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『地味で価値がない』と言われ続けましたが、幼馴染には溺愛されています

作者: 夢見叶
掲載日:2026/02/08

「エリーゼ、君とはもう無理だ」


 王宮の夜会会場。華やかなシャンデリアの光の下で、婚約者のダリウス・フォン・エーデルシュタイン伯爵は、私にそう告げた。


「君は地味すぎる。華やかで魅力的な女性の方が、俺には相応しい」


 周囲の貴族たちの視線が、一斉に私たちに注がれる。ひそひそと囁く声。驚きと好奇の入り混じった表情。


「婚約破棄だ。今夜限りで、君との関係は終わりにさせてもらう」


 ダリウスは躊躇なくそう言い放つと、踵を返して会場を去っていった。


 私、エリーゼ・ハーヴェストは、その場に立ち尽くすことしかできなかった。


 (地味、か)


 そうだろう。私はいつも地味な色のドレスを着て、社交界では目立たないよう隅にいて、自分の意見を言うこともほとんどない。


 でも、それは——


「エリーゼ様、大丈夫ですか?」


 侍女のマリアが心配そうに声をかけてくれたが、私は首を横に振った。


「平気よ。帰りましょう」


 本当は平気なんかじゃない。でも、ここで涙を見せるわけにはいかない。家族に、また何を言われるか分からないから。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「やっぱり婚約破棄されたのね」


 実家のハーヴェスト侯爵家に戻ると、応接室で継母が待ち構えていた。隣には、私の妹・カミラが嬉しそうな顔で座っている。


「お母様の予想通りだったわ。お姉様じゃ、ダリウス様を繋ぎ止めておくのは無理だもの」


 カミラは無邪気な笑顔でそう言った。十六歳の妹は、薔薇色のドレスに身を包み、金髪を美しく巻き上げている。


「カミラ、そんな言い方はおやめなさい」


 継母がたしなめるが、その声には本気の叱責は込められていない。むしろ、どこか満足そうだ。


「でも本当のことですもの。お姉様がもっと華やかにしていれば、こんなことにはならなかったのに」


「カミラ…」


「あ、そうだわ。実はね、お姉様。私、ダリウス様に興味があるの。お姉様の元婚約者だけど、私が貰っても良いかしら?」


 (やっぱり)


 私は静かに二人を見つめた。


「最初から、そのつもりだったのね」


「あら、気づいていたの?」


 継母は驚いた様子もなく、優雅に紅茶を啜った。


「そうよ。カミラをダリウス様と結婚させるための布石だったの。あなたには最初から期待していなかったわ」


「お姉様、恨まないでね。だって、私の方がお姉様より可愛いし、華やかだもの。ダリウス様も絶対私を選ぶわ」


 カミラは屈託なくそう言った。悪気なんてないのだろう。ただ、当然のこととして、姉の人生を奪うことを宣言している。


「私は…部屋に戻ります」


「ええ、そうなさい。しばらく社交界には出ないでちょうだい。恥ずかしいから」


 継母の冷たい声を背に、私は自室へと向かった。


 部屋に入り、ドアを閉めた瞬間。


 込み上げてきた感情が、堰を切ったように溢れ出した。


 (もう、無理)


 私の実母は、私が五歳の時に病で亡くなった。父は二年後に再婚し、継母とその娘であるカミラが家族に加わった。


 最初の頃、継母は私に優しかった。でも、それは演技だったと気づくのに、そう時間はかからなかった。


「エリーゼ、あなたは長女なのだから、妹を立ててあげなさい」


 いつもそう言われた。


 華やかなドレスを着ようとすると「派手すぎる、カミラより目立ってはダメ」と止められた。


 社交界で発言しようとすると「余計なことを言わないで。カミラの印象が悪くなるから」と制止された。


 私の趣味だった花の品種改良も「そんな地味なことより、もっと社交術を磨きなさい。でも目立ちすぎてもダメよ」と矛盾したことを言われ続けた。


 (私は、ずっと我慢してきた)


 父に愛されたい一心で。家族に認められたい一心で。


 でも、その我慢が、こんな結果を招いた。


 ベッドに倒れ込んだ私は、枕に顔を埋めて声を殺して泣いた。


 (もう、この家にはいたくない)


 (でも、行く場所もない)


 私には友人もいない。継母に「無駄な交友関係を持つな」と言われてきたから。


 財産もない。成人後の財産管理はすべて父と継母が行っていて、私は自由に使えるお金を持っていなかった。


 (どうすれば…)


 絶望の淵で、ふと、ある人物の顔が浮かんだ。


 金色の髪に、深い青の瞳。優しい笑顔。


 (レオン…)


