表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
湖に刻まれた記憶 失われた叡智を求めて-生成AIと綴る物語-  作者: Kai
- 8 - それぞれの覚悟と月夜の庭
37/45

- 8 - それぞれの覚悟と月夜の庭 3


「ああ。



 だが、君一人では、ベネットと同じ轍を踏むことになるだろう。



 私も管理人となり、湖側から要となる結界を張る。


 

 それが、最も確実だと考えられる。」






ダニエルは、自らも犠牲になる覚悟を示した。





しかし、すぐに上層部の一人から異論が唱えられる。




「待っていただきたい、所長!


あなたが管理人となってしまっては、この作戦全体の指揮を誰が執るのですか!




それに、あなたの管理人適性は未知数だ!」






「その通りだ」





ダニエルは静かに頷いた。




「私がすぐに管理人になることには問題がある。



ゆえに、まずは協力的な他の湖の管理人、そして…ベネットやティモシーと精神的な相性が良い者を上層部から選出し、他の湖からセラフィナをサポートする形で、この複数管理人体制を構築するのがよいと思う」





「では、ティモシーのすぐそばで、彼を直接補佐し、万が一の際には代役となる者は…?」






前国王の問いに、誰もが答えに窮した。



それは、ティモシーと共に、最も危険な場所に身を置くことを意味するからだ。






その沈黙を破ったのは、ジルだった。




彼女はすっくと立ち上がると、迷いのない、力強い声で言った。



「――わたくしが、なりますわ」




その場の全員の視線が、彼女に集まる。





「小難しいことは分かりません。


 でも、ティモシーを一人でそんな危険な場所に行かせるなんて、絶対に嫌です。


 補佐でも、いざという時の代役でも、何でもやります。





 彼が泣き言を言わないように、隣で発破をかけるのが、私の役目でしょうから」







普段の快活さとは違う、真剣で、しかし彼女らしい面倒見の良さに満ちた言葉だった。





ダニエルは、ジルの瞳を真っ直ぐに見つめた。





「…ジル。君の覚悟は、よく分かった。


 しかし、君は他国の貴族令嬢だ。




 この決断は、君一人の意志では決められん。



 君の親御さんと、そして本国からの正式な許可が必要になる。



 



 それでも…君の意志は変わらないかね?」





「変わりませんわ」




ジルは、きっぱりと答えた。



「私の人生ですもの。


 それに、この世界がなくなってしまっては、家も国もありませんでしょう?



許可は、わたくしが必ず取り付けてみせます」





その凛とした姿に、会議室の誰もが、言葉を失った。






ダニエルは、深く頷くと、全体の結論を述べた。





「…分かった。


 では、ジルの件は最優先の外交課題とし、並行して、我々は国内でできることを進める。



クリス、ミラ、そしてここにいる他の研究員たちも含め、管理人候補となりうる者、全員の適性検査、及びセラフィナ、その他の湖との相性診断を早急に開始する!




これが、現時点での我々の最優先事項だ!」







会議は、新たな方針と、それぞれの役割が定まったことで、一旦終了となった。




研究員たちは、それぞれの持ち場へと、決意を新たにした表情で散っていく。





ティモシーは、隣に立つジルの横顔を見つめ、彼女の覚悟に、何とも言えない気持ちでいた。




一人ではない。



その事実が、彼に、前を向くための、か細いが確かな力を与えてくれていた。



しかし―――長年一緒に研究所で語らいあった友人のような存在を自分のふがいなさで人ではなく、管理人としての生を歩ませるのかと――――




一人で、誰かを巻き込まずに「できる」と宣言できない自分が嫌にもなった。















――最高評議会の会議室から、それぞれの持ち場へと戻る長い廊下を、ダニエルを先頭に、ティモシー、ジル、サーシャ、ミラ、そしてクリスたちが、重い足取りで歩いていた。




先ほどの会議で下された決断の重みが、全員の肩にのしかかっているようだった。





その沈黙を破ったのは、ダニエルのすぐ後ろを歩いていたミラだった。



彼女は、小走りでダニエルに追いつくと、いつもの冷静な、しかし強い意志を宿した瞳で彼を見上げた。





「所長。一つ、お願いがあります」




「なんだね、ミラ」





「わたくしのおばあ様も、管理人としての素質があります。


わたくしが管理人となるのであれば、おばあ様も、わたくしと同じ湖の管理人として迎えてはいただけないでしょうか」




ダニエルは、ミラの言葉に少し驚いたように眉を上げたが、すぐにその意図を理解した。




「…なるほどな。湖との相性さえ合えば、近しい、そして信頼できる人間でチームを固めた方が、精神的な安定と思考の連携において、成功率が上がる可能性は高い。


良い提案だ。前向きに検討しよう」






ダニエルの言葉に、ミラはこくりと頷き、静かに下がった。



彼女の小さな背中には、祖母と共に困難な運命に立ち向かうという、強い決意が満ちていた。





次に、ダニエルは足を止め、サーシャに向き直った。





「―――サーシャ君。君にも、一つ提案がある」





その声に、サーシャは静かに顔を上げた。





「昨今の情勢を鑑みるに、君の祖国が、この混乱に乗じて不穏な動きを見せる可能性が懸念されている。



君がここにいるのは、我々が『暗殺の危険』があったと話を作ろう。




そして亡命者として保護している。と彼らに告げよう。






――――この世界の危機という状況は、君が祖国へ戻るための、またとない口実にもなる」




「…どういう意味でしょう」



サーシャの声には、警戒の色が滲んでいた。





「君がなぜここにいるか―――。


以前、話してくれたことがあっただろう?




