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転校生とボールペン

 転校生の蜜実みつみ 白華しろかを見た瞬間、僕の頭は真っ白に染まっていた。

 ここ島根来島しまねきとうは断崖絶壁と険しい森によって世界から隔離されてしまった孤島。ぎりぎり日本。


 こんなド田舎に転校生なんて珍しいもんだからみんな色めき立っていた。

 しかも、それがまた、とびきりの美少女なのだから、クラスメイト達は年一の島根来祭しまねきさい以上に心躍らせている。

 だが、実のところ、僕はすぐに目を逸らしたせいで綺麗な黒髪ロングだな、くらいにしか明確には把握していなかった。


 あとは、うすぼんやりと思い出せる顔のパーツ。鼻が高くて、二重ぽかったりもしたし、小顔だった気もする。それだけで美少女だということは認識できた。思春期特有の脳内補完で彼女の顔立ちは大体想像できるというものだ。


 実際のところ、それは対して重要ではなかった――それどころじゃなかった。

 彼女を見た瞬間に抱いた衝動的な想いに危機感を覚えたからだ。

 今まで感じたことのない気持ちに身悶えしながら左胸を必死に抑えていた。

 蜜実白華、白チョークで黒板に書かれた(恐ろしく綺麗な字で)フルネームが、熱を帯びた頭の中で揺らめく。


「今日から転校してきた蜜実です、皆さんよろしくお願いします」


 なんて品のあるお淑やかな声だろう、どこかのお嬢様に違いない。

 一方で僕は少し特技があるだけの島根来学園在学、二年生、葦名あしな 頼道よりみち


 一般的であり模範的であり普遍的な男子学生――だったのだが、この時からアブノーマルなシールがぺったりと貼られてしまったわけだ。

 彼女は僕の隣に座るよう担任から指示される。


 近付いてきた彼女の香りはというと、可愛い女子から香る無条件の甘い香りではなかった。

 葬式とかで嗅いだことがある。お香――白檀の香りだ。

 頭が弾け飛びそうになる。香りの種類の問題ではなく、香りが伝わってくる距離感の問題だった。


 そうそう、誤解を招かないように付け加えるとしよう。

 この気持ちはラブではないんだよラブでは。さっきアブノーマルって言っただろ。

 彼女は席に着くと、途端に白檀の香りが遠のいた。僕が息を殺したからだ。

 あまり使わないボールペンを握りしめ、彼女目掛けて勢いよく――振るう。


 猛スピードで彼女の首元目掛けてペン先が向かっていく。僕はただ呆然と、本来の視点とは違う心のどこからか、その光景を見つめて――僕は一体、何をしているんだろう?


 このままでは彼女は死ぬ。喉に穴が空き、美少女転校生は、登校初日に無様に大量の血を流して息の根を絶やすだろう。


 そんなことが許されて良いのか……?

 よく考えるとダメじゃないか?

 いや――ダメに決まってるだろ!


 自問自答が頭の中を駆け巡り、自分の腕の慣性と真逆の方向に指示を出す。

 行動をやめる、というよりは暴走した車に急ブレーキをかけるような感覚に近かった。

 頭の中で、金属音が鳴り響いたんじゃないかと錯覚するほど。焦げ付いた鉄の匂いが、鼻腔の中を満たした気がした。


「――――っ!」


 相反する筋肉の動き、無理をした代償か、腕に激痛が走る。

 しかし、僕の願い通り――果たしてどのような結果が、本当の願いだったかはわからないが、ともかくとして、転校生のスプラッタは、未然に防がれていた。

 ぷるぷると、密実の目前でペンが震える。

 この行動をなんとか取り繕うように、僕は言葉で補足した。


「……ペン、貸してあげるよ」


 ――いらんだろ。だとしても、他に尽くせる言葉はない。

 運良く――この場合、止めたのは僕の実力行使によるものかもしれないが、それでも幸運だと感じていた。

 誠に幸運なことに、葦名頼道は、彼女を殺めなかった。


 僕は間違いなくこの時、密実白華の生涯を終わらせようとしていた。一撃で、速やかに、的確に。

 よく止められたもんだと我ながら感動すら覚えている。

 そして明らかにおかしい挙動(ペンをレンタルするにはいびつすぎる)を見て、しかし蜜実は何事もなかったかのように、口を開いた。


「あら、紳士的なのね、ありがとうございます。ただ生憎、黒のボールペンは用意してあって。そうそう、赤は持ってないの」


 平然とお礼をした――何事もなかったかのように。

 赤が足りないならこのまま突きやぶっても良かったんじゃないか?

 彼女ご所望の品ができたに違いない――あぁいや、僕は何を考えているんだ?


 人を殺そうとするなんて非道、残酷で、恐ろしい行為じゃないか。脳を覗けば、良いわけがないという知識は確かに存在していた。

 知識だけは、存在していた。


 まぁ、そんなことはさておき、この通り、僕は模範的で一般的で普遍的な男子学生。ちょっとした特技はあるけど、それでも、今まではただの小市民だった。

 だが、この日を境に、「殺人鬼にもっとも近い」という、最悪のシールがペタッと張り付いてしまったわけだ。


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