 レオンハルト・フォン・シュヴァルツ。幼馴染の騎士。


 彼は十年前、騎士としての修行のために国外へと旅立っていた。


 (今はもう、帰ってきているはずだけど…)


 でも、十年も会っていない。覚えていてくれるだろうか。助けを求めるなんて、図々しいだろうか。


 それでも。


 (会いたい)


 子供の頃、いつも私を守ってくれた彼に、もう一度会いたい。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌朝、私は密かに屋敷を抜け出した。


 向かったのは、王都の中央公園。ここには、様々な花が植えられている。子供の頃、レオンと一緒によく遊んだ場所だ。


 (もしかしたら、ここに来れば…)


 淡い期待を抱いて公園を歩いていると、噴水の近くで、見覚えのある背中を見つけた。


 金髪。長身。騎士の制服。


「レオン?」


 思わず声をかけた。


 その人物が振り返る。


 深い青の瞳が、私を捉えた。


「エリーゼ?」


 少し驚いた表情の後、彼の顔が優しく綻んだ。


「本当にエリーゼか。久しぶりだな」


「レオン…!」


 涙が溢れそうになるのを必死で堪えた。でも、声は震えてしまう。


「帰ってきていたのね」


「ああ。一ヶ月前に帰国した。王国騎士団の副団長を拝命してね」


 レオンは近づいてきて、私の顔を覗き込んだ。


「エリーゼ、泣いているのか?」


「え…」


 頬に触れると、いつの間にか涙が流れていた。


「いえ、これは…」


「無理をしなくていい」


 レオンは優しく私の肩に手を置いた。


「何があったか、話してくれないか? 昔みたいに」


 その言葉に、堪えていたものが決壊した。


 私は、すべてを話した。


 婚約破棄されたこと。実は家族に抑圧されていたこと。妹のために地味にさせられていたこと。継母たちの本音を聞いてしまったこと。


 レオンは黙って聞いていた。時折、怒りに顔を歪めながら。


「…そんなことが」


 私が話し終えると、レオンは低い声で呟いた。


「エリーゼ、君は何も変わっていない」


「え?」


「子供の頃の、あの優しい笑顔も、花を愛する心も。ただ、抑えつけられていただけなんだな」


 レオンは私の手を取った。


「エリーゼ、俺と結婚してくれ」


「えっ…?」


 突然の言葉に、思考が追いつかない。


「君が望むなら、自由に生きられる場所を用意する。好きなことをして、好きなように笑って、ありのままの君でいられる場所を」


「でも、私なんかで本当にいいの? 地味で、面白みがなくて…」


「エリーゼ」


 レオンは私の両手を包み込むように握った。


「俺は子供の頃から、ずっと君が好きだった」


「…え」


「君が花に囲まれて笑う姿。困っている人を放っておけない優しさ。小さな生き物にまで心を配る繊細さ。全部、全部好きだった」


 レオンの青い瞳が、まっすぐに私を見つめている。


「だから、海外での修行中も、ずっと君のことを想っていた。帰国したら、必ず君に想いを伝えようと決めていたんだ」


「レオン…」


「君は地味なんかじゃない。君の家族が、君の輝きを奪っていただけだ」


 (ああ、そうか)


 初めて気づいた。


 私は地味なんかじゃなかった。地味にさせられていただけだった。


 私は面白みがないんじゃなかった。自分を出すことを禁じられていただけだった。


「エリーゼ、答えを聞かせてくれ。俺と結婚してくれるか?」


 迷いはなかった。


「はい。レオン、お願いします」


 レオンの顔が、嬉しそうに綻んだ。


「ありがとう、エリーゼ。絶対に君を幸せにする」


 そして、彼は私を優しく抱きしめてくれた。


 温かかった。安心できた。


 (私は、ここにいていいんだ)


 初めて、そう思えた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 レオンとの婚約は、すぐに王宮に届け出られた。


