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第3話 「黄昏時 前編」

友人から、前話の話数が増えないのはおかしいと色々忠告を受けて話数変更を行いました。

変更点は下記の通りです。


第1話 「白銀の転校生」その1⇒第1話 「白銀の転校生 前編」

第1話 「白銀の転校生」その2⇒第2話 「白銀の転校生 後編」


たしかにスッキリ!

これに伴い『精霊騎士』も訂正しようかと思っております。

この場を借りて謝罪させてください。

ごめんなさい。

そして『精霊騎士物語』を読んで下さった方々とお気に入り登録して下さっている皆様ありがとうございます。

PV10000突破を記念して皆様に感謝を。

せんだいとりゃは皆様の為に頑張ります。



それでは、久し振りの「ヒトというナの」第3話です。





人々が当たり前に暮す現代。

それは知ってはならないモノが闇に隠蔽される事で保たれている表面上の日常世界。

こちらは”精霊と魔法が混在する隠された真実世界”の物語です。

お楽しみ下さい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



時間は夕刻。


昼と夜が織り交ざりし時。

この時間は古来より、異なる世界の住人に遭遇背し時間と云われている。


場所は学園の本館屋上。

夕闇は俺と少女の二人がいる屋上一面と空を茜色の朱と闇が混合したゲラデーションに染め上げている。


─Je tire sur vous─


聞き慣れない言語を口にする少女。

右腕を包帯で巻き首から吊り下げた痛々しい姿の彼女が左手の掌を俺に突き付けるように水平に伸ばすと、その動作に呼応するように彼女を中心に屋上に風が吹く。

吹き付ける五月の風はまだ冷たく、彼女から吹いてくる風はより背筋を冷たく感じさせる。


「御堂君・・・」


俺の名を呼ぶ転校生アイリス。


夕刻の屋上

キャンパスに影を伸ばす少女が紡ぐ言葉は淡々としたもので、絹糸のように細い白銀の髪は髪自体が銀色に発光し、陶磁器みたいに白い肌に機械的に無表情で整った顔立ち、濃く澄みきった青、瑠璃色と呼ぶべき色の瞳。

蒼凰院学園の制服を着た姿は等身大の西洋人形が立っているようにも思える。


転校してきた銀髪美少女が言う事を信じるなら、彼女は実は世界を跨ぐ魔法少女で何故か初対面の俺を狙ってるっつ〜この呆れるくらいの現実感の無さ。目の前の転校生にこれは外国流の冗談か?と溜息混じりに笑い飛ばしてやるのは簡単だろう。しかし、そんな現実逃避したところで眼に映る事実は変わってはくれない。


彼女は15メートル程の距離に佇んでいる。


その距離から何語か分からない言葉(英語ではないだろう)を口にした途端、光とともに幾何学模様が浮かび上がったと思ったら、その直後に閃光が走り隣にあった木製ベンチが粉々になった。

