第二話「英雄の大剣」
ダンジョンの先客は狐の頭部をしていた。
身長は俺と同じくらいだろうが、ヒールとシルクハットで高く見えた。
黒の紳士服を着ており、ボタンは銀色。
そしてその手にはやはりサーベルがあった。
海賊の船長を彷彿とさせるオリンピックで見た「フェンシング」のような武器だ。
四方に燃え上がる篝火。
その中央に先が地面に埋もれている大剣はあった。
そして狐男は明らかに俺を待っていたようだった。
コツコツコツ、とヒールで音を立てながら大剣の周りを徘徊していた彼は、俺達の到着と共に立ち止まった。
「英雄ソーイアロの大剣。幾多の強者が引き抜くことに失敗してきた。この俺を持ってしてでもだ。ならば異世界人はどうか?星の占いでは今日来ると。そして引き抜き次第俺が貰う」
狐男は続ける。
「なに命を奪う訳では無い。引き抜くのに成功したら逃がしてやる。どうだ?」
敵か味方で言えば敵のする行動だった。
だがクレラを危険に晒す事は避けたい。
この大剣には縁がなかっただけだ。
そもそも俺は異世界人だが、大剣を確実に引き抜ける保証など何処にも無かった。
ダンジョンに来たことは失敗だったかもしれない。
「話し合いが通用する相手じゃなさそうだね。ソーイアロの大剣を譲らないなら殺すよ?」
魔女クレラは思いのほか好戦的だった。
いや俺に怖気づかせない為の言葉か。
仮にもし負けたら死が待っている。
「アルテマ」では常に死と隣り合わせーー。
ここで逃げたらこれから先ずっと逃げ続ける事になる。
それじゃあ平和な日本には帰れねぇー!
俺は戦う覚悟を決めた。
だが、俺が大剣を所持してから戦ったほうが勝率は上がる。
クレラもそれを承知だったようで、目で合図を送ってきた。
「大剣ソーイアロ、引き抜かせてくれ」
「お前が引き抜く前に死んでは元も子もないからな。こっちへ来い!」
俺は言われるがまま大剣の傍へと歩いていった。
後ろのクレラは直ぐにでも黒魔法を放つ体勢をとっているはずだ。
中々威圧感のある狐じゃねーか。
亜人っていうのかな。
首元まで狐の姿をしている。
ゴブリンは既に死んでたわけだし、最初に出会う敵がこの亜人とは少々気が重いが、こうなったら大剣を使って倒すしかない。
ダンジョン自体は大した大きさではなかった。
この俺の初めての戦闘。
英雄の剣を使って勝ってみせる。
ズズズ……ズボッ!
俺が大剣を見事引き抜いた時、地響きが起こった。
コレ……俺達の周りに魔法陣!?
魔法陣とは地面に浮かび上がる模様のような光の事で、今回はピンク色だった。
英雄が意図して遺したのかは定かではないが、一種の罠だったのだ。
魔法陣の規模は大きく、クレラの所まで充分及んでいた。
狐男もこれには予想外だったようで、クレラを含む俺達三人は落とし穴にでも嵌ったかのように地底深くへと落ちていったのだった。
「痛って〜何だよやっぱり狭くないじゃんかよダンジョン……」
頭を軽く打った俺はトンネルのような道がまだ続いているのを見た。
「モンスターの匂いがする。外に出られるまで手を組むぞ」
「しょうがないね。アンタ名前は?私はクレラでこの子がソラ」
「フォックスと呼べばいい。出るまでの間、大剣はソラとやらに預けるとしよう」
英雄ソーイアロが遺した俺への試練。
フォックスと手を組めた事は良かったが、俺しか引き抜けなかった大剣を、正直手放したくないなぁ。
まあ、このダンジョンから出る事が第一優先事項だ。
「クレラ、怪我ないか?」
「私は平気。それよりフォックスさん信用できないかも」
強敵を目の前にしたら裏切る可能性もあるわけか。
だが俺達が殺し合うのは明らかナンセンスだ。
ごめんよクレラ、こんな面倒事に巻き込んじまって。
でももしフォックスと打ち解けれたら、強力な後ろ盾を得ることになる。
取り敢えず今現在は大剣ソーイアロは俺の手の中にあるわけだし、フォックスのやつも俺の武器が木の棍棒だと荷が重いと判断したのだろう。
ようし絶対に生き残ってダンジョンを出てみせる!
