寮生活への圧力
寮内に満ちる沈黙の圧力・・・
反省の書面が女子寮に掲示されて以降、寮内の空気は劇的に変化した。
誰もが剣道部のメンバー、特に東清美を笑ったり、蔑んで見ることはなかった。
そこにあったのは、「次は自分かもしれない」という静かな恐怖と、極度の緊張感だった。
東たちが背負った「裏切り者」という烙印と、「涙を流す権利の剥奪」は、寮に住む全てのスポーツ生徒への無言の圧力となった。皆、自己の精神的な脆さや、僅かな気の緩みが、組織への「不忠」と見なされ、同様の屈辱的な指導を受けることを恐れた。
結果として、寮全体に規律が徹底され、生徒たちは、私生活においても練習においても、「勝利こそが使命である」という意識を深く植え付けざるを得なかった。
この厳格な規律と、勝利への徹底的な執着は、徐々に目に見える成果として現れ始めた。
剣道部に限らず、他の運動部も、対外試合や県大会で軒並み優勝を飾るようになった。
生徒たちは、個人の感情や体調よりも、「学校に勝利をもたらす」という使命を最優先し、圧倒的な結果を残していった。
東清美もまた、地獄のような指導を経て、完全に生まれ変わっていた。
個人戦でのトラウマは、もはや彼女の剣道には微塵もない。「高校と剣道部への忠誠」という使命だけが、彼女を動かしていた。ひたすら対外試合に出場し、優勝することが彼女のノルマとなっていた。
そして、ある県大会。東はついに、圧倒的な強さで勝ち上がり、個人優勝を飾った。
しかし、その報告を受けた学校側の反応は、冷淡なものだった。
道場に戻り、優勝を報告する東と監督に、体育科長は静かに言った。
体育科長:
「そうか。優勝か。」
監督もまた、東をまっすぐ見つめたが、その表情に喜びはなかった。
監督:
「お前が勝つのは、当然だ。この学校の、この指導の下で稽古を積んでいるのだからな。それが、お前の使命だ。」
校長室への報告も同様だった。校長は、トロフィーを眺めながら、ただ淡々と告げた。
校長:
「結構。この程度で浮かれるな。お前たちが背負うべきは、全国優勝の重みだ。この勝利は、お前たちが償うべき義務の第一歩に過ぎない。」
かつて、個人戦の敗北を深く糾弾され、涙を流すことさえ禁じられた東にとって、この個人優勝は、決して誇るべき栄冠ではなかった。それは、「果たして当然の義務」であり、「組織への忠誠の証明」でしかなかった。
道場に、勝利の歓声は上がらなかった。東の勝利は、無言で剣道着の袖に縫われた「群馬彩華」の文字を、さらに重く、厳しいものにしていた。彼女たちに残されたのは、次なる試合、次なる勝利への、果てしない義務感だけだった。




