疑惑1
最初に違和感を感じたのは、幼いコルネオだった。
口では、上手く説明できないが 何かがおかしい。
「ねぇ………ぜったいに おかしいよ?」
コルネオは、懸命に母のリーンに訴える。
「いつものロッテじゃない。
なんだか おかしいんだよ?」
涙目になりながら話す我が子に 母は、戸惑いを隠せない。
そして 苦渋な中で考えた末 他の侍女達に相談もせず 罠を張る事に。
これは、危険な賭けかもしれない。
だが 我が子の直感を鵜呑みに出来ないのだ。
決して、自分の子供に対する贔屓ではなく その能力を知っているからこその行動。
「シャルロッテ………ちょっと、いいかしら?」
不自然にならないように声を掛けると シャルロッテは、すぐに足を止めて 振り返った。
普段ならば 見て見ぬフリをしなければならない立場。
顔見知りだということを、他の使用人達に知られるわけにはいかないのだから。
けれど 今は、そんな形振りを考える事も無い。
周りのシャルロッテと一緒に仕事をしていた侍女達は、ちょっと驚きを隠せていないのも無理も無いだろう。
自分達の憧れとも言うべき王妃付きの侍女に声を掛けられているのだから。
「お仕事中にごめんなさいね?
彼女に、少し お話したい事があるの。
悪いけれど 代わりにシャルロッテの仕事もこなしてくれるかしら?」
リーンは、営業スマイルとも言うべき微笑を向けて 彼女達を遠ざける。
これをすれば 大概の者達は、思考が停止して 言うがままになってくれるのだ。
そして、その言葉通り シャルロッテと一緒にいた子達は、
「ええ そうね?
何か………あったの?」
旗から見れば コルネオが言ったように 違和感があるようには思えない。
けれど 何かがおかしく思える。
「イリア様からは、何も聞いていないけど?
もしかして さっき………出払っている間に、変更事項でもした?」
その問いかけに リーンは、ニッコリと微笑んだ。
「いつもいつも、変更になっているから パニックしなるかもしれないけどね?
だけど………イリア様もそうだけど 私達も 彼方の事を信頼しているわ?
誰よりも 危険を承知で任務を随行しているんですもの」
「お世辞はいいよ。
それで………?
何が変更になったの?」
どこか痺れを切らしている様子に リーンは、少し言葉を選ぶ事に。
「隣国が不穏な動きをしているという事は、彼方も聞いているでしょう?
それに先立って 陛下達が出陣する事になったということも」
「まぁ………知っているね?
戦える騎士や兵士達は、出払ってしまうんだから………王宮内は、潜入している<影>やリーン達のような護衛が力を発揮するんだもん。
特に 今回は、陛下の真名をお守りしている王妃様だけでなく 来賓のセレディー皇子もいるしね?」
「セレディー皇子は、トッドが命を賭けて守るはずよ。
それが、主に忠誠を誓った騎士の定めなんですもの」
真剣な表情を浮かべている侍女の様子に 少女のような顔立ちの<影>の一員は、ただ黙り込んでいるだけ。
「勿論 それは、騎士だけでなく 彼方や私達も同じね?
与えられた事をこなすんですもの。
まぁ………失敗してしまう事もあるわ?
だって 人間なんだしね?」
シャルロッテは、目の前で語っているリーンを見つめた。
心の中では、彼女の真意が読めない。
だが なぜだか………焦りを隠せない自分がここにいる。
見据えてきている瞳は、言い逃れを許してくれないだろう。
これが 数年に渡り 王妃を守ってきた者の強みなのかもしれない。
元々は、自分と同じ刺客に成り下がった者の血筋のはずなのに………。
リーンは、自分に向けられている殺気に 確信を持った。
―― やはり ネオの勘は正しかったみたいね? ――
「彼方………何者?
本物のシャルロッテは、どこにいるの?」
その言葉を受けて シャルロッテは、クスクスと笑う。
リーンは、その反応に 眉根を寄せる。
「何がおかしいのかしら?
