報告
「依然として <ローズ>は、意識を取り戻す気配がありません」
ナディアは、白衣姿のままで 王の間に入るなり こう告げた。
その報告を受けて ユゥリィは、頭を抱えてしまう。
「このままでは、いかんのだがな?
本当に………どうすればいいのか」
悲しんでいる兄の様子に 妹も、言葉が見つからない。
この場に控えているのは、第二騎士と王妃付きの侍女の1人 リーン………そして王宮医師のナディア殿下。
「ですけど………着替えさせる役の侍女の話で ちょっと不可解な話を聞いたのですが」
リーンの発言に 一同は、目を細める。
「意識が戻る気配は、ないそうなのですが………深い夢の中で、何かを探しているそうなのです。
私は、実際に目にしたわけじゃないのですけど 誰かを探しているようだと」
「それって <ローズ>が記憶を失っているのと 関係があるって事かな?
だって………記憶が、全く無いなんて 通常は、ありえないから。
何かの代償にしているんじゃないか………って、考え始めていたところなんだけど」
イリアは、真剣な表情を浮かべて 呟く。
「代償………?
まるで 契約したかのような話ね?
確かに 薔薇の痣は、そっちに部類じゃ 関係あるかもしれないけれど………。
でも アレは、そんな負の感情はなかったわ?
どちらかっていうと………<ローズ>の心を守っているようだから」
ナディアは、訝しげな顔になった。
「<影>から 何か報告は、あるか?」
王の言葉に イリアは、天井を見上げて 指を鳴らした。
すると その場に 飴色の髪をした少女が、ふんわりと飛び降りてくる。
「ご報告しますね?
今のところ 王宮内に 不審な動きをする輩は、いません。
まぁ <ローズ>の一件がありますから………みんな 大分心配していますけど」
「ロッテ………まさか 貴方は、こんなにも馴染んでいるだなんて 未だに信じられないわ?
私 アンタに殺されかけたっていうのに」
ナディアは、溜息をついて 言う。
「ハハハ………そんな警戒しないで下さい。
今は、無力な新米侍女なんですから」
シャルトッテは、ニッコリと微笑んだ。
その笑みに 誰も突っ込みいれない。
話が進まなくなってしまうことを、理解しているから。
「今のところ <ローズ>を襲った可能性のある連中は、身の振り方を考えて 潜んでいますね?
彼女が目を覚ますまで事が起こらないっていう イリア様の考えは、当たっていると思いますよ?
まぁ………目が覚めた時 どうなっているのかは、予想不可能なんだけど」
「何か その潜む者に動きがあれば?」
ユゥリィは、真剣な顔で問う。
「すぐに察知できるよう 呪を仕掛けました。
少しでも動き出せば 察知できます。
けれど これだけは、ご了承願いたい。
今回ばかりは、今までのように 秘密裏に処理できないかもしれない」
シャルロッテの断言に 王を含めた面々は、唇を噛む。
「だけど 王妃も運が良かったと思う」
先ほどの真剣な口調と打って変わって 茶化すように言う<影>の一員に イリアは、侍女を睨みつけた。
「この国で黒髪なのは、ミリアム王妃と<ローズ>のみ。
外の国の連中は、記憶を失った女が 侍女として しかも黒髪だなんて、知られていると思う?
それに 王妃の脱走癖は、隣国にも伝えられて程 有名な話題。
<ローズ>が王宮に上がる前までは、何度も それを見越したかのように 刺客が送り込まれた」
その言葉に 一同は、愕然としてしまう。
「リーン………前に 侍女の話題になっていたよね?
<ローズ>と王妃は、背丈も似ているから 同じ格好をして 後ろから見れば 見分けが付かないかもしれない って」
その問いかけに 皆の視線が、金髪の侍女に集中する。
「ええ その話題は、前々からあったわね?
だけど 本当ならば ミリアム様が、<ローズ>のように斬りつけられていたという事なのかしら?」
いつも穏やかな顔立ちからは、殺気が立ち込めていた。
シャルロッテは、こうまでも切り替えが可能なのか………と、唾を飲み込む。
「多分………その可能性が、高い。
セレディー皇子を狙う可能性も 捨てきれないけれど………王妃の意識を支配してしまえば この国は、破滅するだろうからね?
だけど 失敗した事は、連中も自覚しているのに 仕掛けてこない」
「つまり その意識を乗っ取って人形にするっていう術は、相当な時間を要して成り立つモノって事?」
ナディアの言葉に シャルロッテは、”その通り”と、息をつく。
「まぁ 監視は、続けますよ?
だって あいつらには、何かと借りがありますからね?」
「無茶はするなよ?」
イリアは、指を鳴らしている少女の頭をワシワシと掴んだ。
シャルロッテは、膨れっ面になりながら その手を振り払う。
「旗から見ていると 初々しい恋人のようですね?
ミイナに報告しておきましょうか?」
リーンは、朗らかに笑みを浮かべた。
「止めてくれよッ!
男相手に 恋人なんてありえないだろう?!
しかも 女装が趣味な!!」
顔色を変えて叫ぶイリアに 少女は、目元をヒクヒクさせる。
「別に趣味ってわけじゃありませんってッ!
体格的に こっちの方が、潜入しやすいだけで!!」