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紅月は女神の祈り  作者: 中原まなみ
第七章:『Dear my best friend――約束の手紙』
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2

「で、さ。それってどういう意味よ?」

 いまだ意気揚揚と、一人で語り続けているロジスタからあっさりと視線をはずすと、軽い口調でアンジェラが言って来た。

「いや……放っておくんですか、あの人」

「何で付き合わなきゃいけないのよ?」

「この場合って突っ込むのが礼儀なんじゃ……」

「放っておくのが思いやりよ、エリス」

 さらりと告げると、アンジェラは肩口にかかった自らの髪を指先で弾いて、

「――で、なんで?」

「なにがだい?」

 首を傾げるゲイルに、一度アンジェラは顔をしかめてみせた。自らの分のティーカップをゲイルに押し付け、憮然とした表情のまま告げる。

「彼が言ってた事よ。有名って何よ」

「……さあ」

 両手の中の二つのカップを見下ろしながら、ゲイルが困ったように笑顔を傾けた。ミユナが膝を抱え、嘆息を漏らす。

「ま、ようするに人の口に戸は立てられないってことだろ」

 エリスはため息をついて、顔を天井に向けた。天窓から、星がいくつか見える。

「なんか複雑」

「気にする必要はない」

 淡白なドゥールの言葉に、曖昧にうなずく。

 と、今まで――この会話をしている間もずっと――語りつづけていたロジスタの声が聞こえなくなっていたことに気付き、エリスたちは会話を止めた。

 立ち上がっていたロジスタを、座ったまま見上げる。拳を握り締め、天窓から空を見据えるその瞳は、何か輝かしい宝物を見つけた子供のような光を宿していたが、そのまま微動だにもしていない。

「……ロ、ロジスタくん?」

 声をかけてから、数秒の間があった。と、いきなり息を呑んで、彼が振り向いてくる。

「ごっ、ごめんなさい! 僕、四竜の研究をしてまして……それでその、こういう話だと、つい」

「いや別にいいんですが。って……四竜の研究?」

 その言葉に、エリスは目をしばたかせた。ロジスタは一瞬眉を下げたが、すぐに苦笑を浮かべ、

「ええっと、まぁ……あなた方に隠したところで意味はありませんよね。僕、とある賢者さまの弟子というか……それで、個人的に四竜を研究しているんです。四竜と言うか、正確には主に黒竜を、ですけれど」

