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ライが来た時と同じように、嵐のように去っていく後姿を見送ると、私は溜息を一つ吐く。
「ルナ様、大丈夫ですか?」
「……ありがとう、心配してくれて、ミーナ」
私は、苦笑いしか浮かべることができなかった。
私が落ち込んでいる理由……王との謁見内容を知りたがっているのは、察しがついたが、なかなか切り出せるものではない。
ミーナの母は、私の乳母で、育ての母と称してもいい人物である。
必然的に1つ年上のミーナを、実の姉のように慕って一緒に育った。
ミーナの家は、ブルンデルグ辺境侯だった。
今は、私の専従騎士をしているが、れっきとした貴族令嬢だ。
『所詮、田舎貴族よ』とミーナは言っているが……。
ミーナには、4人の兄がいる。唯一の女の子であるにも関わらず、兄たちに負けたくないと、馬と剣、そして弓矢の稽古に明け暮れていた。
その中に私も紛れ込み、ミーナと一緒に稽古をつけてもらっていた。
辺境候とは即ち、国境の地である。
従って、戦争が始まれば、戦地と化すかもしれない。
そのため、民はもちろん、侯爵自ら剣を取り戦うことになる。
だから、主一家は全員、馬に乗れるし、剣も弓も扱えるように訓練されていた。
王族である私がなぜ、王宮ではなくその辺境地で育てられたかというと、生まれた時にあまりの虚弱さに都会では生きられない。空気のきれいな田舎の方が良いということで、預けられたらしい。
その時に、田舎にあって、尚且つ貴族の屋敷、乳母として白羽の矢が立ったのがミーナの母、ユリアだったわけだ。
私は、10歳まで辺境候で育った。その間、気候のいい時期だけ、王宮で暮らしたりもしたが、殆どの時を、ミーナたち家族と過ごした。
生まれた時は、虚弱体質だったらしいが、物心ついてから、寝込んだ記憶などない。
唯一、ミーナの一番下の兄、ロイに『特訓』と称して川に突き落とされた時、風邪をひいたくらいか……?
あの時は、ミーナの父、辺境侯爵の怖かったこと……。
ロイはこってり絞られていた。
私は、皆に心配されて、ちやほや甘やかされて、嬉しかったのを覚えている。
王宮では、窮屈な生活が待っていた。
救いは、あの双子の兄の存在だった。
チャランポランな振りをして、私を守ろうとしてくれている。
ライがいなかったら、とっくに王宮から逃げ出していただろう。
でも、今回の婚姻は、いくら王の命令でも許せない。
幸せな家族をぶち壊しかねない。
果ては、この国を戦争へと導かねないではないか。
私は、辺境の地で育ったこともあり、父王が思っているよりもずっと、諸外国の国政には詳しい。
だから、納得できない。
「ミーナ……人払いを」
「とっくに、していますよ」
「さすが……ね」
ミーナへ向かって、極上の笑みを浮かべる。
「勿論!」
ミーナも私に向かって、笑みを返してくれる。
「ミーナ、私、決めたわ!」
「ついていきますよ、どこまでも!」
「まだ、何にも言っていないのに……」
少し呆れ気味に言ってしまう。
「ルナは、私の妹同然。そして、私の唯一無二の主。騎士の誓いを立てた相手よ?どこまでもついていきますからね! 置いていこうなんて思わないことね!」
「……ありがとう」
「それで、どこへ行かれるのですか?」
「……ヴィルヘルム王国よ」