大剣ソーイアロは金の柄にルビーが装飾してあった。
長さ一点五メートルの両手じゃないと扱えない重さの剣だ。
騎士団を率いていた英雄の遺した大剣。
せっかくだから大事にしないと。
俺達はトンネルの奥に向けて歩き出した。
コウモリが飛んでいる。
不気味さはより一層増す中、フォックスは先頭を歩いていた。
我こそは主人公と言わんばかりだ。
まあ俺はこの世界に来たばかりだし、戦闘にも全然慣れてないわけだけど、これから張り合っていく仲になるのかな。
いや、フォックスとはダンジョンを出ればお別れだ。
それまでの間に俺こそ大剣の持ち主に相応しいと証明しないと。
篝火だけが俺達を照らす中、煉瓦でできたトンネルを進んでいく。
それにしてもフォックス、モンスターの匂いがするって言ってたよな?
狐だから嗅覚も鋭いってか。
まだまだ信用ならねぇ男には違いねーが味方だと安心感がある。
歳は想像だが二十歳くらいだろう。
俺達はトンネルを抜け、壁画のある空間に躍り出た。
金髪の少女の絵が中央に描いてある。
モンスターは一見いないように見えるが、油断大敵だ。
俺は壁画の女性についてクレラに尋ねようとした、その時だった。
ゴゴゴ……と地響き。
これは……上から何か降ってくるのか?
予想は的中した。
パカっと天井が割れ、上の階から降ってきたのは高さ三メートルのゴーレムだった。
直立二足歩行で防御力は高そうだ。
それもそのはずで金色の煉瓦が鎧を纏った姿をしており、手には鉞を所持していたのである。
どう見ても一筋縄ではいかなそうだった。
敵は見上げるような巨体。
動きはそこまで速くなさそうだが、鉞の攻撃を一度でも喰らうと即死だろう。
ゴーレムは鉞を持つ右手を高々と持ち上げ、俺に向かって振り下ろしてきた。
ドカッ!
あっぶね〜地面が割れるほどの威力。
俺は右側のフォックスのいる方向に前転してかわしていた。
言いそびれていたが俺の持つ大剣ソーイアロは俺の背中に吸い付く魔力がある。
異世界人だからだろうか。
何にせよ英雄ソーイアロが俺に敵対してる感じはしなかった。
このゴーレムとの闘いも何らかの意図があって……!
鉞の横向きの攻撃。
俺とフォックス二人同時に攻撃対象としてきた。
だが攻撃が完了するまでにクレラの黒魔法が対象を襲う。
火炎弾。
俺が頭の中で思い浮かべたまんまの黒魔法を、クレラは放った。
オレンジ色に燃え盛るそれは、クレラの手元で直径一メートルにまで育ち、グツグツと煮えるマグマのようだった。
発射された火炎弾はゴーレムの厚い装甲に向けて一直線に飛んでいく。
ぶつかった時には敵は鉞の攻撃をキャンセルせざるを得ないほどのダメージを受けていた。
(あのゴーレムを怯ませるほどの魔力……流石だぜ)
俺は大剣を持って駆け出していた。
闘う覚悟はもう決めてらぁー!
喩えどんなにゴーレムの装甲が厚くてもこっちは英雄の剣なんだ。
その時、俺の身体に力が漲るのを感じた。
これは……能力上昇の緑魔法!?
フォックス……アンタ……攻撃力アップの魔法を俺に?
亜人フォックスの魔法、鬼人化だった。
紅いオーラが俺を覆う。
「無事脱出する為だ」
と彼は言っていたが、連携の取れるのは素直に嬉しかった。
クレラ、そしてフォックスとの連携。
今日会ったばかりの二人で絆が深いとは言い難いが、それでも高さ三メートルのゴーレムを相手に協力は必須だった。
「ようし大剣ソーイアロの一撃喰らいやがれ!」
俺は対象の左脚に向けて斬撃を放った。
この大剣には魔力が宿っているのか。
ソーイアロの思念体が宿っているかは定かではないが、硬い煉瓦の足に、確実なダメージを与えるに至ったのである。
それとも鬼人化のおかげかな?