 その言葉に、エリスたちは思わず顔を見合わせた。ジークが、皮肉に笑みを浮かべながら頭をかいている。

「つーことは、俺の勘もそう的外れじゃねえってことか」

「そう、ですね。正確には、この村にはいません。ここから少し離れた遺跡です――というか、そこからいける場所、です」

「は?」

 意味深な言葉に眉根を寄せてロジスタの顔をみる。ロジスタはにこっと笑うと、いつのまにか手にしていた本を掲げて告げた。

「村はずれに黒竜遺跡があります。そこから、転移装置でいくんですよ」



 アンジェラは筆を置くと、ほうと大きく息をついた。

 女性用にあてがわれたゲルには、エリスとミユナ、あとはロジスタの母親と言う中年の女性が眠っている。男たちは、隣のゲルだ。

 光量を落とした魔導の灯火の下で、アンジェラは微かな笑みを浮かべた。そのまま、魔導の光を消す。

 眠っている他の面子を起こさないように、そっと外へ出る。

 ゲルの外は、星空が広がっていた。

 遮るもののない草原の中、全方位に星が瞬いている。思わず息を呑み、アンジェラは立ち尽くしていた。

 満天の星空、とは実際こういうものを称するのだろう。星々の中に抱かれているかのような感覚。偶然にも新月だったためか、星の瞬きを邪魔するものもない。

 アンジェラはすっとまぶたを下ろし顔を上げた。風の吹く音が聞こえる。

 他には何の音も聞こえない。ただ、じっと立ち尽くす。

 風がやんだ。耳を澄ませる。

 ――シャラシャラと、何かが囁く音が聞こえた。

 目を開けて飛び込んでくるのは、幾千粒もの星屑だ。今の音は、星の音なのだろうか。

 聞こえないはずの音が聞こえる。見えないはずの未来もまた、見える。

 それが真実かどうかは、別としても。

 アンジェラはゆっくりと歩を進めた。少し前から、その人物がそこにいることは気付いていた。

 数歩手前で足を止め、声をかける。

「何してるのよ、ドゥール」

 立ち尽くし、空を見上げていたドゥールはゆっくりとこちらを振りかえってきた。

「お前こそ、まだ起きていたのか」

「それはお互い様でしょ」

 ドゥールはただ空を見上げた。

 静かな草原に、星が降らんばかりに瞬きを落としている。

「私は」

 気付くと、アンジェラの唇はゆっくりと言葉を紡いでいた。

「エリスは星みたいなものだと思ってる」

「……いきなりなんだ?」

「知らないわよ。自分でも何言ってんだか良く判んないわ」

 アンジェラは髪を風になびかせ、星を見上げた。

「ただ、そう思うのよ。小さいけれど、自分で輝こうとしてる。でも、それを邪魔するものが多すぎるのよ」

「月前の星、か」

 ドゥールの言葉に、無言の肯定を示す。大勢の前には影が薄くなるという意味のことわざだ。月明かりのもとでは、星の輝きも薄れてしまうことを意味するところから来ているらしい。

「だったら、私は闇になってもいいわ。月を覆い隠してやるの。星が、何よりも輝けるように」

「アンジェラ?」

「貴方も同じよね」

 アンジェラは言い切ると、言葉を切ってドゥールを見据えた。

 目の中に、微かな光がある。

「でも、私は私の星を隠す闇は、認めないわ」

 ドゥールは、しばらくこちらを見据えた後視線をそらした。

「馬鹿な寝言は、ゲルの中で眠ってから言うんだな」

「そうね、そうするわ」

 それには答えず歩き出したドゥールは、数歩行ってからこちらを振り向いてきた。

「――月のむら雲、花に風。星もまた、同じだ」

 その言葉に、アンジェラは目を閉じた。ドゥールの気配が遠ざかっていく。

 美しき月には雲がかかり、咲く花には風が吹き付ける。世の中は、障害だらけだと、そう言う意味の言葉。

 ゆっくりと、アンジェラは目を開けた。瞼の裏の闇を溶かす、星の煌き。

 アンジェラはただ、それをじっと見上げつづけていた。



「遺跡には、鍵言葉で開く扉が多くあります」

「鍵言葉?」

 馬の調整をしつつ、エリスは首をかしげた。これから黒竜遺跡へと向かうことになっているのだ。

「鍵言葉って何?」

「そのままです。鍵となる言葉。その言葉を唱えないと開かないってことです」

 ロジスタもまた馬の背にいくつか資料を積み上げながら答えてくる。エリスは感嘆した声をあげた。

「魔導って、何でも出来るんだね」

「うーん、ちょっと誤解があるんじゃないかな」

 すでに馬上にいたゲイルが、困ったように見下ろしてくる。馬に乗りなれていない彼は、先に軽く練習していたらしい。ジークが講師をしていたらしいが、全くもって、何故こうもいろいろ出来るのか不思議ではある。

