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私は、一度、中庭に出たものの、なかなか一人になることはできず……。
それもそのはず。致し方ないこと。王女なのだから、護衛やら侍女らがぞろぞろと私の後をついてくるのだから。
結局一人になるためには、自室へ戻る他なかった。
物心ついた頃から、お父様のイメージは、『ライには優しくて、私には厳しい人』だった。
悲しいけど、私のことが『嫌い』なんだろうな……。いや、『憎い』のか……?
いつも、私の姿が目に映らないようにしているとしか、思えない仕草をする。
先程も、私の方に顔を向けていながら、目は合わなかった。
つまり、顔を見てもくれなかったのだ。
公の行事でも同じく、たまたま目が合っても、すぐに逸らされてしまう。
ライの姿を目にした時には、嬉しそうに輝く瞳も、私のそれを捉えた時には、苦渋に満ちた、何とも表現しがたい表情をされる。
姿形は、相似していても、男のライは良くて、私が駄目な理由は何……?
どうして嫌われているのかわからない。
わからなければ、治しようがないではないか!
私も、男の子に生まれれば、お父様に受け入れてもらえたのかな?
私だって、男の子のように馬にも乗れるし、剣も、弓も負けないのに。
そのことを、お父様は、知らないでしょう?
私のこと、何にも知ろうとしないのはなぜ?
ライのことは、好きな花、好きな食べ物、好きな友だち・女の子……何でも知りたがるくせに!
王の娘なのだから、政略結婚は仕方がないと思っていたけれど……。
『親は子どもの幸せを願うもの』
そんなの嘘!
お父様が幸せを願うのはライだけ。
私のことは、どうでもいいんだ!
でなければ。ヴァンデル国との婚姻話がでるはずがない。
レオンハート王子といえば、私よりも20歳は上のはず。
しかも、側室を認めている国にも関わらず、正妃一人を愛しぬくと公言し、既にあった後宮を解散させてしまった、という程の徹底ぶり。
そんな処へ本当に嫁いで、幸せになれるはずがない。
というよりも、今ある幸せを私がぶち壊すことになるじゃない!?
周りをシャットアウトして考え事をしていたのだが、扉の外側のあまりの騒々しさに眉を潜める。
私がジッと扉を見つめていると、ノックも何もなく、いきなり開いた。
そこから出てきたのは、兄、ライオネル・ソール・ラインストーン王子だった。
「おにぃ……」
「ルナッ、本当かい? お嫁になんか、行かないでぇ~!」
オイオイと泣きながらギュッと抱き付いてきた。
しかし、そんなことは日常茶飯事なため、私も慣れたもの。捕まった腕からすり抜けて、途中で遮られてしまった自分の言葉を言い直すべく、息を吸い込む。
「お兄様! 妹とはいえ、レディの部屋へ来られるのですから、先触れを出してくださいませ! ノックすらも省くとは何事ですか! 私の侍女たちに謝って下さい。ほらっ、あそこでオロオロして困っているではありませんか!」
「何で逃げるの、ルナ? お兄ちゃんは悲しいよぉ~」
「泣き真似をしても無駄です。それに……」
一度言葉を切り、侍女たちに向かって、皆下がるように頷いて合図する。
室内に、兄と二人気になったのを確認してから、再度口を開いた。
「それに、お馬鹿のフリをするのも、もう辞めてくださいませ」
「えっ、何のこと?」
「とぼけても無駄です。私は、知っているのですから。それに、お父様のことは、お兄様のせいではないと以前にも申し上げたではないですか。お兄様が道化を演じても、お父様の態度は変わらなかったでしょう?」
「ホント、何を言っているのか、わからないよ。そんなことより、ルナの結婚! 本当なの?」
お兄様、話題をすり替えたわね?
眼に涙を浮かべて見せる演技は、表彰ものだと思う。
「仕方ないわね……ええ、結婚の話は、本当です。ですが、お相手が……」
私は、自分が先程まで考えていたことを兄王子に話した。
「うーん……確かに、婚姻を結ぼうとする国ではないような……。政治的な意味でも、わざわざルナを嫁がせるメリットがない。そこまで、懇意にしたい国でもないし……。それとも、何か懇意にしたい理由でもあるのか? それよりは、北のヴィルヘルム王国の方が……」
独り言のようにブツブツ呟いていた途中でハッとしてライは口を閉じてしまった。
私は、ふふっと笑みを零していた。
「何を隠したかったのですか、ライお兄様? 私はもう、知っていると申したでしょう? 貴方が、本当の力を隠していることも、そして、政治的なことも……それにしても、やはり、そうでしたか……我が国にとって、ヴィルヘルムの方が……」
最後の方は、小さく呟いたため、ライの耳には届かなかったようだ。
「えっ、何? 最後の方、聞こえなかった」
「いいえ、何でもありません。それよりも、お兄様なら、知っているのでしょう? 私への婚姻の申し込みがあったのは、どなたからだったのか。それとも、お一人として、私を望んで下さる殿方は、いらっしゃらなかったのでしょうか……やっぱり、私のようなみっともない姿形の女では、魅力がない」
眼を伏せて、涙まで浮かべて見せる。
すると、焦ったような声で、ライが手を横に振って否定の言葉を口にする。
「わ、わ、泣かないで、ルナ! そんなわけないじゃないかっ! ルナの容姿は、僕とそっくりなんだよ? 自信もっていいに決まっているじゃあないか!」
「でも、私の髪は、お兄様のような輝くような金髪でも、綺麗な琥珀色の瞳でもありませんし」
「何を言っているんだ? ルナの髪は、ストロベリーブロンドで艶やかで、思わず触りたくなるし、瞳の色は銀色で、この世界中探してもないほどの珍しい色を纏っているじゃないか! 僕の自慢の妹だよ! だから、まだ、誰にもお嫁になんかやらないよ」
「王の命令ですから」
「ふんっ! そんなの、僕が父様に頼んでぶっ潰すに決まっているじゃあないか! 大丈夫だよ、ルナ。安心して待っていてね!」