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- 3 - 抽出と心の機敏 4


食後、温かいお茶を飲みながら待機していた3人だったが、食事と緊張の緩和で徐々にレンは眠気に襲われていた。




幻視による精神的な消耗は、ただの睡眠不足とは比較にならないほど深かった。




レンは椅子にもたれかかり、半ば目を閉じながらカップを手の中で回していた。



王子も珍しく片肘をつき、視線がぼんやりと宙を泳いでいた。



彼の額には、見えない重圧に耐えるかのように、うっすらと汗が滲んでいる。




エオスは膝の上で手を組みながら、夢と覚醒の間を行き来するようにうとうとしていた。



時折、何かに怯えるように小さく肩を震わせる。











そんな沈黙の中、エオスがぽつりと、まるで夢現に囁くように話し始めた。




「……そういえば、古代文の欠片を引き出すとき、意識を……何かに委ねるように、“焦点を絞る”のではなくて、むしろ“明け渡す”ようにすると、うまくいくんです」




レンとネイトは半ば眠りながらも反射的に顔を上げ、その言葉の持つ不穏な響きに興味と警戒を引かれる。




エオスは恥ずかしそうに、しかしどこか虚ろな目で指をもてあそびながら続けた。




「眠いときとか、逆に、頭を空っぽにすると、情報が……


まるで囁きかけるように、浮かびやすいみたいで……



キラキラしてとてもきれいなんですよね。



ただ、時々、怖いものが…混じって…」



その言葉尻は消え入りそうだった。




「怖いものとはどんなものだ?」




レンが眉を寄せ、エオスに問う。





「それは…」




エオスが答えようとするとそこへ、軽く息を切らした若い研究員が現れ、レンに頭を下げる。






「レン様、局長からの呼び出しです」




レンは大きく伸びをして立ち上がる。


幻視の残滓が思考にまとわりつくような不快感を振り払うように。




ネイトは不満げに口を尖らせる。




「……私は呼ばれないのでしょうか?。

 

 また何か、危険なことに関わらせるつもりじゃないですよね?」




レンは涼しい顔で、だが声には微かな厳しさを込めて答えた。





「ただの仕事の調整だ。


これ以上危険なことにネイト王子様は軽々しく引っ張り出せる訳じゃない。



いまそれよりも自分の調整をしなくていいのか?」




それでもネイトは納得いかない様子だったが、あえて何も言い返さずカップを手の中で転がした。




レンはエオスに視線を向けて告げる。



「話の途中で申し訳ないが君は休め。


王子と二人きりはまずいからな。


続きは後日聞くから、今日はさっさと部屋に戻って、寝ろ。



そして、話を聞く前に何か異変を感じたら、すぐに報告しろ。いいな?」




レンの強い視線に、エオスは小さく頷き、やや名残惜しそうに、しかしどこか怯えたように食堂を後にする。




ネイトに一人先に王宮に戻ってもいいと伝えたが、明日この研究街を案内する予定であることを考慮し、




「今日は王宮に戻らず、ここで一泊しても問題ない」と判断。




懐から連絡用の魔道具を取り出し、仕事を始めた。


その手つきは、いつもの冷静さを装ってはいたが、微かに硬直していた。




レンは呆れた目でネイトを一瞥する。





「……好きにしろ。


ただし、ここの個室でやれ。


居残り禁止だ。


場所は女神に言えば教えてくれる。


そして、少しでも異変を感じたら、すぐに俺かここの室長を呼べ。


それも女神に言えば使い方を教えてくれる。」




ネイトが軽く手を振り了承するのを確認すると、レンは呼び出しに応じるため、食堂を後にした。




その背中には、見えない重圧がのしかかっているようだった。










レンが局長室に到着すると、そこには局長ジョッシュ、所長にレンの母であるミレイア、そして数名の特に解析に強い上層研究員たちが既に集まっていた。



室内の空気は凍りついたように静まり返り、全員の顔には深い疲労と、最悪の事態を想定しているかのような険しい表情が浮かんでいた。




場には張り詰めた緊張感が漂い、誰もが沈痛な面持ちで資料を手にしていた。





ジョッシュが手短に、しかし重々しい口調で要点をまとめる。





「まずは、お前とネイト王子が意識を失った件についてだ。



夢の内容、そして感じた異常について、些細なことでもいい、全て洗いざらい整理する。




これは、我々が直面している脅威の性質を特定するための最も重要な手がかりだ。」




レンは促され、ネイトと共に見た白昼夢──




断片的で無機質な映像、黒と赤に侵食される世界、そして悲劇では表現にあまりある惨状──を、できる限り詳細に、そしてあの体験がもたらした精神的な苦痛、まるで魂が引き裂かれるかのような感覚や、強制的に植え付けられた感情の奔流について、言葉を選びながら語った。