「誤解?」

「魔導、ってひとくくりに言っちゃう風習が悪いんだろうけどね。ロジスタくんの言っているそれは、一般的ではないからさ」

「……えーと、魔法、ってこと?」

 背の低い馬にまたがり、感触を確かめる。フマーネン馬は、一般的な馬よりも小柄で従順だと言う。実際、エリスが乗ってもなんの驚きも示していない。

 乗り心地を確かめながら、ぼんやりと思い出す。

 確か、一般的にアンジェラが使う『法技』と、ゲイルたちの使う特殊能力は『魔法』と分けられていたはずだ。同じ『魔導』でも種類が違うと言う。

 鍵言葉はその一種なのだろう、と思ったのだが、それもまた否定された。

「鍵言葉なんて、失われた古代の魔術じゃない」

「へ?」

 ゲルから出て来たアンジェラが、軽い口調でそう告げた。

 そのまま、ロジスタの方に歩いていく。

「そうでしょ?」

「そうですね」

 頷いたロジスタに笑みを向け、アンジェラは少年に何かを囁いた。

 僅かな沈黙の後、ロジスタの顔に一瞬困惑と疑問が浮き上がる。

 遠すぎて聞こえなかったエリスは、馬上からアンジェラに声を投げた。

「ちょっと、何話してんの?」

「あんたの悪口」

「はぁ?」

「エリスって馬鹿よねーって」

 言いながら、アンジェラはこちらに歩いてきた。視線をロジスタにも投げると、彼は困惑したままような笑みを浮かべ、ポシェットをいじっていた。

「エリス、乗せて」

 こちらのすぐ傍に来ると、アンジェラは手を差し出してきた。小さい馬に二人乗りはどうなのだろうかと思ったが、アンジェラは馬を操る術を全く会得していなかったことに気付き、仕方なしに引き上げた。

 エリスの後ろに座ったアンジェラは、くすりと小さく笑みを漏らした。

「ちょっと勉強したほうがいいんじゃない? エリス。魔導も四つに分けられるのよ。大きく分けて、だけどね」

「……一般的な法技と、魔女や特殊能力者の使う魔法、じゃないの?」

「それにプラスして覚えなさい。神々が使うのは『神技(しんぎ』。それから、古代には法技はなくて、その代わりにあったとされるのが『魔術』よ」

「そういうことです」

 ロジスタが笑顔で肯定してくる。

「強さ的には、神々の使う『神技』、そして特殊能力者の使う『魔法』、古代の『魔術』、一番力が低いのが、今現在一般的に使用されている『法技』になります。魔導とはその四つをまとめて言う総称なんです」

「……ややこしい」

「単純じゃない、馬鹿ね」

 後ろからアンジェラに軽く小突かれる。と、ゲルからドゥールとミユナがゆっくりと出て来る。

「お、遅かったな。すぐ行くぜ?」

「ああ」

 ジークの声に、ドゥールは淡白に頷き手近な馬にまたがった。

 しかし、ミユナが動かなかった。

「どしたのミユナ? 馬、乗れない?」

「いや……」

 視線を躊躇いがちに揺らした後、ミユナは一瞬だけ視線をドゥールに投げた。エリスはそれにつられるようにドゥールを見て、首をかしげる。

「何?」

「知らん」

 ドゥールは淡白に言い切った。ミユナに視線を戻すと、何か苦虫でも噛み潰したかのような顔をしている。

「どうしたのよ、ミユナ」

「あたしは……今回は行かない」

 その言葉に、エリスは思わず目を見開いていた。

「な、何行ってんのミユナ? 四竜だよ? ご両親のこと、知りたいから会うって……」

「そうよ、どうかしたの?」

 アンジェラも疑問符をミユナに投げる。躊躇い、視線を落としているミユナに、淡白な声がかけられた。

「馬鹿なことを言っていないで、早く馬に乗れ」

「……ドゥール」

 ミユナが、低く声を漏らす。その混じりあう視線がきついものだと感じたのは、エリスだけではなかったようで、背後にいるアンジェラが囁いてくる。

「ねぇ、エリス。あの二人なんかあったの?」

「さぁ……」

 軽く首をふる。ドゥールはこちらの行動には気付かない様子で続けた。

「時間はそうないんだ。お前は両親のことが知りたいんだろう。『全員』で行かなければ意味がない」

「……」

 くっと唇を噛んだミユナが黙考したのは、数秒だけだった。すぐに身を翻し、馬にまたがる。

「何があったか知らんが、困った姫さんだな」

 ジークの苦笑に、ミユナは何も答えなかった。



 黒竜遺跡へと向かう道中は、決して楽なものではなかった。

 初夏の青空と、どこまでも広がる草原と、ただそれだけを切って見れば、馬上の旅というのはこれ以上適したものでもないだろう。

 だが、獣の凶悪化は道のりを険しくするのに充分だった。

 飼いならされている家畜以外の、野生の馬や野犬も昼間からこの大人数なのに襲い掛かってくる。明らかに常識を逸した動物たちの行為に、遺跡へと辿りついたときには息が切れていた。道案内のロジスタは、全く身を守る術を知らないのだからなおさらだった。

