第2話 「白銀の転校生 後編」
人々が当たり前に暮す現代。
それは知ってはならないモノが闇に隠蔽される事で保たれている表面上の日常世界。
こちらは”精霊と魔法が混在する隠された真実世界”の物語です。
お楽しみ下さい
「あなたはこの世界が好きですか」
その静寂を破り、ゆっくりと彼女は振り返る。
真っ直ぐ交し合う視線。
白銀の転校生は、唐突に、そして染み渡るように俺と彼女の運命の言葉を口にした。
「私は今の世界を保つために、あなたの全てを監視する」
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もしも、今の言葉を言ったのが彼女以外の人物だったら、どんな笑えない冗談だと怒鳴り出したかもしれない。
しかし、彼女は違う。
彼女の瞳は冗談だと思わせない。
これまで無機質だった瞳には、今は明確な決意が籠っていて俺を捉えて離さない。
しかし、それも長くは続かなかった。
「ねえせっちゃ~ん!屋上にいる~!?」
金縛りのように瞳に囚われた俺を現実の世界に戻す声。
後方からの呼び声は、瑞穂の声だ。
おそらく、屋上に上がる小窓から叫んでいるのだろう。
「いるぞー!どおした~?」
「あぁ~アイリスさんの机運ぶようにさっき先生に言われてたでしょ~!もう授業始まっちゃうよ~!」
言われてみると、担任は確かに職員室に来いと言っていた。
「あれは、説教の呼び出しじゃなくて机を運ぶためか」
てっきり説教のためだと思ったから無視して屋上に来ていたのだが、クラス委員を務める瑞穂が呼びに来たし、なにより彼女の机の為なら行かない訳にもいくまい。
「今行くからちょっと待ってろ~」
「分かったぁ~」
空になった軽い弁当箱を持って、重い腰を腰を持ち上げる。
「ミドウ君・・・」
目の前の立つ彼女は教室の時と同じ、無機質で何も見ていないような瞳に戻っていた。
「私は、あのままでも構わないわ」
「・・・へ?」
無表情に吐き出された彼女の言動にはホント驚かされてばかりだ。
それは、さっきのまんまで良いという事なのか。
「オレが困るんだよ。周りの視線が痛すぎて、さ」
「そう」
正直に答えたが、多分それがどんな回答でも、彼女は少しも表情を変えずに再び景色を眺め始めていただろう。
そんな彼女をそのままに屋上を去ろうとした時だった。
-放課後ここで待ってる、その時あなたは選択しなければならない-
俺は、瑞穂が待つ屋上に出てきた小窓に向かった。
「わり~な忘れてたわ」
この忘れたという単語は非常に便利だ。
さも記憶に無いように言っておきながら、その記憶は思い出せないだけで消えた訳では無い本人の中にあるたしかな記憶なのだから。
「もぅ忘れちゃうんだから」
脚立に上がって窓から顔だけ出している瑞穂に謝ると、スグに飛び降りて職員室に机と椅子を取りに行った。
同じ二階の職員室から教室までなのだから、二人で運ぶ程でもないが一応瑞穂と二人で運んでいた。
「アイリスさん教科書はまだ届いていないし、とりあえずせっちゃんとくっつけていいんじゃないかな?」
「そうだな、まあ教科書は全部あるから見せれるしな」
「ホントは持って帰るべきだよ」
「分かったよ」
廊下で机と椅子を運んでいて、疑問に思った。
そういや彼女はどうやって屋上に上がったんだろう。
俺が屋上に上がった時には、既に彼女は先にいた。
転校してきばかりの彼女がロッカーに隠されている脚立の存在を知っているとは思えないし、そもそも脚立は出ていなかった。
それに俺しかいないと思った瑞穂は、俺が飛び降りる時に邪魔だからロッカーに戻してしまっていた。
「ちっ、あと頼むわミズホ!」
「えっ、ちょっと!?せっちゃん!」
あんな怪我した状態で屋上に上がれた事態が不思議だが、降りるとなると更に難しいはずだ。
残りの距離を運ぶのは瑞穂に任せて急いで屋上に向かった。
「ひどいな~セイゴ。せっかく買って来たのにいないんだから」
屋上に上がる小窓の前の階段には、攸理が立っていた。
丁度屋上から飛び降りてきた所で、手には売店で買ったサンドイッチを持っている。
「おっ、ユーリか!今からまた上がるとこだ」
「また上がるのかい?それに何で脚立なんか」
階段の隅にあるロッカーから脚立を取り出して窓のしてにセットする。
「これで降りてくる時、オレが手伝えば楽に降りれるだろ」
「誰のことだい?上には誰もいないから僕は降りてきたんだよ?」
