仕込み
「イリア様………何だか、ご機嫌ですね?」
ぶしつけな言葉を受けて 口笛を吹いて廊下を歩いていたイリアは、振り返った。
そこには、銀のお盆を手に持っている下働きの少女が。
男は、その姿を見て あからさまに 溜息をつく。
「何の用だ、シャルロッテ。
お前は、、自分の持ち場についていろよ?
<ローズ>の襲撃で それでなくても 厳重体制が、敷かれているんだからな?」
「勿論 わかっているつもりですよ?
だけど こっちの身にもなって頂きたいな~?
思春期なのに 目の前では、兎がウヨウヨ………」
物思いに耽る姿は、男ならば 誰もが抱きしめたくなるだろう。
けれど イリアには、妻がいるのと同時に 目の前にいるこの少女の姿をした悪魔には、そんな感情を抱く理由はない。
「その分 物に当たっているんだろう?
この前も ルチア女史から、苦情を聞いた。
お前を なぜ殺さずに潜入させているのか ちゃんと理由を話したはずなんだがな?
それとも 俺の率いる<影>から抜けるか?」
男は、少し悪戯っぽく 笑った。
「何言ってるの?!
居場所なんて とっくに無くなっているって事くらい アンタだって知っているでしょう?
元は、親に売られ 男とも女とも相手できるように仕込まれ………挙句には、その技で刺客として育て上げられた。
それで ミリアム王妃の暗殺の為に王宮に送り込まれ 任務は、失敗。
まぁ あっちには、アンタの奥さんを含めた護衛がいるって事を知れた事だけでも マシな結果だったんだろうけどね?」
「だが お前と言う駒を失った事は、痛手だと思うが?
<影>に引き込んだのは、確かに俺だが お前の技量には、いつも驚かされるからな?
だが 情報提供は、もったいぶらずに 逐一知らせてもらいらい」
イリアは、呆れたように 溜息をつく。
「何だ………まだ怒ってたの?
セレディー皇子のお遊び。
まぁ………………トッドは、誰にも知られたくないようだったけどね?
前に会った時も すぐに気付かれたみたいで………すっごい目で睨まれちゃったんだから」
「そりゃ………俺も 女装して王宮を練り歩きたくなんかないな?
しかも あいつの容姿は、目立つからなぁ~?
美人が睨むと 怖いぞ?」
イリアは、昔 共に背中を合わせあっていた友人を思い出す。
「だけど さっき………忠告してきたよ。
お遊びもいいけど 少しは、周りの事も考えるようにね?
そうしたら 意外にアッサリ………素直だったっけ?
まぁ………トッドは、すっごく心配しているようだったんだけど」
シャルロッテは、見た目こそ可愛らしげに 首を傾げてみせる。
イリアは、その仕草に溜息をつきながら 天井を見上げた。
「セレディー皇子は、誰よりも王族さ。
まぁ………我が君主には、負けるだろうけど」
「ハハハ……………そこは、買いかぶっているんじゃないか って言いたいところだけどさ?
現に 自分の奥方の命を狙った刺客を、秘密裏に処刑した事にして 新たに生きる道を与えるだなんて ちょっとやそっとの覚悟じゃ、出来ないと思うけど?
だって 普通なら………不穏因子は、絶つべきなんだからさ?
でも あの王は、それをせず………違う人生を与えてくれた」
「ユゥリィ王は、憎しみが繋がる事の哀しみを知っているからな?
俺の奥さんのミイナや他の特殊部隊のみんなも 色々な事情があって………他に拠り所がなかったって聞いている。
だけど 王の心を知って 忠誠を誓う事を選んだんだ………勿論 俺もね?」
男は、真剣な眼差しで 視線をシャルロッテに返した。
琥珀色の瞳は、天井に輝く灯りが無くとも その輝きを失わないだろう。
「他の国では、この国が何て呼ばれているか 知ってる?
どんな罪人でも受け入れる 偽善者の国。
少しでも同情心を見せれば 刺客を送り込むのは、簡単な事だってさ?」
悪戯っぽく発言する少女に イリアは、鼻で笑った。
「王は、そこまで甘い考えをしない。
確かに 道は与える。
だが 再び襲い掛かってきた時は、容赦が無いからな?
前に 生まれた時より 毒を飲み続けた事によって 毒を発する体質になった女が、侍女として送り込まれてきて 宰相兄妹の母上殿が、殉死されたと聞く。
実は、その女に妹がいて お前が<影>に入る前 刺客として王宮にやって来た………姉と同じく、毒体質でな?
そして 結局は、ミイナによって阻止され 捕縛された。
王は、新たな生を歩む覚悟はあるかと問われたが………あの女は、一瞬の隙をついて 王に襲い掛かったんだ。
まぁ 俺とコーネリアが、出るまでもなく 王の手で手打ちにされたがな?
ユゥリィ王は、優しすぎる………ただ それだけだ」
「それは、この王宮の皆も同じ事でしょう?
新参者も まるで家族のように受け入れるだなんて 普通、聞いた事がない。
………そろそろ 仕事に戻らないとね?」
シャルロッテは、そう言い残すと 笑顔で立ち去っていった。