「ここが黒竜遺跡です」

 ロジスタがそう言って示した建築物に、エリスたちは息を呑んでいた。

 馬を降り、ただ眺める。

 巨大な建築物は、古代にどうやって立てたのか疑問に思うほど縦に長く、細かい岩で出来ているであろうにもかかわらず、継ぎ目らしきものが判らない。

 主となるであろうその少しねじれた塔の前には、岩で作られた門があり、門をぬけるとすぐ左右には微笑を浮かべた石像が並んであった。――ただしその石像は、どれも全て顔だけだ。全身ではなく、巨大な顔がただ微笑んでいる。

 ロジスタを先頭にして、ゆっくりと進んでいく。

 修復はそれなりにされているのだろうが、しかしやはり傷みは隠せなかった。

 左右に並ぶ石像は損傷を如実に表しており、顔が半分ないものもあった。

「今現在、遺跡とされるものには二種類あることをご存知ですか?」

 前を歩くロジスタの言葉に、エリスは顔をしかめた。

「あたし、あまりそういったことには詳しくなくて」

「あ、そうなんですか。二種類、あるんですよ。この世界の神話はご存知ですか?」

「神話……創造主ディスティが、世界に夜明けをもたらせた、って奴ですか?」

「そのもう少し先です」

 ロジスタの言葉に、助けを求めて振り返る。ジークが苦笑を貼り付けたまま引き受けてくれた。

「あれかい? 全大陸<ヒュージ>か?」

「それです」

 ロジスタは満足そうに頷く。

 エリスは納得して頭を縦に振った。

「それなら知ってる。元々世界には全大陸<ヒュージ>しかなくて、でも創造主ディスティがなんか怒っちゃって大陸を四つに分断した。それが今ある、ラフィス、ユアファース、パンドラ、ルナ、の四大陸だ――ってやつだっけ」

「ちゃんと覚えたじゃない。ちなみに、その<ヒュージ>時代を旧暦、今を新暦って言うのよ」

 アンジェラの褒め言葉に、何故か素直には嬉しいと思えず半眼になる。ロジスタはそんなこちらの事情は関係なく話を進めた。

「先ほど話してました魔術、はその全大陸<ヒュージ>時代――旧暦時に使用されていたものなんです。ですから、今はすでに失われている」

「え? さっき、この遺跡は鍵言葉がいるっていってたじゃないですか。それって、魔術なんでしょ?」

「ええ。つまり、それが答えですよ」

 ロジスタは言って足を止めた。扉の前にたどり着いたのだ。

 両開きの大きな扉。口を開いた黒竜のオブジェが上部についている。扉には、よく判らない模様が刻まれていた。――いや、文字なのだろうか。

「古代文字だね」

 ゲイルがそれを見て呟いた。

「はい。全大陸<ヒュージ>時代に使用されていた言語――といっても、今現在僕たちが使っているのとほとんど変わらないそうですが。話言葉は。ただ書き言葉としては大きく違うだけで」

「えーと、ごめん。ちょっと判んないんですけど」

 バンダナ越しに頭をかくと、アンジェラが苦笑をよこしてきた。

「つまり。遺跡には二種類ある。旧暦時代のものと、新暦に入ってからのもの。<ヒュージ>時代のものと、ルナ大陸になってからのものってことよ」

 扉の文字をじっと眺めていたロジスタは、低く呟いた。

「――汝は汚れ無き夢を見る。我は一時の夢を見る。我らの前にその夢路を開かん事を」

 どこかで、何かが外れる音がした。

 ロジスタが、ゆっくりと扉を押す。鈍い音を立てて、扉は左右に開かれた。ふわりと魔導の無機質な光が、遺跡内に灯っていく。

 その光景を悠然と眺め、ロジスタは微笑をもって言葉を口にした。

「研究通りです。さあ、先に進みましょう。ここが、全大陸<ヒュージ>時代の遺物、黒竜遺跡です」


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