「……あれは、ただの情報ではなかった。



明確な『意志』と『感情』の塊が、直接こちらの精神を蹂躙してくるような…そんな感覚でした。




まるで、過去の誰かの絶望を、寸分違わず追体験させられているかのように。



そして、あの感覚はまだ、俺の頭の奥にこびりついている…」





その場の空気がさらに重く沈み、何人かは顔を蒼白にさせて俯いた。





「……これが、偶然だとは到底考えにくい。



これは、過去の戦争…あるいは、また内容的になにか不吉なものに――



まるで厄災に関連する、記録にも酷使している話も出て来ている。



――極めて危険な『記憶汚染』の可能性も考えられる。




あるいは、古代の“何か”が、彼らを通じて我々に警告を発しているのか…」






ミレイアが、絞り出すような低い声で呟く。





続いて、レンはエオスから聞いた「古代文の欠片の抽出のコツ」



──意識を明け渡すようにすることで情報が浮かび上がりやすい──という情報を共有する。





所長が口を開いた。





「エオス嬢は、無意識のうちに、その…古代の『意志』との同調率を高める方法を見つけてしまったのかもしれないな。



しかし、それはあまりにも危険すぎる。



まるで、自ら進んで深淵を覗き込むような行為です。



下手をすれば、彼女は“向こう側”に取り込まれていたかもしれない」





ジョッシュはしばらく沈黙した後、厳しい表情で指を鳴らした。





「いいか、今からレン。



 お前と俺で抽出を試す。



 安全圏での小規模な実験だ。




その『コツ』とやらが、本当に古代文明側からの意図的な干渉を引き起こすのか、それとも単なる精神感応の一種なのか、見極める必要がある。




だが、最大限の警戒を怠るな。



何故、その現象が起きるのか全く情報がない。



もし、あの過去の遺物に“意志”とやらが、こちらに敵意を持っているなら…」





異常の再現性を探り、対策を立てるためだった。




もちろん、通常の抽出とは異なる、未知の危険を伴う可能性も十二分に視野に入れている。




ジョッシュは続ける。



その声には、抑えきれない危機感が滲んでいた。






「そして――」




「お前たちが見たものは、絶対に表に出してはならない。


もし“それ”が、他のものに広まった場合、耐性が低すぎる可能性がある。



今回の内容は『汚染された記憶』と言っても過言ではない。


そんなものが拡散すれば、混乱を引き起こすだけでは済まない。



最悪の場合、精神的な障がいを引き起こし、研究員を崩壊させかねない。




あれは、もはや情報というより、精神に作用する兵器という可能性もある」





ネイトやレンが見たものは、単なる情報ではなく、認識そのものを侵食し、精神を汚染しかねない"呪われたもの"だったとしても不思議はない。




このため、局長とレン自身が抽出・解析を担当し、傾向と対策が掴めるまでは、他者による欠片の抽出を全面禁止とすることが決定される。





その決定は、まるで戒厳令のようだった。





さらに、所長はレンの母に、有無を言わせぬ口調で言った。





「彼女たち──


あのお嬢さんたちの対応は、ミレイア、お前が引き受けてもらえるか?




レンにはこちらに集中してもらいたい。



これ以上の情報漏洩や、外部からの余計な干渉は、断固として阻止するには君の方が適任だろう。」





ミレイアは、その美しい顔に冷徹な微笑を浮かべ、静かに頷く。





「あら、私でいいの?


  それなら、あの子たちの手綱は、私がしっかりと握りますわ。


 3日もあればいいかしら。


 彼女たちには、この研究所の本当の『厳しさ』を教えて差し上げましょう。



 そして、あの“適性”のない者たちが、どれほど無能であるかもね」




レンはそれを聞き、空を仰ぎ無言で了解を示した。


彼には、ミレイアの言う「厳しさ」が何を意味するのか、痛いほど理解できた。




だが、聞かなかったことにしたいとも少し思った。





――――この流れが、これからの局地的な封鎖体制と、見えない敵との戦いの始まりであることを、昨日願った平穏が遠退いたのを彼は痛感していた。






――――――――――





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