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- 6 - 記憶と想いの池で 1


ジルに背中を押され、レンとネイトは、水面のように見えて実体のない、色とりどりの光が渦巻く不思議な池へと落下した。







息が詰まるような感覚と、魂が引き剥がされるような浮遊感が同時に二人を襲う。




視界は無数の光の粒子で満たされ、やがて強烈な眩暈と共に意識が途絶えかけた―――


















次にレンが目を開けば先ほどの庭園とはまた趣が異なる草木が植えられ、池からは幻想的には舞う透明な泡が、光を受けて虹色にきらめいているのが見える不思議な空間だった。








「ここは…?」





隣を見ると、ネイトも同様に困惑した表情で周囲を見回している。






(……なんだ、ここは? あの女…ジルは何をしやがった…?)






静寂に包まれたそこは忘れられた古の庭園とでもいうべきだろうか。





眠れる花々が水に揺れ、淡い光を宿す苔の小径が、どこに続いているのかもここからはわからない。





湖から漂い出た無数の虹色にきらめいている透明な泡が、ふわり、ふわりと浮かび上が空間に広がっていく。




ひとつひとつが命を宿したかのようにゆっくりと舞い、水面から差し込む光を受けて虹色の輝きを放つ。




まるで湖の精霊たちが呼吸するたびに生まれ落ちた、夢の欠片のような―――






それらは声もなく、音もなく、静かに宙を舞い、

触れようとすればふっと溶けて、また次の夢へと姿を変えていく。






また、振り向けがひび割れた石畳と朽ちかけたアーチの間を、

音もなく漂う透明な泡は、ゆっくりと水の中を舞っている。






それらは何かを語りかけるように、しかし決して言葉にはならず、

光の屈折に身を委ねては、虹のような輝きを一瞬だけ灯して舞うように移動していく。





時が止まったような湖底の世界で、

美しくも儚く、静かでありながら確かな重みを持つその光景は、

まるで――――








「レン」







王子の声でレンは我に返った。







この光景は現実と幻想の境を曖昧にし、

見る者の心に静かな魔法がかかっていると言っても過言ではないだろう







「ああ、すまない。

あまりのことに少し――混乱していた。」






「そうですね。


混乱…というか、今どういう状態なんでしょうね?



過去の記憶をということだったので何か本か記憶媒体を渡されて見せられるのかと思いましたが、ここは―――」






そう言いながら王子もゆっくり周りの景色をもう一度見渡す。







「ああ、庭だな。


あとこの浮かぶ泡しかないな。」







ひとつ、またひとつ。


舞うように通り過ぎるきらめく泡に気を取られる。




触れれば壊れそうで、見つめればなぜか胸が痛む。







どうしたものかと周りを確認していたが、さすがに疲れ近くにあったガゼボに座ると王子も向かいに座った。







「世の中、想像もしなかったことが立て続けに起こる事ってあるんですね。」







この状態で何をのんきなとも思うが、思わず同意してしまう。






「ああ、とりあえず記憶を見て話しが終わらないと帰れないならばどうにかして記憶を見なくてはいけないがどうすればいいんだかな」






レンは言いながら空を仰ぎ、湖の底なはずなのに光が差し込むもの空間はどうなっているのかなど、いま考えることではないことが頭に浮かび始めると、1つふわふわと王子と自分の方に泡が寄ってくるのが見えた。







思わず警戒し、王子に声をかけた瞬間、その泡は弾け世界の色が変わった。















次にレンが感じたのは、肌を刺すような冷気と、鼻をつく湿った土の匂いだった。






目を開けると、そこは先ほどまでの幻想的な湖底庭園ではなく忘却の深淵でもいうべきか、鬱蒼とした針葉樹の森だった。






空は鉛色に曇り、細雪が絶え間なく舞い落ちている。




自分の体ではないような、奇妙な違和感があった。







だが、お互いの姿は、先ほどと変わらないように見える。








レンが状況を把握しようと眉をひそめた瞬間、彼の意識は、まるで他人の記憶に強制的に同調させられるように、鮮明な情景と感情の奔流に飲み込まれていった。







ネイトもまた、同様の体験をしているようだった。















全てが凍りつく森の中を走り抜けながら、思い出すのは故郷に残してきた愛する妻に悪戯盛りの息子の寝顔に生まれたばかりの、妻によく似た娘の小さな手。




凍傷にならないよう着込んだ服の奥深くにある彼らの映像が入った魔道具のロケットを握りしめながら、我が国を…




いや、家族を守る為に、戦争に勝ち、皆を守る為に湖の管理人になる事に了承した。




オルタンシア連邦国家が、大陸全土を巻き込む侵略戦争を始めてから、世界は変わってしまった。






かつては叡智の源泉であった"記憶の湖"は、今や国家間の熾烈な奪い合いの的となり、その力を兵器として利用しようとする動きが加速していた。




魔道大国に対抗しようとオルタンシアが周辺国も吸収し始めたのはもう20年は前のことだったか。





私の祖国が吸収されて10年近く立ったのだから月日が経つのは何とも早いものだ。







今回管理人になるにあたり知ったが、この湖も兵器として利用しようとするための一つで力の源泉ではあったが、いままでは軍の中からしか人選しておらず、適性低いものが管理人であったために、時折起こす異常現象も"テロ"と同一視される程度のものであったし、戦争が激化して管理人の消耗が激しく、このままでは国を守るためには足りないと一般人も含め1番湖の管理人に適して居た自分に話が回ってきた。





