にいう悪人顔である。
そんな彼に話しかけて見ると、ほんの一瞬だけだか、たしかに上から下まで見られたのが分かった。
まぁ、自分が逆の立場だったら同じようにすると思うので驚きはなかったが、別のところに驚いていた。
彼が自分を見たのが、ほとんどわからないほどだったのだ。
「見られているな」とほとんど感じないほどうっすらとしか、見ているという気配がしなかった。
また、異性に見られているというのに、不思議と嫌悪感はなかった。
普段、異性から、特に男性からの視線は邪なものを含んでいるように感じる。含んでいないのは、背景として見られていたり、注視されていない時くらいのものである。
しかし、彼はまっすぐに自分を品定めするかのように見てきた。
それなのに何も感じなかった。
彼女にとって、初めての体験だった。
だが、まだ彼女の驚きは終わらなかった。
彼と話をしていて、自分から話しかけたにもかかわらず、彼女は話すことがすぐになくなってしまった。
しかし彼の話の引き出しは多く、また話の転換が流れるように滑らかだった。
今日の天気、などというありきたりな話題を振ってしまったのだが、
彼は、天気といえば…と、
飛行機雲の仕組みや虹のできる条件、
山の頂上から虹が見えて綺麗だったこと、
山登りは小さい頃によく来ていたこと、
登り方はいくつもあること。
登山と勉強は似ていると思うこと、
登山するシーンの出てくる映画のこと、
その原作のこと、
原作の著者の他の本のこと…。
連想ゲームのようにいくつもの話題をあげ、彼女がついてこれると分かった部分では細かく、そうでないところはざっくりと。
分かりやすい話し方で、心地よく時間は過ぎていった。
気づいた時には、人垣は大分少なくなっていた。
代わりに教科書や体操服などの販売に人の列が出来はじめていたため、二人は結果を見に行くことにした。
結果を知るのが怖かったはずだが、そんな思いはだいぶなくなり、一人ではないということが彼女を安心させていた。
結果は、合格。
嬉しかった。それ以上に安堵した。そしてつい、と彼を見たが、彼は相変わらずの無表情だった。
まさか、不合格、とか…。
そんな考えが頭をよぎったが、聞いてみると合格だという。ならばなぜ嬉しそうではないのか。
たったそれだけの些細なことが、何故か聞けなかった。
理由はわからない。
ただ、なんとなく聞いてはいけないような気がした。