彼女の手には何も無く、火薬の臭いもしなければ、破片の下と周辺にも何かを仕替えた痕跡も無い。


つまり、ベンチを破壊した何かはマジックの類でないのなら、彼女が言う通り『魔法』というもので遠距離から破壊したのだろう。


身体に燻る未知への恐怖と興奮の熱量が無ければ、夢現の境目さえ曖昧になりそうだ。

夢の中にいるのに現実だと信じている、そんな不思議な感覚。


ここは平和な日本でついさっきまで変わらない毎日を過ごしてたのに、不自然過ぎる彼女から吹いてくる風が否応にも現実だと教えてくれる。


「分からないわ、やっぱり魔法に見覚えがあるのかしら?」


「あいにくと友達は多くないんでね、手品師の知り合いなんていないし、自分で魔法使いだなんて言っちまう電波少女に狙われる覚えなんて見当たらないさ」


握り締める拳に力を入れずにいられない。

橘さんに感謝しないとな。

今の俺ならどんな状況だろうと思考通り身体は言う事を聞いてくれる。


「あなたの目に恐れは無い…それどころかこの状況をどこか楽しんでいるようにさえ見える」


「楽しい訳ねえだろ。必死に開き直っただけだ」


この現実に覚悟を決める。


迷えば即座にやられるだけだ。

言葉、呼吸、表情、目線、筋肉の動き、得られる情報を読み取りタイミングを取れ。

全てに覚悟を決めて思考を正確に身体へと伝達しろ。


どんな時でも、それが予想外の状況であっても、それを打破する最初の条件は現状把握と思考通り身体を動かすことだ。

戸惑い、恐怖、緊張、しがらみに絡まれ動きが鈍る事をまず乗り越える。


そうすれば、俺にとって最悪な結果だけは最低でも避けられる。



「手荒な真似はしたくない。おとなしくしてくれればスグに済むから」


「脅しといてよく言うぜ」


正直───現状はかなり悪い。


まず、彼女の『魔法』というものがどういうものか具体的な情報が乏しい。

数も精度も分からず、使用するのに条件があるのか、はたまた無条件なのかさえ分からない。

分かることは彼女がこの15メートルの距離を苦も無く遠距離から攻撃出来るということ。


少なくとも遮蔽物も何も無い屋上で飛び道具を相手にこの距離は絶望的で、この位置関係が彼女にとって都合が良い距離であり適した間合いなのだと判断する。


俺が彼女までの距離、約15メートルを詰めるのに要するに時間は直線で三秒はかかる。

その三秒間俺が走っている間、彼女がどれだけの行動が取れるかは未知数といっていい。


「言っておくが魔法使いだかなんだか知らないが、言うこと聞かせたかったら・・・」


しかし一時的な離脱だけなら三秒どころか一秒に短縮出来る。




「神様でも連れて来いっっ!!」


「っ!?」




全身のバネを使い跳躍する。

アイリスがいる方向じゃなく───後ろへ向かって振り向く事無く後方宙返りするように飛ぶ。


俺は柵を飛び越え屋上から身を投げ出した。


この本館屋上は元々立ち入り禁止だ。

その為転落防止柵なんて胸元程の高さしかない。

彼女には俺が自殺しようとしたように見えただろうか。


普通の人間だったらセイゴのした行動は自殺行為にしか見えない。

だが、この程度、セイゴには日常茶飯事だ。


「ふっ!」


本館四階屋上からの高さは、丁度彼女との距離の15メートルくらいだ。

その地表を目指す訳にもいかない。

彼女の視界から切れた瞬間にすぐに手を伸ばし屋上の縁に指をかける。

身体は質量と重力で方向性を地表から校舎へと変える。

振り子の要領で校舎側に身体を引き付けてタイミング良く指を離す(四階と屋上間は幅があるからそのままぶら下がっていると壁面に激突するからだ)。


タッ


四階ベランダの手摺りに足が乗ると天井に手をかけて身体を内に滑り込ませ────


 「くっ!」


────勢いをそのままに教室の窓へショルダータックルするようにダイブした。


 ガシャーン!

ガガッガン…!


セイゴは頭を抱えるようにして窓を突き破り、机を吹き飛ばして教室へなだれ込む。


「いたたっ」


こういう窓というのは映画のように窓に突っ込んで無傷というのは難しく、実際では窓枠の弾力あるシリコンに割れたガラス片が大きく残り身体を通過する時に鋭端部が引っ掛かかり裂傷を付けやすい。

今日は(・・・)、運良く机にぶつけた軽い打撲程度で済んだようだ。


コツは叩き突ける部分は布地で先に大きい部分から勢い良く通過する事だ。

良い子は真似すんな。


整列していた椅子と机を薙ぎ倒し乱雑となった教室で打ち付けた肩やら腰やらを撫でながらスグに立ち上がって割れた窓を見る。


1メートル程校舎から飛び出たバルコニーのようなベランダは、各教室を繋いでいて有事の際は脱出口になるよう避難梯子も設置されている。

そこに降りずにわざわざ飛び込んだのは、屋上から身を乗り出されればベランダにいる所を狙われると考えたからであり、どうせ全部の窓に鍵はかかってるんだし、どうせ窓を割って入るなら時間短縮も兼ねて飛び込んだのだ。