 王国騎士団副団長と侯爵令嬢の婚約は、社交界で大きな話題となった。


 当然、ハーヴェスト侯爵家にもその知らせは届いた。


「エリーゼが、レオンハルト・フォン・シュヴァルツと婚約?」


 継母は信じられないという表情で、私を見た。


「ええ。近々、こちらの家を出ます」


「ちょっと待ちなさい! そんな勝手なこと、許されると思って?」


「父上の許可はいただきました」


 実際、父は意外にもすんなりと許可してくれた。おそらく、レオンの地位と名声を考えれば、悪い話ではないと判断したのだろう。


「お姉様、ずるい! レオンハルト様って、すごくハンサムで有名な騎士じゃない!」


 カミラが叫んだ。


「私だってお姉様より可愛いんだから、レオンハルト様が選ぶなら私のはずなのに!」


「カミラ、君は今、ダリウス様を狙っているんじゃなかったのかい?」


 冷静な声で、レオンが応接室に入ってきた。


「れ、レオンハルト様…!」


「エリーゼを迎えに来た。準備はいいか?」


「ええ」


 私は立ち上がった。持っていくのは、最小限の私物だけ。


 大切にしていた母の形見のペンダント。花の種。レオンが昔くれた本。


 それだけあれば、十分だった。


「エリーゼ」


 継母が、最後に呼び止めた。


「後悔しても知らないわよ」


「後悔なんてしません」


 私は笑顔で答えた。


「私は今、とても嬉しいんです。初めて、私を私として愛してくれる人に出会えたのですから」


 そして、レオンと共に屋敷を後にした。


 振り返らなかった。もう、ここに用はない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 レオンの屋敷は、王都の貴族街にあった。


 広い庭園に、美しい洋館。


「わあ…」


 庭には、様々な花が咲いていた。


「気に入ってくれたか?」


「とても」


 レオンは嬉しそうに笑った。


「庭は自由に使っていい。君の好きなように、花を育ててくれ」


「本当に?」


「ああ。それから、これ」


 レオンは私を屋敷の裏手へと案内した。


 そこには、立派な温室があった。


「おまえ…いつの間に」


「婚約が決まってから、急いで建てさせたんだ。君が花の品種改良をするのに使ってくれ」


 涙が溢れた。


「ありがとう、レオン」


「泣くな」


 レオンは優しく私の涙を拭ってくれた。


「これからは、君の笑顔が見たいんだ。泣くのは、もう終わりにしよう」


「うん…」


 私は何度も頷いた。


 (ここが、私の居場所なんだ)


 心から、そう思えた。


 それからの日々は、信じられないほど幸せだった。


 レオンは、私の全てを肯定してくれた。


「今日はどんなドレスが着たい?」


 朝、レオンが尋ねてくれる。


「えっと…ピンクのドレスは派手すぎるかしら」


「派手なんかじゃない。君に似合うと思うよ」


 初めて、好きな色のドレスを着られた。


 鏡に映る自分は、まるで別人のようだった。華やかで、明るくて。


「綺麗だよ、エリーゼ」


 レオンが後ろから抱きしめてくれた。


「君は本当に美しい」


 (私、綺麗なんだ)


 初めて、自分を肯定できた。


 花の品種改良も、レオンは全面的に支援してくれた。


 必要な資材はすぐに用意してくれるし、私の研究について興味深そうに聞いてくれる。


「この花は、どうやって作ったんだ?」


「二種類の花を掛け合わせて、新しい品種を…」


「すごいな。エリーゼは本当に才能があるんだな」


 レオンの言葉が、嬉しかった。


 そして、三ヶ月後。


 社交界へのデビューの日が来た。


「エリーゼ様、本当にお美しいです」


 侍女たちが私を華やかに飾ってくれた。青いドレスに、花の髪飾り。


「レオンが待ってるわ。行きましょう」


 会場に入ると、周囲の視線が一斉に集まった。


「あれが、エリーゼ・ハーヴェスト嬢?」


「まるで別人のようだわ」


「あんなに美しかったかしら」


 ざわめきが広がる。


「気にするな」


 レオンが優しく手を握ってくれた。


「君は君のままでいい」


「ええ」


 私は笑顔で頷いた。


 パーティーが始まると、多くの貴族たちが私に話しかけてきた。


「エリーゼ様、お噂は伺っております」


「花の品種改良をなさっているとか」


「ええ。最近、新しい品種を作ることに成功しまして」


 会話が弾んだ。


 (ああ、私、普通に会話できてる)


 抑圧されていた頃は、こんなに楽しく話すことなんてできなかった。


「エリーゼ様の改良された花、ぜひ見せていただきたいわ」


「それなら、来週、私の屋敷で茶会を開きますので、ぜひいらしてください」


「まあ、光栄です!」


 初めて、自分から交友関係を広げることができた。


 パーティーの途中、レオンが私をテラスへと連れ出した。


「疲れたか?」


「いいえ。とても楽しいわ」


「それは良かった」


 レオンは私を抱き寄せた。


「エリーゼ、愛してる」


「私も、レオン」


 星空の下、私たちはキスを交わした。


 甘く、優しいキス。


 (これが、恋なんだ)