それに魔導大国で隠匿されているが管理人を人に戻す技術も確立されているので、戦争が終われば家族の元に戻れると言われて、生まれつきの魔力異常で兵役免除となっている自分には断る事はできなかった。










本音を言えば、なりたくなどない。








妻や子どもたちの側に居たい。








敗戦国出身だという身の上や生まれつきの魔力異常で兵役には行けないが、その分薬草の栽培などで国に貢献してきたと胸を張って言える。








そう。


そうだとしても、国が勝たなければ彼女や子どもたちが危険に晒され続ける脅威に怯え続けなくてはいけない。









親や兄弟、近所の人に仕事仲間だってそうだ。





兵役から帰って来れる人や家族を心配して祈り続ける人も失って嘆く人だって減るんだ。








それに、それだけじゃない。



適性があるからと兵として戦火に向かう子どもたちをこれ以上、見送らなくて済むかもしれない。







そんな事を窓の外を見ながら繰り返し取り留めもなく考え続けて居た。








彼女たちの元に帰りたくて仕方がない自分に言い聞かせながら、この凍てついた森を早く通り抜け湖に着いて欲しいような着かないで欲しいような矛盾した感情に苛まれる。








背の高い針葉樹の森を走り抜け、いきなり視界が開け草原に国旗を掲げたキャンプが見える。








目的地に着いた様で馬車から降りるように促され、緊張と不安と長期の馬車移動で疲れた身体を伸ばせるという開放感を伴いながら、馬車から出ると周りを軍人が囲んでいて軍の偉い人はいつもこうなのか?など心の片隅で考える。







両端を駐屯している兵たちが敬礼をしている道を通り、そのまま湖まで歩く。

こんな物々しい道を歩くのは、後にも先にもこれきりだろう。







いや戻って来る時に同じ様になるのかな?などと思っていれば、あっという間に湖に着いてしまった。








そして湖を見て思わず息を呑み、後退してしまった。







湖…確かに湖だ。






しかし、故郷の穏やかな湖とはまるで違う。







この湖は水はどす黒く粘り気を持ち、中には石の様な塊や焼け焦げた残骸のようなものが浮かんでいる。







こんな湖は見たことも想像したこともなかったが、そして何より信じられないのは湖の彼方此方から、まるで地獄の業火のように炎が上がっていることだった。










「驚いたか?先日の戦闘の残火だ」









驚き戸惑っている私に、町からここまで案内してきた案内役の将校が、感情のない声で言った。









驚いている間に寄ってきて居た兵からの報告を聞き、彼はこう言った。









「休憩もなく申し訳ないが、吹雪が来ると報告が来た。


嵐になる前に儀式を終えてしまいたいのでこのまま儀式に入る」








そこには私の返事など関係なく、謝罪にもならない謝罪の言葉を言われ、そのまま湖に進む。










――管理人になる前に彼女たちの映像をもう一度だけでも見たかったが、それすらも叶わないか――









そんな絶望を胸に、私は儀式の準備がされていると思われる湖のほとりに描かれた巨大な魔法陣の上に立たされた。







高位貴族らしき将校が、芝居がかった口調で俺を励ます。









「安心して欲しい。


戦争が終われば君は解放されるし、その間家族は国が保護する。



戦火の食糧難でも優先的に食料の配給なども行われる。




一般人である君にこの様な重責を背負わすのは心苦しいが、君の力があれば、多くの命が救われ、今戦火の前線にいるものも、その者たちの家族も――



それに足りない兵力を補う為に適正のある幼子を兵にしなくて済む様に力を貸して欲しい」








偽善に満ちた言葉だった。







だが、どう見ても、貴族。







―――自分が敗戦国の貴族だった過去から考えても、高位貴族にこの様に言われてここで私に「はい」以外の何が言えるというのだろうか?








「ありがとうございます。母に妻や子どもたちをお願いします。」









そう言葉にするのが精一杯だった





魔法陣の中心に立つと、魔法陣が光を放ち、私の体はゆっくりと宙に浮き上がる。







それに合わせて、眼下の黒い湖が轟音と共に荒れ狂い、巨大な渦を巻き始めた。








炎と黒い粘液が嵐のように渦巻く様は、まるで古の絵画に出てくる悪魔召喚の儀式のようだと…










いや…悪魔を召喚するのではなく、私が悪魔になるのか。











どこまでも薙いでいく頭にそんな考えが浮かんでくる。









私からすれば大事な人たちを守る為だが、敵国から見れば、この湖を纏った悪魔、まさしく破壊の権化でしかないだろう…




湖の中心、渦の真ん中に到達すると、そのまま魔法陣は湖面へと下降する。

そして黒い渦が津波のように形を変えて私を包み、飲み込んで行く…








澱んだ水は、日の短い季節の青白い光を遮り冷たく私に纏わりついてくる。






自分の脈が恐ろしい音を立て、胸が張り裂けそうに苦しい。








思わず胸元のロケットを強く握りしめた。













心から願う。







君の幸せを。







あの子達の幸せを。







こんな時に、こんな場所で思う事は国を守る誇らしさでも勝つと言う気概でもなく







君の事で。







子どもたちと君の笑顔が恋しい。







笑って居て欲しい。







幸せで居て欲しい。







――会いたい。







声が聞きたい。







ああ…。愛している。





胸を貫く激痛と、感じたこともない様な全身の細胞が沸騰するような灼熱感が身体中を回る苦痛に私はそこで意識を落とした―――――――












「これが彼が"人"だった頃の最後の記憶だ」












――――――――――









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