「さすがに追ってこねえか…」


ガラスの割れた音で転落では無く下の教室に逃げた事はまずバレてる。


同じ方法で追っては来ないだろうと思いつつスグに侵入経路を確認したのは彼女が同じ方法で追ってくる可能性を考慮したのだが、自分のような真似はしないようだ。


となると、下の階層に降りた俺を彼女が追って来るには屋上に繋がる中央階段に向かうと考えるのが妥当だ。

中央階段からこの教室までの道程は簡単だ。

中央階段から一つ廊下を曲がるだけでこの教室が並ぶ直線通路に来る事が出来る。


「廊下はまずいな」


屋上と同じで遮蔽物が無く更に直線的な分、 廊下で鉢合わせは最も危険度が高い。


なら、この教室で迎え討つか。

盾としても身を隠すにしても半端すぎる机では、接近戦しか出来ない俺にとって障害物でしか無いが、遠距離攻撃が出来る彼女を相手にするなら廊下よりはマシだろう。


「とりあえず、よっと」


倒れた椅子達の内一つ、四本ある足の一本を握る。

踏み付けて力を加えるといとも簡単に鉄パイプは折れ曲がり千切れた。

それをもう一回繰り返し、尖端が潰れた棒が二本。


「無いよりは良いか」


即席の警棒兼刺突武器が二本出来上がり。

武器としては酷く頼りないが、素手よりはマシだ。


壊して今更気付いたが、今いる教室は一年生の教室で妹のナミの教室では無かった。

まあ、狙われているこの状況では例え妹が普段使っている椅子だろうと学校の備品を壊すことに何の躊躇も罪悪感も出ないけどな。


「さてと・・・」


獲物二本を一本は腰のベルトに差し込んで、もう一本は右手に握り教室の入口に向かう。

そして彼女を迎え撃つ為に耳を澄ませる。


ここ最近は殺人事件があってから部活動を自粛するするよう呼びかけている。

学園側としては禁止したいところだったが、夏も近い為にもっぱら運動部が少しで良いから練習したいという要望を受け入れて、部活動及び委員会等で学園に日が暮れるまでという条件付きで許可を出している。

勿論、日が暮れるまでというアバウトな時間は各自判断でなく、担当顧問の采配に委ねられるのだが生徒の安全第一を考える教育者として日が暮れ始める頃には下校するように勤めている。

更に校内に居残りがいないか確認の上に、放課後通学路に教員を立たせ学生が街を徘徊していないか各学校と連携して巡回をしている。


そして今は丁度日暮れだ。


本校舎には普通の教室と職員室しかなく、文科系の部活が利用する理科室、音楽室、図書室等といった特別室は別館にあるから放課後の本館内に生徒は少ない。


ここでその異常さに気付く。


今の時間ならまだ教室内に残っている生徒がいてもおかしく無い。

それに職員室には教員達がいるし、残っている生徒がいないか校舎内を巡回しているはず。

ついさっきまでは、校庭で部活に汗を流した連中達もいただろう。

屋上に上がる前に運動部の姿と声も確認している。


なぜ何も聞こえない?


