秘密5
「<ローズ>………お前、どうして 決まった時間にナディア姫の検診を受けなければならない?
どこか 病気なのか?」
セレディー皇子は、心配そうに 尋ねてきた。
今の装いは、いつも出歩いている姫君ではなく いつもの皇子の姿だ。
先ほどまで 王の間で形式な挨拶をしたところ。
その質問に <ローズ>は、”問題ありませんよ”と、微笑む。
「わたしは、以前に申し上げた通り 全ての記憶を失っております。
それに お恥ずかしながらお見せ出来ませんが ここの辺りに薔薇の形の痣があるのです。
原因は、わかりかねますが 痣が濃くなっているので 毎日ナディア様に経過を見て頂くよう 陛下やミリアム様からのお達しなのですよ。
別に どこかどう悪いというわけでは、ありません。
まぁ ナディア様は、違う方面のことを心配なさっているようなんですけどね?」
その言葉に 皇子の表情は、どこか暗い。
どうしたのかと口を開く前に <ローズ>は、後ろから誰かに腕を掴まれた。
そして そのまま 部屋の外へと引き摺られてしまう。
一体 何事か と顔を上げてみると 外に出ると、すぐに トッドが物凄い勢いで頭を下げた。
「ご無礼を承知で申し訳ない」
おそらく 咄嗟のことだったのだろう。
見ているこっちが、気の毒になってくる。
「お顔を上げてください。
詳しい事情は、存じ上げませんが 先ほどの皇子の様子からして 話を続けさせるのは、酷だったのでしょう?」
<ローズ>は、先ほどのセレディーの顔を思い出して 呟いた。
「はい 申し訳ない。
皇子は、時より 貴女とご自分の母君を重ねられているようでしたから」
「母君と?
詳しくは、お聞きしておりませんが 皇子が幼い頃に亡くなられたとか」
<ローズ>は、目を伏せているトッドに向き直る。
「セレディー皇子の生母であられる前・王妃のセレミア様は、とても美しく慈悲深い方でした。
ある事情から 行き場を失った私を、受け入れるよう王に掛け合ってくださったのです。
そして 跡継ぎであられるセレディー皇子が、お誕生になられて とても喜んでおられました。
けれど セレミア様には、それ以前から 刺客が送られてくることが多かったのです。
そして とうとう 亡くなられてしまった」
「では やはり、何者かに暗殺されたと?」
<ローズ>は、険しい顔になった。
「詳しいことは、わかりかねます。
ですが 間違いなく 王の命を狙った事による暗殺は、間違いないと考えております」
断言する騎士に 少女は、驚きを隠せない。
「<ローズ>殿………貴女は、真名をご存知ですか?
ユゥリィ陛下の真名は、現在 ミリアム王妃が守っておられますが」
その質問に <ローズ>は、以前にルチアから聞いたことを思い出す。
「はい………確か 王妃様が、いつも大事に守っておられる陛下の瞳の色と同じ色の指輪のことですよね?
陛下の場合は、指輪に収められている宝石ですが 真名は、人ぞれぞれ 形が変わっているとお聞きしました」
「はい この世界では、古来より 王と王妃の間で 真名を守るという古きしきたりがあります。
それは、王に即位したと同時に行われる聖なる儀式とも呼ばれております。
戦いに身を投じる者を想い その命の糧となる真名を祈りと共に守る。
それが、女性だけの戦いとも比喩されているのです」
「もしかして 前・王妃様が命を度々狙われていたのは、王を狙ってのことという事ですか?
その結果 セレディー皇子の母君は、殺害されてしまった………」
<ローズ>は、目を大きく見開いて 息を呑む。
「お察しの通りです。
勿論 皇子自身も 命を狙われたことがあります。
そして その罪を、何度も現・王妃様とその御子息に向けられるよう 複雑な人間関係もあるのです」
「でも 皇子様は、断言なさっておられました。
ガルディー皇子もソフィリア王妃も そのような事をなさらないと。
まさか それは、違うと………?!」
混乱してきた<ローズ>に 銀髪の男は、苦笑する。
「ええ 勿論 お2人は、犯人ではありません。
セレミア様を殺害する理由は、どこにもなかったのですから。
先ほどのユゥリィ陛下の真名をミリアム王妃が、守ったおられたように セレミア様も、王の真名を守っていた。
同じ男性を愛したとしても その命の危険にしてまで 恋敵を暗殺する理由が、どこにあるでしょう?」
「それに 皇子を狙う理由もありませんね?」
<ローズ>は、真剣な顔になった。
「だって 王の真名は、セレディー皇子が所持しているから………」
その発言に さすがにトッドも 目をパチクリさせてしまう。
「どうして………いつ、お気づきに?」
「今の話を聞いていて ちょっと、気になることが出てきたんです。
皇子の変身を手伝っていた時 後ろの首辺りに 蝶の紋章の様なモノが、ありました。
まるで エメラルドのように輝いていたのが、印象に残っています。
皇子の瞳の色は、母君譲りと窺いましたが お父上は、エメラルド色なのでは?」
「まさか それだけの要素で結論なさるなんて 少し驚きました。
ええ その通りです。
紋章が露になったのは、ごく最近のことですが その事が発覚してからは、頻繁に皇子のお命が狙われるようになりました。
間違いなく 何者かが、間者となっていると王もお考えになっておられます」
「では それを一掃している間 皇子は、こちらに訪問しておられるという事ですね?」
切り返しに もうトッドは、驚かない。
「皇子には、内密にしておりますが もしかしたら お気付きになられているかもしれません。
悪戯行動が悪化したのも 皇子が最も信頼していた乳母兄弟が、皇子暗殺に関わっていたと発覚してからですので。
彼らは、皇子殺害未遂で 処刑されましたが………」
それを聞いて <ローズ>は、唇を噛む。
「2人の母親は、皇子の乳母で 皇子を守って亡くなったのです。
その頃は、まだセレミア様もご健在で 母を亡くした2人に他の大臣達の反対を押し切って 様々な待遇を与えになりました。
ですが あの兄弟は、その恩を仇で返したのです。
なので そんな風に<ローズ>殿が悲しむことはない」
「けれど セレディー皇子にとっては、とても大切な方々だったのでしょう?
いくら 自分の命を狙っていたとしても その心は、偽れないはずです」
そう呟く<ローズ>の目からは、大粒の涙が落ちている。
トッドは、そんな少女の様子に 何とも言い難い様子で 見守っているだけ。
そこへ 誰かが、走って来る音が響く。
「トッドッ!
貴方、何をしているのです!!
<ローズ>を泣かせるだなんて 最低だわ?!」
金きり声は、ナディア王妹殿下のものだった。