彼方が偽者なのだとしたら 本物は、どこかにいるはずでしょう?
そんなに似ているとういう事は、血筋?
イリア様から 国内で老師が目撃されたという話を聞いているわ?
シャルロッテは、その話を聞いて 自分から確かめに向かった。
そして 彼方は戻ってきたわね?」
「驚いた。
バレないと思っていたのに まさか………こんな早い段階で知られてしまうだなんて。
老師の話していた通り この国の王は、思っていたよりも頭がキレるみたいだ。
周りの国じゃ この国が生き残っているのは、運がいいだけって話しだけど………実は、王やその周りの臣下達がよく動いているからってことだね?
やっぱり 潰すには、周りからすべきなのかもしれない」
シャルロッテに成り済ましていた者の発言に 王妃付き侍女は、息を呑んだ。
その口調からは、焦りが全く見られない。
この状況は、自分にとって不利だとも思っていないのだろう。
「忘れているようだけど 潜入しているのは、1人じゃない。
じゃないと あの<ローズ>とかいう侍女を襲えないからね?
まぁ………本来の目的からは、ズレてしまったけれど 計画に支障は無いの」
言葉に反論する前に リーンの意識は、何かに引っ張られてしまった。
それが何なのかを自覚した時には、時既におそく 意識を保つ事は出来ない。
背後に立っていた人物に気が付けなかった自分に苦虫を噛むような表情を浮かべて そのままその場に崩れ込んだ。
※~※~※~※~
「………は?!
リーンが家に戻ってこない?」
<ローズ>の眠る部屋の前で寝ずの番をしていた宰相は、息子が泣きながら抱きついてきた事で 驚きを隠せなかった。
その背後には、心配で堪らないという シャーリーが立ち尽くしている。
「最後に見たのは、シャルロッテらしいの。
それで 少し話してから別れたそうなんだけど………その後、誰にも姿を見られていないわ。
イリア様にも話を通してきたところなんだけど 王宮内に気配を感じられないって」
普段は見られないほど困惑している侍女に 宰相は、唇を噛む。
それだけ 状況が悪いという事なのだから。
「陛下とミリアム様には、あまりご心配を掛けるわけにも行かないから まだお話していないの。
でも 貴方には、まず先に知らせるべきだと思って………」
「ええ 教えていただいて感謝しよう。
だが それでも………状況は変わらない。
それで リーンは、何かに巻き込まれたと判断すべきなのかもしれないな」
男は、眼鏡を拭きながら 呟いた。
この仕草は、焦っている証拠だ。
「ネオの話だと………シャルロッテがおかしいそうなんだけど。
でも 私は、そんな違和感を感じなかった。
もしそうだとしても………イリア様が気が付かないはずがないしね?
けど………リーンは、ネオの勘を信じて行動を起こしたのかもしれない」
「つまり その起こした行動で、相手側にとって何か不利な事隣 連れ浚われた可能性があると?」
宰相の言葉に シャーリーは、小さく頷く。
その反応に 男は、綺麗な顔を歪める。
「あの馬鹿ッ!
いつになったら 学習能力が養われる?!
ミリアム様もミリアム様だが………リーンも大概 後先考えない行動ばかりじゃないかッ!」
「う~ん………それは、庇いたて出来ないわね?
見た目は、大人しいのに 私達の中じゃ………一番 考えたらすぐに行動に移す子だから」
シャーリーは、従妹を庇う言葉が見つからない。
それほどまで 今までの体験が脳裏に浮かび上がってくるのだから。
「<ローズ>を襲った者の事もありますし 1人で行動しないようにすべきだと侍女頭にも進言したんですけど ちょっと、難しいかもしれない。
王宮での仕事は、何かと予定通りに進まないものだから」
「ああ そうだろうな?
だが 注意はしておいて欲しい。
もしかしたら 陛下と王妃の周りにいる者が狙われている可能性もあるからな?」
その言葉を受けて シャーリーは、”御意”と 言って そのまま従妹の息子を抱きかかえて 立ち去った。