半端に薄暗い廊下は、蛍光灯の灯りが酷く頼りなく明滅していて耳鳴りがしてくる程に静まり返っていた。


静まっているなら尚更硝子が割れる音なんて廊下どころか校舎内の相当な範囲に響き渡るだろう。


それを聞いたら騒ぐ者らがいるはずなのに───


・・・静か過ぎる


───廊下どころかこの学園・・に誰もいないんじゃないかと思える程に静かだった。


たまたま誰も耳にしていなかった、なんて偶然とは思えない。


眼を瞑り、聴覚から存在を探るように耳を澄ます。


外からも、校舎内からも何も聞こえない。

生徒、教員、用務員、警備員、自分以外誰も人の気配がしない。


「まさか、誰もいないのか?」


それに来るであろう彼女の足音さえ聞こえない事の不気味さに思わず呟いた時だった───彼女は既にソコにいた。


──第三者の助けは期待出来ない──


「っ!?」


廊下に意識を集中させていた時に急に教室から彼女の声が聞こえて慌てて教室を見渡す。


「この学園内、高等区一帯の領域に結界を張ったわ。あなたが屋上に来た時から私達以外に誰もいないし誰も来ない」


昼間の出来事が頭を過ぎる。

鍵がかかっていた屋上に何故出入り出来たのか。


俺はこれに疑問を持って常識で考えるべきじゃなかった。


彼女は俺の後を追ってきていた―――俺とは全く違う方法で。


「・・・嘘だろ・・・」


学校に誰もいないという事実よりも驚いた事がある。


全身から淡い光を漂わせながらアイリスは割れた窓の向こう側にいた。

教室を見下ろすように―――バルコニーの外側に浮いていた。


『今まで相手にしてきた連中に対して』の俺の中の常識を完全に崩す現実。


それに追い討ちをかけるようにアイリスが左手を伸ばし、その命に従うように発光した幾何学模様が浮かび上がる。

屋上とは違う事はその数が一つではなかったこと。


 キイイィィー・・・ィン


耳鳴りのような音を上げて浮かび上がるは計七つの緑色の魔方陣。

その音はカメラのフラッシュがパワーをチャージする音を連想させる。

その光景はセイゴの警戒本能に警報をあげさせる。


─Fusillade─


アイリスの言葉の引き金に7つの魔法が発動する。


「ぅおっ!やっべえええっ!」


悩み暇は無かった。

瞬時に迎撃を諦め教室の入り口を勢い良く開け本能が叫び声を上げて廊下に滑り込んだ。



ドガガガガガガガガガガガガガガ―――――



緑色をした魔方陣から閃光と衝撃が教室に走る。

連続で放たれた魔法はその一発一発が拳銃の比ではなく、さながら散弾銃のように窓を割り机と椅子を吹き飛ばし、教室中の壁という壁を穿ち抉っていく。


「なんつーインチキだっっ!!」


廊下を全力ダッシュしながら背後の出鱈目な光景にセイゴは声を上げた。


出口に近かった事が幸運だった。

単に廊下に逃げただけでは確実にやられていた。


教室を破壊し尽くす暴風は教室の壁を貫通して、教室の先の廊下の壁さえも吹き飛ばしていた。


空さえも飛べて、あの破壊力を目の当たりにしては魔法使いという現実離れした存在に叫んでも仕方ないだろう。


こっちはただの人間。

ごく普通の高校生。

空飛ぶ魔法使いに対抗出来るような重火器なんて持ち合わせてなければ、教室を巨大な蜂の巣にした魔法に対して手元にある武器はハンドメイドの急拵えの近距離武器しかない。


単発ならまだしもあの暴風に突っ込むのは歴史で習った旧日本兵が竹槍で大国の兵器に特攻する並に無謀だ。

そんな真似はとても出来ない。


廊下を駆けながら、そんな人間が彼女という魔法使いを相手するのに少しでもやり易い場所を思案する。


廊下を駆けて階段を下っていると所々電気が点いたままや荷物が置いたままな景色が流れていく。

そんな教室や廊下、職員室はまるでさっきまで人がいたのに忽然と姿が消えたようだった。

そこにいた人達がどこに行ってしまったのか気にはなるが自分等以外学園内に他の人間がいない事は俺にとっても都合が良い。


元々誰かの助けを期待などしていないし、これ以上逃げるつもりも無い。

何よりも俺の家族に危害がいかないこの状況は僥倖だ。


彼女が俺だけを標的にしているなら、相手してやるだけだ。






―――――――――――





彼女に今追われる理由が口封じな事は分かっている。