「何を言ってんだよ、アイリスがまだ・・・よっと」
脚立から少し勢いを付けて窓の外に身を乗り出して彼女と座ったベンチがある方向を見る。
「・・・いない、な」
そこには白いベンチが残されていただけ。
屋上に上がって、辺りを見渡しても屋上には誰一人いなかった。
キーンコーンカーンコーン
鳴り響く休み時間の終了直前を知らせる予備チャイムの中、少し前にいた彼女の姿は屋上に見つける事は出来なかった。
「ほら鳴りましたよ、教室に戻るんですよ」
「あ、あぁ」
どうやって彼女が僅かな時間に屋上に出入りしたのか頭に疑問符が浮かんだまま攸理と教室へ戻ると、教室に入ると同時に5時間目を知らせるチャイムが鳴った。
そこで、オレの疑問は解決するどころか更に大きくなってしまった。
「何ですか、いるじゃありませんか」
「なんで・・・もう教室に」
オレが探した彼女は、既に教室に瑞穂が運んだ椅子に座っていて大勢のクラスメイトに囲まれていた。
「さっき学食に誘おうとしたのに~」
「ヒメって~お昼は何か食べたの~?」
「そういやヒメさっき昼休み見かけなかったよね」
彼女を取り囲むクラスメイトの他愛の無い雑談。
皆軽い挨拶は済ませたみたいで、女子達に混じって男子も聞き耳を立てていた。
近の流行なのか、どうやらあだ名はヒメに決まったらしい。
丁度、昼休みの彼女の行動を聞いているようだ。
そう、俺も彼女のさっきの行動は俺も興味がある。
「お昼ご飯を食べた訳じゃないけど、さっきは屋上で・・・」
さっきの屋上での出来事。
「御堂君の先が割れたウインナーを口に無理やり詰め込められてた、いらないって言ったのに」
・・・・へ?。
皆何も言わず静かにぞろぞろと自分の席に戻っていく。
その群れは魂の抜けた亡霊のようで、オレは皆と反対に自分の席に向かっていった。
「セイゴっ!」
「ぐあっ!?」
ボカンッ!と席に着くなり後頭部を叩かれる。
「セ~イ~ゴォ~」
後ろに振り向くと、にこやかに拳骨を握り締める瑞穂がいた。
瑞穂が俺に相当怒る時はいつもの”せっちゃん”では無く名前で呼ぶ。
つまり今は中々のピンチ。
「ド、ドドドドドどおいうことか、話せるうちに言い訳を聞いておこうかしら?」
「ミズホ誤解だ!」
それ以上怒る時は、ドモり出す。
ただ、その怒りはまだ最上級レベルを振り切っていない。
つまり、ピンチには変わりないがまだ挽回出来る状態。
「たたっ確かに俺のウインナーを彼女の口に突っ込んだが、しかしっ!」
その時、カッと目を見開いた瑞穂の背後にはたしかに阿修羅が見えた。
「アンタわ乙女の口に!ナニを無理やり突っ込んだのよっ!!!」
「それは、ぎゃまだ途中だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
瑞穂の乱打と俺の叫び声は、教師が教室に入って来るまでの永遠とも思える時間続いた。
今は五時間目。
教壇では現代文の教師が熱弁を語っていた。
アイリスの席は俺と窓の間。
それは本来あるはずの無い席。
瑞穂が運んだアイリスの机は、オレの机と机をピッタリと合わせてあって、無理やりスペースに収めている感じだった。
机を俺の教科書で繋がれている彼女との距離感は、あまり変わったように思えない。
それに、相席じゃなくなったといってもクラス中の視線も、逆隣の瑞穂の視線もやはり痛々しい事には変わりなかった。
・・・誤解は解けたとはいえ、それも仕方に無いことかもしれないけど。
ボコボコに顔を腫らした俺は、隣の人物に話しかける。
「どうして教室にいるんだよ」
「私が教室にいてはいけないの」
窓側に座るフランスから来た転校してきた少女。
せっかく形だけでも開いている教科書には目もくれずに相変わらず窓の外を眺めている。
「いや、いつ教室に帰って来たんだ」
「さっきから教室にいるわ」
オレの事が気に入らないのか、誰に対してもそうなのか、それとも彼女が特殊なのかは分からない。
基本的に目を合わして話さない彼女とは相変わらずどこか会話が噛み合わない。
屋上での彼女も気になるが、それは放課後にでも聞いてみようと思ったら久々の緊張が抜けてきたせいか瞼が重くなってきた。
現代文教師による朗読の子守唄の中、俺は眠りについていった。
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場所は学校へ続く道。
