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魔女の塔


 山の中のぽっかりと空いた空間にそれはある。

 天を突くレンガ作りの塔はビルの七階建てほどの高さ、見慣れた景色ではあるが巻谷と蜜実は隣で感動している。


「あは、思ったよりザ・魔女って感じだね」


「造りに中世感があるからね。中身がどうなってるかは知らないけど」


 かまどがあるかもしれないし黒猫がいるかもしれないし途方もない量の怪しげな蔵書があるかもしれない。

 しかし、確認する術はない。

 島民にとっては、幼き日に諦めのついている場所である。

 よって彼女たちほど胸を弾ませるような感慨もないのだ。


「ここは特段と蝶が多いのね」


 密実が塔の周りを見渡してぽつりと呟く。

 殺戮ゲージを解消し、ギルフォードさんが目を光らせてくれているおかげで安心して会話できそうだ。目を合わせようとは思わないけど。


「そうだね、ここが一番多いかもしれない」


 島根来蝶がぱたぱたと羽をはためかせながら、黒光りしている。

 ざっと見ただけでも三十匹はいそうだ。フォルムは美しい部類だと思うけど虫が苦手な人には辛いかもしれない。


「そういえば結局、島根来蝶ってなに? 教えてくれるって言ってたよね芦名くん」


「あぁ、都市伝説みたいなもんだけど。島根来蝶はそもそも不吉の象徴みたいなもんでね。黒猫とか、彼岸花とか、カラスとか――ともかく島根来蝶は死に群がるって言われてる」


「へぇ、でもそれは普通の島根来蝶の話だよね。青いやつは?」


「ちょっと待って。巻谷って引っ越してきたばっかだよな? なんで青い島根来蝶の話知ってるんだ?」


 朱彩が不思議そうに問いかける。


「ちょっと噂話を耳にしてね」


「はぁ。今さらそんな噂するやつもいるんだなぁ。小学校でもあるまいし」


「朱彩ちゃんも知ってるの? だったら教えて欲しいなぁ」


「いいけど、よくある言い伝えみたいなもんだよ。青く光る島根来蝶を見ると死んじゃうって話」


「死ぬ……?」


「うん。まぁ結果的にはって感じだけど。死に憑りつかれ、死に捉われ、狂って死ぬ。昔は怖かったけど今となっては子供騙しみたいなもんだよ」


「へぇー……あはっ、ありがとう、朱彩ちゃん」


 明るく笑い、礼をする巻谷――が、その表情の裏で何かを考えているような気もした。青い島根来蝶は確かにいたからだ。そして巻谷は目にしている。都市伝説、子供だましと笑われる本物を、だ。

 ――僕は三回見ている。幼い時の夢みたいな記憶のかけらの中と、島根来学園入学前の馬鹿みたいに晴れた春の日と、そして巻谷との一件があったあの日。


 言い伝えは所詮、言い伝えだ。今のところ死んではいない――狂ってはいるかもしれないが。

 だとしたらなぜ僕は蜜実が来るまで普通でいられたのだろうか。考えてもわかるはずがないので思考をやめる。ともかく、僕は困らされているということだ。


「ろくな場所ではないな。このような不吉な塔が、まさか別荘の近くにあるなどと」


「へ?」


 眼鏡の奥で目尻が怪訝そうに皺を寄せる。そして彼のぼやきに驚く。別荘だって?

 こんなクソ山の中に?

 そして気になったのは彼女もそうなのだろう――巻谷が興味深そうに蜜実へと近付いた。


「別荘?」


「そうなの。ここから五分くらい山道を上がったところにね。父が昔建てたものがあって、今はそこでギルフォードと暮らしているの。まさか近くにこんなものがあるなんて知らなかったけど。不思議だよね。これだけ高い建物に気付かないなんて」


「別荘って、金持ちだなぁ」


 朱彩は僕と同じく一般的で庶民的な育ちだ。カップ麺の新商品で一喜一憂するようなタイプである。

 僕たちには金持ちの感覚も感性もわからない――こんなところに普通、別荘を買うか?

 我々には到底、理解できない。

 僕も金を持てば人の寄り付かない場所に家を建てたりするんだろうか。


 そういえば、巻谷もお金持ちだった。彼女も家くらい持ってたりするのだろうか。

 例えば、森の中とかに――どっちかっていうと燕の巣を取りに行くような崖っぷちの真っただ中にあるほうが、らしい、と思ってしまう。

 彼女の脳は脳内麻薬でぐちゃぐちゃになってしまったからだ――僕は、腕を伸ばした。


「じゃ、そろそろ入っちゃおっか! きゃっ……!」


 興味津々で突っ走りそうな巻谷の襟を後ろからとっ捕まえる。

 一瞬、彼女の足が浮いた。軽い、もっと飯を食うべきだ。

 耳元に口を寄せ小声で伝える。


「火口の淵を歩くのと火口に飛び込むのは違うよ」


「……そこまで想ってくれるならしょうがないなぁ」


 助けた命をむざむざ散らしてほしいとは思わない。

 とにかくこんな曰くのある場所に突っ込まないでくれればそれで良かった。


「じゃあ塔は諦めるから別荘に連れて行ってよ、ちょうど喉が渇いてたんだ。ねっ、いいでしょ蜜実ちゃん?」


 この女、無敵か?

 フレンドリーといえばフレンドリーだけど、まさに怖いものなしといったところだろうか。

 屋上でぴょん跳ねするやつにまともな感覚が備わっているわけないか。


「えっ、うーん。うちに来るのは構わないけど――いいのかな、授業中に」


「あはっ、だいじょぶだって。どうせ昼はみんなお店とかで食べてるでしょっ」


「そうね……うん、いいよ。何もないところだけど」


「お、お嬢様?」


「ギルフォード、せっかくお友達が来たいって言ってくれてるのよ? 美味しいお紅茶でもお出しして、歓迎できなきゃ恥ずかしいじゃない」


 そこに恥ずかしさを感じるのは貴族だけだろう。やはり庶民には理解できない。


「私はラムネで満足してるからな」


 朱彩が謎のフォローを入れてくる。

 親愛なる幼馴染が遊びに来るとき、僕は決まって瓶のラムネを出していた――朱彩がラムネを飲むと、さっぱりとした性格も相まって絵面が映えるんだよな。

 ところで、マジで蜜実の家に行くの?


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