あんな『魔法』というものが現実に存在するという事実は、公になれば確実にこの文明社会を崩壊してしまう。

その存在を知ってしまった俺はこの世界の秩序を守るためには消してしまった方が都合が良い。


だが、


そもそも、最初に彼女が俺に知らせなければ、あんな破壊行為をしてまで俺を狙う必要も無い。

それに何故彼女がそんな世界に関わっているのかも、彼女が何故魔法使いなのかも、こんな俺を試すような事をしているのも分からない。


決戦場所を探しながらそんなことを考えていた。

それもここに来るまでの話。

ここに来てからはスグに現状打破するまで他の余計な思考は隅へ追いやっていた。


どうせ考えたところで――


彼女がクラスに現れた時からしかアイリスという少女の記憶は無いのだから。



二階建てのコンクリートと鉄骨で出来た無骨な建物。

人が住むためではなく、車を泊める為に造られたもの。


それは駐車場だ。


で、セイゴが今身を隠している二百台収容可能な学園の二階建て立体駐車場でもある。

ここを選んだ理由は空を飛べて遠距離攻撃が出来る彼女に対して接近戦で攻撃を当てるための二つの最低条件『屋根がある』、『遮蔽物がある』という事を満たしているからだ。


彼女の魔法は先程の威力を見る限り、ここにある車達ではおそらく盾にはなり得ない。

だが、身を隠し視界を遮る遮蔽物としてなら十分合格だ。


ここに点在する車達の距離間なら駐車場に入ってくれれば隠れたまま一足飛びで自分の射程内に接近する事が出来る。

例え、宙に浮いたとしても2・5メートル程度しかないこの天井の高さなら余裕で捉えられる範囲。


教室で彼女の包帯を巻いた右腕に不意に触れてしまった時、たしかに彼女は『痛い』と言っていた。

痛覚もあれば怪我もする。

魔法使いといっても彼女は『魔法が使えるだけのただの人間』だと推測。


遮蔽物に身を隠し彼女が近付いた瞬間に不意を突いた一撃を当てれば自分にも十分勝ち目がある。


地面に綺麗に引かれた格子状の線に持ち主が忘れ去っていったように所狭しと並んだ学園職員達の内の一台。

出口からそれほど遠くもなく近くもない距離にあるワンボックスに背を預けてセイゴは眠るように眼を瞑っていた。

景色と一体化し獲物が近付くその瞬間を狩人のように静かに待つ。




手首から伝わる鼓動、耳に聞こえる心音、自分の呼吸音、余計なノイズは全てシャットアウトする。

本来なら聞き逃す程微かな音も聞き逃さないよう無音の世界に知覚範囲を拡げていく。


 彼女が何者だろうと姿が小さな女の子は間違いない。


 そんな少女に自分がこれから何をしようとしているのか。

 それが第三者から見れば情状酌量の余地が無いほど残虐な行為だとしても、今だけは感情を圧殺する。


そうしてどれ程の時間が流れただろうか。瞼越しの光量がさして変化してない事から実際には数分もたっていない。

だがどんな小さな違和感も見流さない集中した時間は一秒を一時間に感じる程だった。



 (……来た)


駐車場に入り込んだ存在を感じた。


当然、見えないように隠れているから眼を開けたとしても姿は見えない。

勿論、確認する為に覗き込もうと動く気もない。


あまりにも稀薄な存在感。

地と接触する靴音さえもしない。

しかし、肺から喉を通り唇の隙間を擦るほんの僅かな摩擦音。

一つの呼吸が確実に近付いて来ている。


その距離は・・・10、9メートル。


彼女が来るのは俺が背にするワンボックス車の左後方の通路から。

このまま直進してくれれば彼女の怪我をしている右腕側から突く事が出来る。


・・・・・8メートル


この距離になって静か過ぎる足音がやっと聞き取れた。

その足音は順調に射程内に近づいている。



・・・・7メートル


・・・6メートル


落ち着いた静かな呼吸音より小さい歩法って、お前は忍者か?

けして声に出さないツッコミ。


足音が聞こえるという事は今彼女は浮いていない。


・・5メートル


好都合だ。


4メートルっ!

今っ!


セイゴは車の影から身を翻し飛び出す。

視界に入ったアイリスは無防備だった。

魔法を放った時のように全身から風と光を纏ってる訳でも身構えてもいない。


右腕に包帯を巻いた怪我をした美少女。

まるで普通の少女に対し───


「しっ!」


───セイゴが前屈みに4メートルの距離を一気にゼロにする。

 