遠く離れた中心部のアーケードから自分が通う青鳳学園に向かって走っていた。
一刻も早く待ち合わせの場所へと向かうために急いだ。
銀髪の少女は首を長くしてオレという人物が現れるのを待っているだろう。
別に彼女が嫌ですっぽかした訳でも急用があった訳でもない。
「すっかり忘れてたのさ!」
学校が終わると俺はいつもの流れで攸理と街に繰り出していたのだ。
ぶらぶらとアーケードを歩いている時に、ふっと待ち合わせがあった事を思い出して今向かっている。
果たして彼女はいてくれるだろうか。
むしろ、諦めて帰ってくれてた方が楽かもしれない。
「とっくに学校終わってもうすぐ夜だしな!」
待ち合わせは放課後。
今も放課後に変わりは無いが、学校が終わってから軽く二時間以上立っている。
既に、夕日は赤く染まり、あと一時間もしないうちに夜の時間へと変わるだろう。
「さすがにいねえだろ!」
明らかに自分が悪いのだが、開き直って声を上げる。
携帯電話というモノが普及している現代において、連絡が取れない待ち合わせ程不便に感じるものは無い。
連絡先も知らないというより携帯自体持っているかも分からない彼女が、待ち合わせの屋上でいまだ待ち続けているのかも、今向かっているとも伝えられない現状。
まさか、誰か代わりに行かせることも、禁止のはずの屋上に先生に見て貰う事も出来ない。
自ら行って確認するしかないのだ。
校庭では部活動に汗を流す連中も帰り支度を始め僅かしか残っていない。
下駄箱で最後の居残り組と擦れ違い、階段を最上階へと駆け上がる。
最上階の階段フロアには脚立も見当たらない。
屋上へ上がる扉も当選鍵はかかっているし、小窓にも鍵が閉まっている。
「はぁっはぁっ、いないとは思うけど、いちおう確認してみるか」
呼吸を落ち着かせながら、ジャンプして小窓の淵にしがみ付き片手で鍵と小窓を開けていく。
手馴れた手付きで窓を開けると腕力でよじ登り小窓から屋上へと脱出する。
いないとは思いつつも、屋上を見渡す。
しかし待ち合わせをしたアイリスはいた。
手すり際に立つ小さな後ろ姿。
街に沈んでいく夕日の中で、銀髪の少女の背中はとても小さなモノの感じた。
「まだ待ってたのかよ。普通こんだけ待たされたら帰るぞ」
昼間と同じようにアイリスの後ろのベンチに座って話しかける。
「やはり・・・来たのね」
話しかけられてもアイリスは驚きもせず、振り返らずに答える。
急いで走り続けて来たせいで、酸欠なのか体力不足なのか心臓の鼓動が煩いし、少し頭も痛い。
「俺が来なかったらどうしてたんだよ。さっきまで忘れてたんだぞ」
「あなたが来るから私は待ってた」
その落ち着きぶりはこうして遅刻してやってくるのに対して怒っている訳でも無い。
まるで分かっていたような言い草だ。
「で、なんだよ昼間の話は。世界が好きかとか俺を監視するってのは、あと俺がしなきゃいけない選択っていうのもな」
昼間、彼女は屋上で言っていた。
「あなたはこの世界が好きですか」
「私は今の世界を保つために、あなたの全てを監視する」
それと、屋上から出る時に言った言葉。
-放課後ここで待ってる-
これは分かる。
だから今ここにいる。
しかしその後に続いた言葉。
-その時あなたは選択しなければならない-
アイリスの台詞はどれも脈絡が無かった。
「そのために呼んだんだろ」
もしも普通の人がそんな話を急にしてきたら、まず、冗談か頭がおかしいのかそれとも電波な人かと思ってしまうだろう。
しかし、昼間の彼女の瞳は冗談に思わせない程真っ直ぐで力強かった。
「あなたが見たものが全てであり、それはあなただけの記憶」
ズキ
耳に入る言葉は聞いていて頭が痛くなる。
アイリスはゆっくりと手すり側を歩きながら語りだす。
それは、景色を眺めているようで、校庭に人がいるか見ているようでもあった。
「世界は尊く儚く脆い。あなたが今いる世界はそんな所です」
ズキズキ
「話が良く分からない。なんのことを言っているんだ?」
俺の言葉には答えず、彼女は屋上の真ん中に向かって歩き出す。
「世界は非現実で溢れている。あなたの世界を保つ為に、非現実は世界に存在を明かしてならないの」
ズキズキズキ
「ぐ、俺が何を見たっていうんだ」
鈍器で叩くような頭痛は思考より混乱へと導く。
しかし、そんな俺の思考を置き去りにして彼女は話続ける。
彼女は屋上の真ん中で止まり振り替える。
