戸惑い2
王宮内は、今までにないくらいに警備が強化されていた。
1人で敷地を歩く事は、固く禁じられ 特に王妃付きの侍女とセレディー皇子を含めたお供も 護衛がつけられているのだから。
それは、調査を続けているにも関わらず <ローズ>が襲われた動機が、わかっていない為。
襲撃が発覚してから 1週間が経とうとしている。
けれど 犯人は、未だに捕まっていない。
襲った人物を見た可能性のある<ローズ>は、意識が戻ることなく その警備も厳重にされていた。
見舞い客は、部屋に入る前にどの身分であろうが 持ち物検査を受ける事が義務付けられている。
それを行うのは、恐れ多くも 宰相閣下。
彼には、隠された物を見抜く能力があるので その任務を行う事に。
その為 本来の宰相の仕事は、代理として 妹のコーネリアが請け負っているらしい。
「宰相………<ローズ>の見舞いに参ったのだが」
どこかか細い声に 宰相は、無言で向き直った。
視線の下には、黒に金を縁取ったマントを纏っているセレディー皇子が トッドと護衛を引き連れて立っている。
その姿を確認して 宰相は、少しだけ目を細める。
皇子が見舞いに訪れたのは、最初に運び込まれた時に駆け込んできただけだったのだから。
<ローズ>が襲われる直前まで セレディーとトッドがいた事は、報告を受けていた。
中には、彼女の事を可愛がっていた者達が 皇子とこの騎士に対する不満が募っているらしい。
宰相自身 王妃が、倒れている<ローズ>を発見した時 妻と息子も居合わせたという話を聞いているので 心が穏やかではないのだから。
「そうですか………ぶしつけですが 持ち物をご確認させて頂きます」
宰相は、そう言って頭を軽く下げると 眼鏡を取る。
すると 瞳の色が、虹色に変わり すぐに眼鏡を掛け直す。
「結構です、お入りになって下さい」
その言葉を受けて セレディーは、ゆっくりと中に入っていく。
「トッド………貴様は、入らないのか?」
宰相の言葉を受けて 銀髪の男は、肩を竦めた。
「野暮な事は、したくないんだ。
それに <ローズ>殿が襲われたと聞いて 一番ショックを受けていたのは、皇子でもあるから」
「なら………<ローズ>の手の甲にあるという紋章は、まさか セレディー皇子のものか?
ナディア殿下の話では、問題ないと話しておられたが」
その問いかけに トッドは、頷く。
「皇子は、この滞在中で 本当に変わられたと思う。
確かに 覚悟は、決めていたかもしれないが それを本当に実行する為に 行動を起こし始めたのだから。
今までは、まだ迷いがあられたが………もう それが、微塵もない」
「あれだけの決断力を持っておられながら 王位継承権を放棄するということか。
そりゃ 覚悟がいるだろう。
だが………それは、いい傾向と言ってもいいだろうな?」
宰相は、苦笑しながら 閉じられた扉を見つめた。
「<ローズ>殿は、本当に この王宮で重宝されているようだ。
前に ナディア姫に 口説いていると凄い剣幕で勘違いされた事もあったのだから」
トッドの呟きに 宰相は、”だろうな?”と、微かに笑う。
「<ローズ>は、あいつに似ているという事もあって 陛下は、王妃様に彼女の事を話した。
その結果 侍女として召し上げられたんだ。
最初こそ 怪しいという目も多かったが………今では、いて当たり前の存在になっているのだからな?」
部屋の中からは、何かを押し殺したようなくぐもった声が聞こえてくる。
※~※~※~※~
セレディーは、石のように眠り続けている<ローズ>を見つめていた。
フラフラとした足取りで 近くへとよっていく。
落ちている手の甲には、自分が施した紋章が光っている。
「返事もせぬまま………旅立ってくれるな?
そうなれば 僕は、どうすればいいのかわからないのだから」
皇子は、悲しげな表情を浮かべて 眠ったままのローズの顔を指で触れた。
その動きは、微かに戸惑っている。
触れてしまえば 消えてしまうのではないか という恐怖があるように………。
微かに触れる皮膚は、微かに熱を持っているので 生きている事は、わかった。
けれど 今の脳裏浮かんでくるのは、悲鳴で駆けつけた時に見た 王妃は、侍女達に取り押さえられていたものの パニックに。
そして 地面に仰向けに倒れていたのは、<ローズ>。
服は、真っ赤に染まっており 背中には、剣で切り裂かれた痕が………。
急いで 抱き起こした時の血の気の失せた顔。
一緒に駆けつけてきたナディアは、悲鳴を上げて泣き叫んでいた王妃を押し退け すぐに彼女の元へと駆け寄った。
そして すぐに止血の術を施され この部屋へ………。
後で 王直々に話を聞いたところ 刺客は、捕まっておらず 動機も未だに定かではない。
「まさか あの後直ぐに襲われただなんて………ッ!
離れるべきじゃなかったんだ………なのに………………なのに!
僕は………………僕は………!!」
言葉は、最後まで紡がれなかった。
大粒の涙が、どんどん溢れてきて 話せる状況じゃなくなってしまったのだから。