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- 10 - 現世に残った記憶 1話


――ジルが軽く指で水盤を操作した瞬間、レンとネイトの足元に展開された魔法陣が、眩いばかりの光を放った。




空間がゆがむ。




湖畔の景色も、焚き火の暖かさも、ティモシーとジルの姿も、急速に光の粒子へと分解され、彼らの意識は、現実へと引き戻される強制的な浮遊感に包まれる。




「あっ、おい!」「また、強引な…!」




二人の声は、もはや音にはならず、思考の残響として、光の奔流の中に溶けていった。




彼らがいたのは、時間も、空間も、方向すらも曖昧な、ただただ白い光に満ちた場所だった。



現実へと戻る、ほんの束の間の通路。その、何もないはずの空間に、どこからか声が響いてきた。





それは、彼らがついさっきまで見ていた、250年前の、若き日のティモシーの声だった。



絶望の淵で、それでも仲間と共に立ち上がろうとしていた、あの悲痛で、しかし強い意志を宿した声。




『――圧倒的な悲劇は、幕引きに適している』




その言葉に、今度は、250年の時を生きてきた、現在のティモシーの、感情が削ぎ落とされた静かな声が重なる。



過去と現在、二人のティモシーの声が、時を超えて共鳴し、レンとネイトの魂に直接語りかけてくる。





『そんな事はないと叫ぶ人もいるだろう。…だが、事実だ』




『わかりやすく、希望も持てないような風景を一度見てしまうと、人々は、他の最善の道を模索する前に、納得をしてしまう』




光の空間を、無数の記憶の断片が流星のように駆け巡る。



燃える街、黒いマグマ、毒々しい花々、そして、自ら「記憶」となることを選んだ、名もなき人々の横顔。




『だから、始めてはいけないんだ。終わらせる為だけに、あまりにも多くの犠牲を払うような戦いを』




二人のティモシーの声は、警告のように、祈りのように、響き続ける。




『そこまでに辿り着くまでに失うものを考えず、ただ何かを手に入れようとする者たちは、悪魔と大して変わりはしない』





『だってそれは、誰かの命と、誰かの未来と、交換した物だから』





その言葉は、レンとネイトの胸に、重い楔のように打ち込まれた。





『君たちは、生贄を作る側にだけは―――そして、決して、生贄にならないでくれ』




『そして、君たちの大事な人が、誰かの都合のいい生贄にならないよう、私たちは、この争いを、早急に、そして正しく解決しなくてはならないんだ』





光が、次第に収束していく。現実世界の輪郭が、ゆっくりと形を取り戻し始める。




最後に、二つの時代のティモシーの声が、一つの悲しい願いとなって、完全に重なり合った。





『――これ以上の悲劇は、もういらないよ』





その言葉が、静かに、静かに、こだまする。






――ティモシーの最後の言葉の余韻が消え、はっ、と息を吸い込むと、レンとネイトは、先ほど確認にきた研究室で、同時に目を開けた。



視界がまだ霞んでいる。



水盤がある台の上半身が倒れ込むような不自然な姿勢から、重く鈍い体を引きずるように、レンはゆっくりと身を起こす。




目の前には、無数の古代文が浮かぶ水盤。



耳には、魔道具が発する静かな駆動音。




深く吸い込んだ空気は、現実の湿り気を持ち、記憶の幻影とは明らかに異なる感触を伴っていた。





先ほどまでの湖畔の夜も、焚き火の匂いも、そして光の空間も、全てが夢であったかのように消え去って―――。







だが、脳裏に焼き付いた250年前の光景と、魂に直接刻み込まれた言葉の重みは――時を超えて響いたティモシーの言葉がまだ熱を持って、鮮明に二人に残響していた…





二人は、ただどういっていいのかわからず、互いの顔を見合わせる。





「……ようやく戻ったみたいだな」





隣から、呆けたような声が漏れる。





「ええ…」






見ると、王子——が台の上で仰向けになり天井を見上げ、ぽつりと呟いた。 






「あんなことが過去に起こっていたなんて…」



「ああ…」





レンも、絞り出すような声で呟いた。





壮絶すぎる歴史、悲劇の連鎖、そして自分たちの血脈に隠された真実。




情報量が多すぎて、思考が追いつかない。





彼は、まるで長い悪夢から覚めたかのように、ぐっしょりと汗をかいた額を手の甲で拭った。





「信じられないな…あんなことが、本当に…」




「ええ…ですが、あれが真実なのでしょう」





ネイトは、冷静な声で応えたが、その顔色は青白く、きつく握りしめられた拳は、彼の冷静さとは裏腹に微かに震えていた。