いやきっと両方だ。
何れにせよ、火炎弾と斬撃で、ゴーレムは明らかに怯んでいた。
(やっぱりクレラちゃん強いぜー。それにフォックスも極悪人ってわけじゃないのかも?)
俺が次の攻撃に移ろうとした時、
ゴーレムが体から煙を放った。
至近距離にいた俺が吹き飛ばされたのは言うまでもない。
何だコイツ機械だってのか?
でもフォックスはモンスターの匂いだって言ってた。
よく分からねーが俺は尻餅をつくに至っている。
クレラが二発目の火炎弾を放つ動きを見せていたが、フォックスは自分で攻撃しようとしていない。
彼のサーベルではゴーレム相手に分が悪いとでも言うのか。
それとも俺達に戦わせて自分だけ無傷で此処を出ようとしているのか。
ゴーレムがクレラの方向に歩き始めていた。
この世界アルテマに来て初めての相手にしては巨大だが、四の五の言ってられねぇー!
クレラを護る!
「喰らえ!火炎弾!」
ぶつかった衝撃は此方の方まで届いていた。
そして俺はノロいゴーレムより先にクレラの前に立ち塞がる。
この魔力を帯びた大剣で護ってみせらぁ!
その時、オレンジのオーラが俺を覆った。
再び、フォックスの補助魔法。
今度は防御力アップだろうか。
この闘いではフォックスは完全に補助に回っていたが、ピンポイントでサポートを施してくれる。
クレラは賢い印象だが、フォックスも中々賢そうだ。
何よりこの緊迫した戦闘の場での冷静な状況判断は流石とも言える。
バチッ!
敵の鉞の縦の攻撃を大剣ソーイアロで受け止める。
因みに防御アップの補助魔法は硬質化と言うそうだ。
俺は見事英雄の大剣で敵の攻撃を受けきってみせた。
手が痺れるような感覚。
取り敢えずクレラを護ることには成功だ。
壁画のあった部屋は円形の空間だった。
無理に相手を倒さないでも先へ進めるか?
いや、ここまできたら敵を倒そう。
今、この瞬間にフォックスは自分だけ逃げようと思えば逃げられたはずだった。
何だよ、やっぱり良心あるじゃねえかよ。
俺は大剣を振り翳し再び敵の左脚に攻撃をヒットさせてみせた。
まだ鬼人化の効果は残っている。
敵はバランスを崩して倒れだし、これでジ・エンドだった。
「ソラ、ありがと」
可愛いなクレラお前は。
取り敢えずこの部屋から脱出だ。
壁画の下部にある扉を開け、其処には眩しい光が差した。
ダンジョンを無事脱出した俺達は砂漠らしき場所に出たのだった。
気温にすると三十度くらいはある……。
先程の森とは打って変わってサボテンも見受けられた。
ゲームの世界だから何でもアリってか。
「大剣ソーイアロを寄越せ」
とフォックスは無理矢理剣の柄を触ってきたが、その瞬間バチバチッと火花が飛んだ。
どうやら英雄の剣は俺を選んだようだ。
異世界人だからだろうがな。
「チィ……英雄ソーイアロの大剣が俺様を認めるまで同行してやる。貴様らの目的地は何処だ?」
「アーディス……」
この大剣に思念体みたいなものが宿っているかは確かではないが、フォックスは納得いかなかったようだ。
「そうかフォックス様がアーディスまで案内してくれよう。どうせクレラは女だから方向音痴だろう」
確かにこの砂漠からアーディスに辿り着くには彼のサポートが必要かもしれない。
「行くぞ」
相変わらず主人公気取りだけど……。
「行こクレラちゃん。仲間は多いに越したことないって」
クレラはまだフォックスを信頼しているわけではなさそうだったが、取り敢えず俺達の旅がまだまだ続きそうなのは明白だった。
行けるさ、どこまでも。
アーディスが旅のゴールになるとは思えない。
ゲームで言うと主要都市に着いてからが本格的なスタートという見方もある。
俺達はダンジョンの出口を離れ、砂漠の中へと歩き出した。