君の恋人、ヴィオレッタ嬢が管理人となっている、あの湖の話もだ。




…あそこもまた、不安定な人工の記憶の湖。



モイラに共鳴し、暴走する危険性が極めて高い。




君が祖国へ戻り、彼女の湖の管理人となるのが、現状、最も確実な封じ込め策だと、我々は判断した」







サーシャの瞳が、大きく見開かれた。


彼がこの10年間、全てを捧げて追い求めてきた目的である彼女との再会が形は異なるが、今、世界の危機を救うという大義名分のもと、現実的な作戦として目の前に提示されたのだ。







「…ですが、所長。この大変な時期に、そのような…僕個人の望みを優先して、本当に良いのでしょうか?」





「勘違いするな」





ダニエルの声は、厳しかった。





「君を優遇しているわけではない。


 無理やり管理人にされた人間の精神的な不安定さが、どれほどの脅威となるか、我々は“モイラ”で嫌というほど学んだ。




君の恋人の湖が第二のモイラとなるのを防ぐこと、それは、この作戦において極めて重要な一手だ。




君以上に、彼女の精神を安定させられる適任者はいない。




これは、感傷などではなく、最も合理的な判断だ」







ダニエルは、サーシャの肩に手を置いた。






「君がこの研究所で培った研究の成果を、今こそ生かす時だ。



恋人の意識を取り戻し、モイラに飲み込まれる前に、彼女を救い出せ。






これ以上の犠牲を出さないために、君の持つ全てを懸けて、最善を尽くすんだ」





それは、上官として、そして一人の人間としての、力強い激励だった。







サーシャは、唇を強く結び、深く、深く頷いた。



そのやり取りを、ティモシーもまた、静かに見つめていた。彼の胸にもまた、一つの決意が固まっていた。






作戦が成功した暁には、自分もまた、ここでの研究を活かして、皆と再び言葉を交わすのだ、と。
















――その夜、ダニエルの執務室には、ティモシーとダニエル、二人の姿だけがあった。





「改めて確認する、ティモシー。



作戦の要となるベネットの湖“セラフィナ”の管理、そしてモイラ浄化のための最終的な魔法陣の発動は、君にしか…いや、君が最適であって



君でなく私であっても発動はできるだろう。



ただ、成功率が異なる。



すまないな。



君にこんな選択肢がない選択を押し付ける結果となって。




だが、今ならまだ間に合う。



この選択には重責を、背負う必要がある。




できるだけ、補佐するが君が要となれば



今までとは比べ物にならない重圧にさらされる。



その上で考えて欲しい」






ダニエルの問いに、ティモシーは静かに頷いた。



昼間の衝撃と悲しみは、彼の顔に深い影を落としていたが、その瞳には、もはや迷いはなかった。






「覚悟は、できています。ですが…一つだけ、お願いが…」





ティモシーは、震える声で言った。






「家族に…手紙を、書きたいのです。最後に、一言だけでも…」







その言葉に、ダニエルの胸が痛んだ。



ティモシーは平民の出身で、彼の家には、高価な映像通信の魔道具などない。



この戦時下の混乱の中で、彼が書いた手紙が、無事に故郷に届く保証すらなかった。





「…ティモシー。


 君の家族を、このクロノドクサに呼び寄せることも考えた。


 だが、この状況だ。いつ作戦が最終段階に入るか分からん。



 もしかしたら、君の家族がここに来る前に、全てが始まってしまうかもしれない。





…それでも、何か、私にできることはあるだろうか」





それは、指揮官としての非情な現実と、一人の大人としての精一杯の優しさだった。



ティモシーは、そのダニエルの配慮に、静かに首を横に振った。





「…いえ、大丈夫です。



 状況は、分かっていますから。



 ただ…僕が元気でやっているとこれからのことも自分で決めたと、それに皆のことを想っていると、その手紙が届くだけで…それで、十分です」






健気なその言葉が、ダニエルの心をさらに締め付ける。





ダニエルは、ティモシーの肩を力強く掴んだ。





「…分かった。



君の手紙は、私が責任を持って、必ずご家族の元へ届くように手配する。



研究所の、最速の緊急速達魔道具を手配しよう。



だから、何も心配するな」







――――その言葉が、せめてもの慰めだった。







ティモシーも、ダニエルも、言葉にはしなかったが、理解していた。




ティモシーの家やその近隣には、返信を送るための速達魔道具などない。







この手紙は、おそらく、一方通行の、最後の便りになるだろう、と。





二人の間に、重く、そして悲しい沈黙が流れる。




窓の外では、レオントポディウムの平和な夜景が広がっていた。





その平和を守るために、彼らは今、あまりにも大きな代償を払おうとしていた。








――――――――――















ブックマークの追加やいいねやコメント貰えたらすごく喜びます。

物語を書く元気にもなるので応援してもらえると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