まるで、250年分の悲劇を、ほんの数時間で一気に体験させられたかのような、凄まじい精神的疲労が彼を襲っていた。



今後の事を話すのに「局長に確認も報告を」という話をする。




しばらくの沈黙の後、ネイトが、かろうじて保っていた理性を総動員させるように、ゆっくりと口を開いた。



「…まずは、局長にご報告しなくてはなりません。


 そして、今後の指示を仰ぐ必要があります。



僕たち二人だけで抱え込める情報量ではありません」




「ああ、そうだな…。


 あのティモシーとかいう奴の話だけじゃ、どう動けばいいか、さっぱり分からねえしな」





レンも同意し、大きく息をついた。






報告。





そうだ、まずは報告だ。



そうでも考えなければ、押し寄せる情報の波に溺れてしまいそうだった。






見せられた内容がすごすぎて気づかなかったが魔道大国がなくなっていないことに気づく





ネイトは、少し落ち着き報告内容を頭の中で整理しようと、目を閉じた。


モイラの発生、ノルンの悲劇、レオントポディウムの決断、そして、世界の多くの人々が「記憶」となった、前代未聞の浄化作戦…。




そこまで考えた時、彼は何かに気づきまるで我に返ったように、はっと目を見開いた。




「待ってください、レン。…おかしいです」



「今度は何がだよ」





「僕たちが見た歴史が真実なら、250年前、世界のあり方は根底から変わったはずです。


 多くの人々が“記憶”となり、魔道大国レオントポディウムという国が、世界の中心となって厄災を封印した…。




そんな歴史上最大の事件が、なぜ、僕たちの知る歴史の教科書には、ただの一行も載っていないのですか?」






その指摘に、レンも凍りついた。






そうだ、言われてみれば、その通りだ。



あれほど巨大で、世界の危機を救ったはずの国家が、歴史から完全にその名を消すなど、あり得るだろうか。





「ってことは…まさか、あれは全部、俺たちに見せられた幻覚だったってのか?」





「いいえ、あの感覚は、幻覚などという生易しいものではありませんでした」





ネイトは首を横に振る。






「魂に直接刻み込まれるような、確かな“体験”でした。




 だとすれば、考えられる可能性は一つ。




 僕たちが見た歴史は真実。




 しかし、その後の歴史が、何者かによって、意図的に書き換えられた…




あるいは、隠蔽されたのではないでしょうか




もしくは…あの後また何が起きたか…」





「歴史を…書き換える…?あの後また?」




あまりにも突拍子もない仮説に、レンは眉をひそめた。




だが、それ以外に、この巨大な矛盾を説明する方法が見つからない。




「だが改竄だとしたら、誰が、何のために…」



「どちらかというとあの後に何かあったという方が、あのティモシーってやつの性格の変わり具合にも納得できる気が――」




レンが呟いた、その時。



二人の脳裏に、同じ一つの名が浮かび上がった。






「…エオス嬢」 ネイトが、静かにその名を口にする。




「ティモシーさんは、エオス嬢の事を知りませんでした。



ぼくたちのことは呼び出したのに同じように欠片の抽出に成功していた彼女を見落としていた…



彼女はなにか…いえ、でも彼女が抽出した内容はあの照合機にかけた時色が変わらなくて…」





「…やはり、レオントポディウムが世界から消えるのは、私たちが見た過去よりもあとなんでしょうか?



…そう考えると、いくつかの辻褄が合ってきます」





「ティモシーたちが、命がけでモイラを封印した。


だが、その事実は歴史から消され、代わりの歴史が建てられたというより、そっちのが現実味があるな…いや。ここで考えていても仕方がない。


局長とも話して上層部にしか開かれていない資料内にないか確認しよう。」




レンは方から力を抜き、頭を左右に振る。





ティモシーの最後の言葉




「これ以上の悲劇は、もういらないよ」という悲痛な願いが、脳裏で蘇った。






あの言葉は、願いは―――




あれだけの悲劇で終わらなかったのだとしたら―――






二人は改めて自分たちがとてつもなく巨大であり、どこに向かえばいいのかわからない謎の中に落とされた気分になった。





自分たちも世界の歴史の動きの中ではただの駒なのかも知れない。





ただの駒――いや重要な駒か。





ノルンの血を引く者として、この歪んだ歴史の真実を解き明かす、重要な鍵を握っているのだ。




二人は、この新たな謎と矛盾点を整理し、局長に報告することにして話を詰めていく。







――――――――――







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