 初めて知った。愛される幸せを。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そして、半年後。


 私の品種改良した花が、王宮で採用されることになった。


「エリーゼ・フォン・シュヴァルツ様、前へ」


 女王陛下が私を呼ばれた。


「あなたが改良された『月光の薔薇』は、この国の宝となるでしょう」


「ありがとうございます、陛下」


 謁見の間に、惜しみない拍手が響いた。


 客席を見ると、レオンが誇らしそうに笑っていた。


 (私、認められたんだ)


 自分の才能が、ついに公に認められた。


 謁見が終わり、王宮の庭園を歩いていると。


「エリーゼ」


 聞き覚えのある声に、振り返った。


「ダリウス…」


 元婚約者が、そこに立っていた。


「話がしたい。少しだけ時間をくれないか」


「…何の用かしら」


 冷静に答えた私に、ダリウスは驚いたような顔をした。


「君は…本当に変わったな」


「そう? 私は何も変わっていないわ。ただ、本来の自分を出せるようになっただけ」


「そうか…」


 ダリウスは苦しそうな表情を浮かべた。


「エリーゼ、俺は間違っていた。君の本当の価値に気づけなかった」


「それで?」


「やり直せないだろうか。俺と、もう一度…」


「お断りします」


 即座に答えた。


「私を見てくれなかったあなたと、やり直すつもりはありません」


「エリーゼ…」


「それに、私には愛する夫がいます」


「エリーゼ」


 背後から、レオンの声がした。


「レオンハルト…」


 ダリウスは青ざめた。


「二度と俺の妻に近づくな」


 レオンの声は、普段の優しさとは違う、騎士団副団長としての威厳に満ちていた。


「エリーゼは俺のものだ。お前が手放した宝を、俺が一生大切にする」


「くっ…」


 ダリウスは悔しそうに唇を噛んだが、何も言い返せなかった。


 そして、そのまま去っていった。


「ありがとう、レオン」


「当然のことをしただけだ」


 レオンは私の手を取った。


「行こう。家に帰ろう」


「ええ」


 私たちは並んで歩いた。


 後で聞いた話だが、ダリウスとカミラの婚約は、結局破談になったそうだ。


 カミラの浪費癖と我儘に、さすがのダリウスも耐えられなくなったらしい。


 妹は社交界で評判を落とし、継母も立場が悪くなったという。


 (因果応報、というやつかしら)


 でも、私はもう彼らのことなど、どうでもよかった。


 私には、大切な人がいる。愛してくれる人がいる。


 それだけで、十分だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それから一年後。


 春の陽光が降り注ぐ中、私とレオンの結婚式が執り行われた。


 会場は、私が育てた花々で埋め尽くされていた。


 月光の薔薇、陽光の百合、星空のすみれ。


 すべて、私が愛情を込めて改良した花たちだ。


「エリーゼ、本当に美しいよ」


 レオンが微笑んだ。純白のウェディングドレスを着た私を、彼は愛おしそうに見つめてくれる。


「ありがとう、レオン」


 誓いの言葉を交わし、指輪を交換した。


「改めて、これからもずっと一緒にいてくれ」


「ええ。もちろん」


 私たちはキスを交わした。


 会場に、盛大な拍手が響く。


 出席者たちの笑顔。祝福の言葉。


 (私は、幸せだ)


 心から、そう思えた。


 披露宴の最後、私はゲストたちに向かって話した。


「私は長い間、自分を出すことを恐れていました。地味だと言われ、面白みがないと言われ、自分には価値がないのだと思い込んでいました」


 聴衆が静かに耳を傾けている。


「でも、違ったんです。私は地味なんかじゃなかった。ただ、ありのままの自分を出せる環境になかっただけでした」


 レオンを見た。彼は優しく微笑んでいる。


「そして、ありのままの私を愛してくれる人に出会えました。だから今、私はこんなにも幸せなんです」


 涙が溢れた。でも、それは悲しみの涙じゃない。


「どうか皆さんも、ありのままの自分を大切にしてください。そして、あなたをありのまま愛してくれる人を見つけてください」


 会場に、再び拍手が響いた。


 レオンが私を抱きしめてくれた。


「よく言えたな」


「レオンのおかげよ」


 私は彼の胸に顔を埋めた。


「私を、私にしてくれて、ありがとう」


「こちらこそ、俺と結婚してくれてありがとう」


 そして、私たちは再びキスを交わした。


 花園に降り注ぐ陽光のように、二人の未来は明るく輝いていた。


 私は、ついに見つけたのだ。


 自分の居場所を。自分を愛してくれる人を。そして、ありのままの自分を。


 これから先、どんなことがあっても。


 レオンと一緒なら、きっと乗り越えられる。


 そう信じて、私たちは新しい人生へと歩み出した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


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