お茶会1
ここで やっと記憶喪失の侍女の存在がちゃんと明らかに
名前の由来は、彼女の胸の痣です。
「<ローズ>………この頃 王宮にも慣れてきたかしら?
貴女がわたくしの侍女になってから 大分経ったけれど」
ミリアムは、紅茶を啜りながら 全員分のコップに飲み物を注いでいる少女に声を掛けた。
皆は、少し大きめのテーブルに腰を下ろし 侍女達もこの時ばかりは、少し質素な椅子を持参して このお茶会に参加している。
毎回お茶を披露するホステスは、前もって自らのセンスを生かし 客に安らぎを与えること。
これが、このお茶会の絶対のルールだ。
今日のホステス役は、侍女の中で新米の黒髪の少女;<ローズ>。
彼女は、数週間前に突如現れ 意識を数週間も戻らず 目が覚めた時には、全ての記憶を失ってしまっていた。
治療に当たった医者の話によれば 胸の心臓のある部位には薔薇を象った痣が。
名前が無ければ 呼ぶのも大変だということで 今現在 <ローズ>と呼ばれている。
侍女として他の使用人達に紹介された時は、色々と疑われることも多かったが 今では、他の皆から可愛がられる存在に。
それは、王宮で働く最年少だからかもしれない。
記憶を失っている為に 実年齢は、定かではないにしても 見た目は、13・4歳なのだから。
「大丈夫です、ミリアム様ッ!
最初は、失敗も多かったかもしれませんけど この頃は、ルチアさんに叱られるのも減ってきたんですよ?
以前は、10分間に4・5回失敗していましたけど 今は、1時間に2・3回くらいに減りましたから」
「あら 油断は、大敵よ?
わたくし何か………子供の頃から 今と変わらないくらい説教されてばかりだったのだから。
特に お兄様と一緒に街に押し入ってきた盗賊を追っ払ったのは、拙かったかもしれないけれどね?」
それを聞いて <ローズ>は、驚いたように目を大きく見開く。
「ミリアム様は、本当に子供の頃から今と同じだったんですね?
わたしが侍女になる前にも 他の方々の反対を押し切って 自ら軍を引いて、討伐なさったそうじゃありませんか」
その発言に 聞いている皆は、苦笑気味。
侍女仲間達は、どうしたらいいのかわかっていないが 王とそのお付の面々は、完全に完全に笑ってしまっていた。
ただ笑っていないのは、言われた当の本人だけ。
「<ローズ>………貴女、言うようになったわね?」
少し拗ねた顔は、年上なのに 可愛いと思ってしまうほど。
「ミリアム様に侍女にして頂いて 心より感謝しております。
それから 陛下の心遣いにも。
お2人のお陰で わたしは、今の日々がとても充実しているのです」
満面の笑みを浮かべて話す<ローズ>に 王と王妃は、嬉しそうに顔を見合わせる。
「それなら いいのだけど………?
シャーリーに聞いたけれど 宰相に嫌がらせされたんでしょう?」
ミリアムの言葉に 陛下の向かい側に座っている眼鏡を掛けた長身の男が、咳払いを1つ。
彼は、陛下の懐剣とも呼ぶべき存在らしい。
名前は、宰相の名を引き継いだ時点で 後継ぎとなるべき生まれたばかりの息子に与えたとか。
滅多に笑わない方だから ちょっと睨みを効かされると 陛下でも言葉を失ってしまうほど。
ただ奥さんで ミリアム様の侍女をしている愛らしいリーンさんと幼少の頃から知っているルチアさんには、効かないらしいけど。
後 陛下の騎士様も 待ったく気にせずに、スルーするはず。
「滅相も在りませんッ!
宰相閣下は、迷いそうになっていたわたしを、案内して下さったんですよ。
その後は、ご子息のネオ坊ちゃまのお相手を休憩時間にさせて頂いたんです」
<ローズ>は、嬉しそうに 最後に自分用の紅茶を飲む。
「本当に助かっているんですよ?
<ローズ>は、働き者だし………うちの子供達ととっても仲が良いんです。
悪戯三昧のネオが、あんなにも懐いているだなんて………素晴らしい事です」
ちゃっかり宰相閣下の隣りに座って和んでいるのは、奥方のリーンさん。
外見は、とっても可愛らしいお人形さんだけど 怒るとルチアさんに冷や汗を出させてしまうらしい。
<ローズ>が王宮で捕まっていた頃は、産後休暇で暇を貰っていたらしく 少しして復帰した。
まだ仕事に慣れずに 泣いてばかりいた<ローズ>の良き相談相手でもある。
その隣りに座っているのは、シャーリーさん。
最初2人が並んだ時は、双子かと思っていたけれど シャーリーさんとリーンさんは、従姉妹同士らしい。
プラチナブロンドのシャーリーと違って リーンは、綺麗な金髪の持ち主。
「侍女として慣れてきた事は、良いかもしれませんけど 記憶の方は、全く戻らないの?」
シャーリーは、優雅に紅茶を飲むと テーブルの上に静かに置く。
その言葉に <ローズ>は、申し訳なさそうに首を振った。
「ナディア様にも 顔を合わせますと 同じように聞かれるんですけどね?
それに わたしとしては、気になることがあって………」
その発言に 陛下に剣の誓いを立てている女騎士のコーネリア様は、眉間に皺を寄せる。
「そういえば殿下がおっしゃられていましたね?
痣が、日に日に濃くなってきていると………」
その話を聞いて ミリアムも陛下も、心配そうな表情になった。
「大丈夫ですよッ!
痣が濃くなるのは、ちょっと気になりますけど………体調が悪くなっているわけでもないんですから」
<ローズ>は、自身あり気に胸を思い切り叩く。
けれど あまり強く叩きすぎたのか 思い切り咽込んだ。