ベンチの脇に立つ俺は、激しさを増す頭痛は頭を抑えても増すばかりだった。
俺を捉えて離さない青い瞳。
それはこれまでで一番冷たく機械のような視線をしていた。
アイリスは目にかかっていた黒い髪を指でどけて、その言葉を口にする。
「Je ──re s─r vo──」
髪はそれ自体が淡く銀色の光を放ち、アイリスを中心に風が吹く。
怪我をしていない左手を真っ直ぐ伸ばして指差す仕草は、拳銃でも持って狙い打つ様。
「Balle」
その単語と同時に緑色に発光した幾何学模様が浮かび上がる。
アイリスの指先から前面に浮かび上がった幅60センチ程の円形の幾何学模倣は、拳大より小さな塊になって射出される。
ドォンッという轟音と共に、それは一瞬のうちに隣にあったベンチを吹き飛ばした。
「なっ!?なんだ今のはっ!?」
つい今しがたまで座っていたベンチは大きなハンマーでぶっ叩かれたように破壊されただの木片と化している。
しかし、不思議なのはそこじゃない。
軽く15メートルは離れた位置にいる彼女から確かに何かが飛んできたのに、ベンチ跡にも彼女の手にも何も無い。
「これは魔法と呼ばれるもの。あなたの世界に隠されている溢れた現実」
やっと分かった。
彼女の立ち位置。
「私はこの現実を隠蔽し、あなたの世界から葬るための”執行者”」
「その執行者とやらが俺に何のようだ」
アイリスが立っている位置は、俺とここで唯一つの出口である小窓との直線状。
「あなた・・・何者なの」
今俺の足元でバラバラになっているベンチは、俺が昼休み来た時からこの位置にある。
そして今俺がいる位置は屋上にある唯一つの出口から、この屋上で一番遠い位置だ。
昼休みと放課後でベンチの位置が移動していたら疑問に思ったのかもしれない。
ここにあたかも当然のようにあって、ここに最初から彼女が座っていたから気にしていなかった。
このベンチは疑似餌。
これは、俺をここから逃がさない為の配置。
それだけじゃない。
彼女は言っていた。
”あなたの全てを監視する”
その言葉が挿す意味。
俺の名前を知っていた事も、ずっと彼女が待っていた事も納得する。
どうやってか知らないが彼女は学園に来る前から俺の事を知っていて、昼休みに屋上に行くのも、放課後ここに戻って来ることも監視していたのだろう。
そして、 最初から俺を狙っていてここにいるのなら、それはこの場から逃げ切れた所で狙い続けてくる事を意味する。
「あなたは今、あなたの記憶、あなたの日常世界には無い非現実を目の当たりにしている」
「それで?」
彼女が現れてから、一番驚いた事がある。
「なのにあなたは冷静そのもの。この現実を受け入れてしまっている」
「俺が冷静だって?そんなことはない、勿論驚いてるさ」
心臓を抑えようとしても鼓動は踊り狂う。
冷やしている体躯は芯から熱くなっていく。
冷静にいようとしているのに心が沸き立ってくる。
「覚悟したんだよ」
当たり前の日常が不安で憂鬱だった。
俺はずっと待っていた。
確認する。
彼女との距離は俺から約15メートルはある。
その手には何も無く、確かに離れた位置のベンチをバラバラにした。
彼女の言っている事は真実。
そして、どうやらこれは現実だ。
「逃れられない現実なら、覚悟して受け入れるだけ」
「覚えているわけでは無いのね。」
風に揺れる銀と僅かな黒髪の奥に宿っているのは敵意と殺意。
「でも、あなたは・・・」
割れそうな頭痛はとっくの昔に止んでいる。
「かかって来ないのかよ。相手してやるよ」
切り替えた思考は、沸騰するように熱い脳髄から余計な熱をシャットアウトし思考を冷静にしていく。
最終確認する。
これは紛れも無い現実。
俺は消されるつもりも無い。
「あなたは、選択を誤った」
そして・・・こんな事をしている白銀の少女。
俺を見据える青い瞳から感じるのは決意と悲しみ。
「なら私は、今ここにいるあなたの事を消し去るわ」
一瞬視界にカットインしてダブルのは、灰色の箱と暗闇の中で月光に照らされた少女の姿。
鮮血に塗れた銀色の少女は鮮烈に美しくて危うく、消えそうな程儚くて小さい。
銀色の光で見えたのは悲しげに揺れた泣きそうな青い瞳。
-俺はあの瞳をどこかで見たことがある-
「Je tire sur vous」
ゆっくりと俺は腰を落とし、白銀の少女を見据えた。
何分未熟な私です。
意見、感想、辛口コメントどしどしお寄せ下さい。
次回は、『精霊騎士物語』の更新後の予定です。