 狙うはアイリスが包帯を巻いている右手側から首筋にかけて。


視界に急に現れたセイゴにアイリスは今気付いたように魔法を行使する為に手を伸ばす。


『アイリスが視覚でセイゴを捉え認識し行動に移す』


普通の人間と変わらない感覚で情報を得ているという事で、彼女の肉体はあくまで普通の人間でしか無いという立てていた仮説にセイゴは確信を持つ。

つまり、奇襲は成功で攻撃が当たれば俺にも勝ち目があるということ。


伸ばしたアイリスの掌が淡い緑色に発光する。

それにさっきまでのセイゴなら間に合わなかったかもしれない。

いくら奇襲とはいえ4メートルの距離を詰めて腕を振るセイゴより、アイリスが腕を上げる方が早い。

だが、


「ぉおおせえぇっ!」


その僅差を逆手に持った椅子から作った鉄パイプのリーチが埋める。

既に近距離まで接近したセイゴは握り絞める鉄パイプの尖端をアイリスの首筋目掛けて振り下ろしていた。

セイゴは魔法より早く突き刺さるであろう凶器によって血飛沫を撒き散らす少女の姿を予見した。


アイリスの肉体耐久力が普通の人間と変わらないというセイゴの仮説は間違っていない。

例え、人の力で容易く曲がる鉄パイプでも、コピー用紙でも、鋭利な物で傷を付ければアイリスの柔肌は簡単に引き裂かれ血を流す。

あくまでも只の人間と変わらない身体を持つアイリスを傷付けるなら鉄パイプで作った凶器でさえも仰仰しいといえた。


しかし――――彼女は魔法使い。


セイゴの攻撃が彼女の肉体に有効打を与えれるといっても当たればの話だ。





―――アイリス視点―――





彼がこの駐車場に逃げ込んだ事は分かっていた。でも、この広い駐車場内のどこに隠れているか詳細までは私には分からない。薄暗い駐車場内を歩き進む。


彼が昨夜(・・)の記憶を持っているかは確信が持てないが、昨夜(・・)の出来事からも彼が油断出来ない相手だという事は分かってる。


今朝に至るまで私は彼=御堂誠齬について調べた。

そして、彼の過ごす日常に触れて彼がこの平和な国で過ごすただの学生だと感じていた。


それがどうだ。

今に至るまで彼の行動は鍛えられた人間のように的確で、今も気配さえ感じさせない。

人間としての練度は彼の方が私より上。


駐車場に入り込んでから十数秒と立った時――彼が並んだ車の影から飛び出して来た。


その時に私の反応が僅かに遅れた。

それは裏の世界で戦い続ける私の油断では無く、称賛に値する程彼の気配遮断も飛び出すタイミングも見事だった。


アイリスが間近に半身で右腕を振り被ったセイゴの姿を視認して掌を向ける。


アイリスが常時形成、展開、発動することが出来る7つの弾丸。

魔法『射撃』。


今の状態のアイリスの自由意思で発動までに必要な時間は最速で0.4秒。

それが照準、威力を度外視しての、ただ発動し撃つという事象のみを望んだ場合で出せる限界速度。


「ぉおおせえぇっ!」


彼の叫び声にその0.4秒は肉薄した今の状況では致命的な時間だと気付く。

いつ用意していたのか振り下ろすセイゴの手に握られた無骨なハンドスピア。


―間に合わない―


その棒の長さが魔法発動までの刹那的時間を埋めると判断してもアイリスは慌てる事もなくセイゴを冷静に見詰めていた。

自分に凶器を振り降ろすその姿にむしろ更に評価が上がるなどと考えた程だ。


アイリスが魔法使いだとはいえ肉体耐久力が普通の人間の肉体と変わらないというセイゴの仮説は概ね正解だった。

こんなただのナイフより鋭利性に欠けたモノでも当たれば自分の肉体は容易く突き破られる。


だが、彼女は歴戦の魔法使い。

人成らざるモノ達を相手に戦い己が持つ法を執行し続けてきた『執行者』。


セイゴの右手に握られた鉄パイプの切っ先がアイリスの首と鎖骨の間に触れようとした時――――凶器の尖端は陶磁器のように白いアイリスの肌を突き破る事も鮮血を散らす事もなく消し飛んだ。


「っ!?ちいっ!」


ただの短い鉄パイプになってしまった物を見てセイゴが驚き目を見開き舌打ちする。


いくら鉄パイプが肉体強度が並のアイリスより強固だといっても所詮ただの鉄の塊。

神の祝福を受けた神剣でも無ければ奇跡を起こす聖剣の類いでも無い金属如きでは彼女の魔法を突破し触れる事は不可能だ。


アイリスの身を守り鉄パイプを削った魔法。

魔法『自動迎撃射撃』


その魔法は言葉を口に出す必要も思う必要も無い。

『常に発動待機状態』であり『アイリスに殺意と敵意を持って触れる』ものをタイムラグ無しで瞬時に7つの弾丸が現界し撃ち抜く。


それがセイゴの殺意に反応して発動、アイリスに触れる前に鉄パイプの尖端を瞬時に撃ち抜いていた。


そして―――意思を持ったモノがアイリスを護る為に現界する。





―――アイリス視点終了―――



 ―次回予告―


白銀の髪をした魔法使いアイリスと対峙した高校生御堂セイゴ。

夕日に彩られる灰色の駐車場。

セイゴの日常世界に異世界の住人が混ざり込むかれ時、精霊と魔法が混在する隠された真実世界がそこにあった。


第4話

「黄昏時 後編」


 ─悪魔の鮮血に濡れる白銀の少女

   それが少女の悲しい日常世界─


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